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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
小さな町の大事件
35/91

窮地のノラ

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

「?……ヒューゴ・キャンピオンよ。ロナルドの息子の」

「ヒューゴ!?」

 ノラは息を呑んだ。あの女ったらしが、綱引き相撲の優勝者だって言うのか!

「どうしたの?そんなに驚いて……」

 創立者祭の夜、お屋敷から盗み出された指輪。今朝のマルキオーレの態度。そして、綱引き相撲の優勝者……

「な、なんでもない……!」

 嫌な予感が現実になり、ノラは青ざめた。

 ノラは家に帰り付くと、2階へ駆け上がった。母に見つかると厄介だと思い、勉強机の引き出しの奥に隠した、それ。

 無事に見付けると、ノラはほうっと息をつき、続いてごくりと唾を飲み込んだ。

「…………」

 明日、朝一番でマルキオーレに返そう。こっそりもとの場所に戻せば、きっと大丈夫。まだ間に合うはずだ。

 その夜。オリオと父が、疲れた顔で仕事から帰ってきた。

「私も明日から捜査に加わることになった。デムターさんは、もしも犯人が見つからないようなら、来年から創立者祭は開催しないと宣言したよ」

「キャロリン・ホールドが憲兵に言ったらしいんだ。犯人はぼけのアンジェラ・カルカーニじゃないかって。それを知ったカシマとアドニスが大喧嘩して、今日は仕事どころじゃなかったよ」

 オリオと父の話を、ノラはびくびくしながら聞いていた。

「みなさん、ちょっと騒ぎ過ぎじゃありませんか?」

 母は呆れて言った。

「懸賞金がかけられたからね。誰も彼もが犯人を見つけてやろうと意気込んでいるよ」

「なんだか嫌な感じね。早く捕まらないかしら?」

 聞けば聞くほど食欲がなくなったノラは、早々と席を立った。

 まんじりともせず一夜を明かし、いつもより早めに向かった学校。

 ノラは靴底で地面を叩いてマルキオーレの到着を待った。ズボンのポケットには、創立者祭の夜、マルキオーレにもらった指輪が入っている。

 授業がはじまる時間ぎりぎりになっても、マルキオーレは登校してこなかった。

 慌てたノラはヘルガに助けを求めようと職員室を覗いたが、中にいたのはおっかない老教師だけだった。

「ね、ねぇ、ヘルガ先生知らない?」

「今日から隣町の学校だって言ってたわ」

 ヨハンナはさらりと答えて、ノラを絶望させた。

「私、今日は学校さぼる。先生に言っといて!」

 しびれを切らしたノラは、アベルにお願いして席を立った。

 もう直ぐサインツが職員室から出てくる。そう思って焦ったのがいけなかった。足早に教室を出ようとしたノラは、外から入ってこようとした男の子……サリエリと、激しくぶつかった。

「あっ……!」

 ノラは無様にひっくり返った。それだけなら良かったのに、尻もちをついた拍子に、ズボンのポケットに入れていた指輪が、床に放り出された。サリエリのまぶたが見開かれ、ノラはぎくりとした。

 ころころと転がって行く指輪の後を、ノラは慌てて追いかけた。指輪は2メートルほど床の上を転がり、誰かの靴に当たって止まった。

「…………」

 運の悪いことに、当たったのはなんと、シルビアの靴だ。ノラは指輪をさっと拾い上げ、おそるおそるシルビアの顔を仰いだ。

 シルビアはちらりとノラを見たが、直ぐにそっぽを向いた。ノラは、ほっと胸を撫で下ろした。どうやら気付かれなかったようだ。

 ノラはサリエリの横をすり抜けて教室を出ようとしたが、ちょうど入口からデムターさんが入ってきたため、出来なかった。デムターさんの巨体の後ろには、死人みたいに青い顔のマルキオーレがいた。

「おはようノラ」

 デムターさんはノラの顔を見ると、にっこりとほほ笑んで挨拶した。

「お、おはようございます、デムターさん……」

 ノラは叫び出したい衝動を堪え、やっとこ挨拶を返した。

「あの、今日は……?」

「うん?私の屋敷に泥棒が入った話は聞いているだろう?校長に頼んで、生徒達の持ち物検査をしてもらうのさ。憲兵に子供の悪戯ではないかと言われたのでね」

「え!」

 ノラは思わず声をあげた。

(ど、どどどどうしよう……!)

 そんなことをされたら、ノラが指輪を持っていることが、一発でばれてしまう!

「どうしたんだい?そんなに慌てて……」

 過剰に驚いたノラを見て、デムターさんのまぶたがすうっと細められた。ノラはぎくりとした。

「え、ええと……そのっ……」

 疑いの目に耐えられず、ノラは正直に告白してしまおうと思い、ちらりとマルキオーレを見た。マルキオーレはすがるような眼でノラを見て、左右に激しく頭を振っていた。

(そ、そんなあっ……)

 父親に怒られるのが相当怖いと見え、マルキオーレはかわいそうなほどびくついていた。ノラは迷いに迷って、口を閉じた。

 腹を括って、思い付きもしない言い訳をしようと、口を開きかけたその時だ。

「……わかった。さてはノラ、授業に関係のない物を持ってきているな」

 デムターさんはにやりと口角を持ち上げて言った。た、助かった……!

「実はそうなんです。授業中にこっそり読もうと思って、本を持ってきたの。どうしよう、先生に怒られちゃう……」

「今のうちに隠していらっしゃい。先生には黙っといてあげるよ」

 デムターさんはノラの頭を大きな手で撫でると、職員室の方へ歩いて行った。

「どうするのよマルク……!大変なことになっちゃったじゃない……!」

 デムターさんが職員室の中に消えると、ノラはマルキオーレに詰め寄った。

「ごめんっ……ノラ、ほんとにごめん……ごめん……」

 マルキオーレは平身低頭して謝るばかりだった。指輪を返そうとしたノラだったが、マルキオーレは受け取ろうとせず、もたもたしているうちに、デムターさんが職員室から出てきてしまった。デムターさんの後ろから、サインツとオーボー校長先生が付いてきた。

 ノラは慌てて、指輪をポケットに戻した。

「持ち物検査を行うので、全員鞄を机の上に出しなさい」

 サインツはいつも通り、味も素っ気もない口調で指示した。生徒達の反応は様々だったが、大人しく言う通りにした。もしも命令したのがガブリエラだったら、直ぐさま文句が飛び出していたに違いない。

「なにをしている。そこの3人、席につきなさい」

 サインツはいつまでも突っ立っているノラとマルキオーレ、サリエリの3人を厳しく注意した。

「…………」

 マルキオーレはノラの横をすり抜けて、そそくさと席についてしまった。

 ノラが仕方なく、席に戻ろう振り向いた瞬間のことだった。向かいからやってきたサリエリと、どん!と激しく肩がぶつかった。『痛いじゃないの!』と、ノラは苛立ち紛れにサリエリをじろりと睨み付けた。

「この学校に泥棒がいないことを祈るばかりですよ」

 デムターさんは困り顔をしているオーボー校長先生に向かって、挑発的な口調で言った。

「何度も申しますが、私の学校にそのような生徒はおりません」

「さて、それは調べてみないとわかりませんな」

 デムターさんは、教室の中に犯人がいることを、確信しているようだった。

「もしも犯人が見つかった場合、処罰はどうするのですか?」

 オーボー校長先生は急に弱気になってたずねた。

「そんな不届きな生徒は退学に決まっているでしょう。いいや、それだけでは生温い。この町から出て行ってもらいます。その親ともどもね」

 ノラは恐怖した。

「たかが物のために、なにもそこまでなさらなくても……」

「たかがだと!?私の妻の形見が、たかがだと!?」

「デムターさん、物は物ですよ。それよりも良く考えてみてください。疑いをかけられた子供達が、心にどんな傷を負うのか……」

 オーボー校長先生は物静かな声で諭した。

「ふんっ……妻を亡くした私の気持ちなど、あなたにはわかるまい」

 デムターさんは冷ややかに言い放った。

「2人とも、もうそのくらいで良いだろう。時間がないんだ。さっさと済ませてしまうぞ」

 サインツが2人を急かした。

 3人が持ち物検査をはじめようとすると、教室の後ろの方で、白い手が上がった。

「先生。1人の意地汚い生徒のために、私たち全員が疑われるのは心外です」

 シルビアだ!ノラの背筋が凍り付いた。

「確かにあまり気分の良いものではないだろうが、我慢したまえ。君等の無実を証明するためにも、持ち物検査は必要な……待て。生徒と言ったか?」

「はい。言いました」

 シルビアはノラをちらりと見やると、口角をにんまりと持ち上げた。シルビアはやはり気付いていたのだ。

「私、さっき見たんです。ノラが指輪を持っているのを」

 シルビアは細い鼻を大きく膨らませて、クラス全員に聞こえるよう大きな声で告白した。教室中の視線がノラに集まり、デムターさんが唇をわなわなさせた。

「金で出来た指輪です」

「そ、それだ……!まさしく私の指輪だ!」

 確信を得ると、デムターさんは今度は、疑いをありありと瞳に浮かべてノラをにらんだ。

「どうなんだ、ノラ」

 サインツが淡々とたずねた。

「答えなさい」

 万事休す。ノラは助けを求めて、斜め前の席に座るマルキオーレを見つめた。彼はうつむいていて、石のように動かなかった。

「ノラ……答えられないのか?」

「わ、私知りません。指輪なんて……」

 ノラはとっさに嘘を吐いた。ポケットの中の指輪が、重みを増した気がした。

「……よろしい。信じよう」

「…………」

「だが、疑いがかけられた以上、持ち物検査は君からだ。いいな?」 

 サインツとオーボー校長先生が近付いてくると、ぐらりと視界が揺らいだ。もうだめだ。もうおしまいだ!

「……ないな」

 2人がかりでくまなく調べたが、指輪は出てこなかった。これには、ノラが一番驚いた。指輪は確かにポケットの中に戻したはずなのに、いつの間にかなくなっていたのだ。

「……シルビア。本当にノラが指輪を持っているのを見たのか?君の見間違いでは?」

「確かに見ました!……きっとどこかに隠したんだわ!もっと良く調べて下さい!」

 今度はデムターさんも加わって捜したが、どこを捜しても、指輪は見つからなかった。

「そんなはずないわ!」

 シルビアはヒステリックに叫んだ。

「しかし、ないものはない」

「待て!まだどこか、捜していない場所があるかも知れん!……ノラ!いったいどこへ隠したんだ!?言え!言うんだ!」

 諦めきれないデムターさんは、ひどい剣幕で追及した。大きな声で怒鳴られたノラは、今にも泣き出しそうだった。ノラが責められている間も、マルキオーレはうつむいて、聞こえないふりを続けていた。そのことがノラの心を悲しく、惨めにさせた。

「止めてよデムターさん!ノラが泥棒なんて、なにかの間違いだよ!」

 見かねたアベルが声を上げた。

「いい加減にするんだデムター。これだけ捜してもないんだ。やはり勘違いなんだろう」

「しかし……!」

「ノラ、もう良いから、座りなさい」

 サインツに肩を叩かれ、ノラはへなへなと席に着いた。

3人は教壇の方へ戻って行ったが、ノラを犯人だと決めつけているデムターさんとシルビアは、憎しみに燃える瞳でノラをにらみ続けた。

 ノラは机の木目を見つめながら、ぐるぐると考えていた。ポケットに入れていたはずの指輪が、いつの間にかなくなるなんて……

(どうなってるの……?)

 どこかに落とした?……いくらなんでも気付くはずだ。ミライが助けてくれた?……あり得ない。ミライはあれからちっとも出てこない。サインツが知らんふりした?……まさか。ポケットは裏返して、みんなに見せた。

(あっ……!)

 いろいろ考えていて、ノラはある1つの可能性にたどり着いた。

「…………」

 持ち物検査をはじめる直前。サインツに言われて、席に戻ろうとした時だ。同じく席に戻ろうとしたサリエリと、肩がぶつかった。

(あの時だわ……)

 サリエリがノラのポケットから、指輪を抜き取ったのだ。ノラは指輪をポケットに入れてから1度も触っていないのだし、そうとしか考えられない。

「…………」

 ノラは信じられない気持でサリエリを見つめた。サインツとオーボー校長先生が、サリエリの荷物を調べはじめていて、ノラは慌てた。今持ち物検査をされたら、サリエリが犯人にされてしまう!

「よし、次」

 ところが、サリエリの持ち物からも指輪は出てこなかった。ノラは混乱し、目を白黒させた。

 けっきょく誰の持ち物からも指輪は出てこなかった。シルビアは香水瓶を見咎められ、トイレ掃除1週間の罰を食らった。

「ノラ、君にはがっかりだ!君のような子が息子のまわりをうろついていたかと思うとぞっとする!金輪際付き合いは止めてもらうからな!」

 デムターさんは学校を出て行く際、ノラに向かって捲くし立てた。デムターさんの言葉は、ノラの胸にぐさりと突き刺さった。

「君が犯人だという証拠を見つけて、必ず追い詰めてやる!」

「待てデムター。なぜマルキオーレを連れて行く」

「泥棒がいる学校になど、通わせられるか!」

 デムターさんは、マルキオーレの腕を強引に引いて帰って行った。ノラの額や手の平は、緊張と恐怖で、汗びっしょりになっていた。





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