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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
物語のはじまり
31/91

夢の一夜

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

「わ、私……?」

 ノラはドキリとして、自分の顔を指した。少年は『いかにも』と頷いた。

「あ、あの……私……」

 ノラはおろおろと視線をさまよわせた。少し離れたところから、アベルが心配そうに様子をうかがっていて、クリフォードが、燃えるような瞳でこちらをにらんでいた。

 ノラはもう1度、今度はじっくりと少年の姿を観察した。土色の肌は、この辺りでは見かけない色合いだ。

「…………」

 格好は、大道芸人の衣装にしては高価で、上品だった。光沢のあるビロードの上着とマントには豪奢な刺繍が施され、白いパンタロンには染み1つない。両耳には金の精巧な細工の耳飾りが下げられ、胸元には銀に緑の石をあしらった首飾りを付けていた。

「……やめといたほうが良いわ。私なんかと踊ったら、笑われちゃう」

 ノラはため息交じりに呟いて、自分のドレスのすそを摘んでひらひらして見せた。これじゃあ引き立て役にもなれない。

「なんだ、洋服が気になるのか?」

 もじもじしているノラを見て、少年は目を瞬いた。

「……ふむ。立派な修道服だが、宴の夜には相応しくないな」

 少年は膝まである長いマントを脱いで、ノラの体にぐるっと巻き付けた。

「な、なに?」

 ノラは困惑し、2人に注目していた人々は、『なんだ?なにがはじまるんだ?』と、好奇心に満ちた瞳で成行きを見守った。

「では行くぞ。1、2、3!」

 少年がかけ声と共にノラの体から、や!とマントを取り払うと、人々の間から大きな拍手が沸き起こった。なにが起きたのか分からず呆然としていたノラだったが、自分の姿を見下ろして驚いた。ノラが身に付けていたのは、レースやリボンがたくさん付いた、豪華なドレスだ。

 ノラは胸元に輝く宝石や、両手を包むやわらかな絹の手袋を見て、はっとした。

「ミライ……?」

 少年は答える代わりに、にこりと目を細めた。見つめ合う2人の背後では、シルビアとカレンが目をぱちくりさせた。

「どうなってるの……?」

「ばかねぇ、マジックよ……」

 曲目が華やかなワルツに変わると、少年がノラの前にすっと片手を差し出した。ノラはにっこり微笑んで、その手に自分の手を重ねた。

「ずるいわ。どうしてノラばっかり」

 手に手をとってホールの中央に駆けて行く2人を見て、カレンが拗ねたようにぼやいた。

 たくさんの人に注目されているというのに、ノラの心は終始穏やかで、足取りは羽が生えたように軽やかだった。

 少年の肩越しに、ダンスホールの様子が見渡せた。みんながノラを見ていた。

 意地悪な兄達から解放されたショーン・カートライトが、入口のところから手を振っている。ピアノの傍ではエレオノーレ・アレシとトリシア・フォローズが、悔しがるのも忘れてうっとりしている。マルキオーレはあんぐりと間抜けな大口を開け、アベルは目をまん丸にしている。そして……

「…………」

 クリフォードの熱い視線は、ノラを舞い上がらせた。彼に見つめられていると思うと、ノラの胸はどきどきして、頬はぽっぽと熱くなった。うんともすんとも言わなくなってしまったクリフォードの隣で、フランチェスカがむっつりしている。

 曲が終わると少年はノラを強引に屋敷の外へと連れ出した。屋敷の裏手の人気のない場所まで来ると、少年はボンッ!と音を立てて、銀色の煙になってしまった。同時に、ノラの服装はもとの地味なドレスに戻った。

『むむ、時間切れか……』

「ミライ、来てくれたのね」

 ノラは、煙の中から現れた小さなねずみを拾い上げ、感激して言った。ミライのおかげで、今日は人生最高の夜だ。

「無理しなくても良いのに……」

『しかし、こんな姿では踊れない』

「……どんな姿でも、ミライはミライよ」

 感謝を込めて、ミライの額に唇を寄せた。ミライは誇らしげに、ねずみのひげをピンと伸ばし、リスのしっぽを振った。


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