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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
物語のはじまり
30/91

独りぼっちのダンスパーティ

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 外では母とオリオが馬車の準備を整えて待っていた。

「お父さんがまだ中なのよ」

 ノラが出て行くと、母はいらいらと言った。

 ノラがふと視線をめぐらせると、隣の家の窓に、アンジェラがはりついていた。ノラが小さく手を振ると、アンジェラは窓辺から一度消えて、玄関から出てきた。

「はじめましておばさん。私ノラって言うの。お隣さんよ」

 今日は忘れている日だと思ったノラは、お行儀よく挨拶をした。

「いやだノラったら、はじめましてなんて、変な子ね」

 アンジェラはうふふと笑った。

「皆さんおそろいで、どこかへお出かけ?」

「今日は年に1度の創立者祭の日ですよ」

 ノラが答えるより早く、隣で話を聞いていたオリオが口を開いた。

「創立者祭?それじゃあ、ダンスパーティに行くの?…………パーティ!?まあ!大変!私ったらなにをのんびりしているのかしら!」

 アンジェラは電撃に打たれたように痙攣して、おろおろと慌てはじめた。そこへ、妻が家にいないことに気付いたカシマが、家から飛び出してきた。

「駄目じゃないか。勝手に外へ出たりしちゃあ」

 カシマはアンジェラを、諦め半分にたしなめた。するとアンジェラは着替えていないカシマを見て、口を尖らせた。

「あなた、なにをしているの?早く支度しないと、パーティに遅れちゃうじゃない!」

「……お前、思い出したのかい?」

「思い出すもなにも……今日はあなたと私の大事な記念日じゃありませんか。たとえあなたが忘れていたって、私が忘れるはずありませんよ」

 カシマは目をぱちくりさせた。

「よろしければ一緒に行きませんか?」

 驚いている様子のカシマに、母が親切に提案した。

「あ、ありがとう……!」

「焦らないで。まだ時間はじゅうぶんあるわ」

 2人の支度が整うと、馬車はパーティ会場であるデムター・オシュレントン氏のお屋敷へ向かった。

一行が到着した時、お屋敷の庭園には既にたくさんの馬車が停まっていた。松明の炎と天井からぶら下がった吊り燭台が、辺りを煌々と照らしていた。お屋敷のまわりだけ、真昼のようだった。

「わあー」

 去年までは2階の部屋の窓から眺めているだけだった輝き。その中に自分が立っていると思うと興奮し、ノラの胸はときめいたが、楽しい気持ちは長くは続かなかった。

「かわいいコサージュね。自分で作ったの?」

「さっき露天で買ったのよ。あなたのチョーカーも素敵よ」

 女の子達はみんなフリルがたくさん付いたドレスを着ていたし、普段は着の身着のままの大人達も、クローゼットの奥から引っ張り出した一張羅や古めかしいアクセサリーで、めいいっぱい着飾っていた。右を向いても左を向いても、いつもと同じ格好の子なんて、ノラしかいない。

 気後れしてしまったノラは、人目を避けて、そっとオリオの陰に隠れた。

 パーティの主催者であるデムターさんに挨拶を済ませると、ノラは先に来ていたアベルとマルキオーレに合流した。マルキオーレは前髪をバターで撫でつけ、アベルはいつものシャツの上に上着を着て、ネクタイを締めていた。

「2人とも素敵よ」

 ノラがおだてると、2人は照れくさそうに、しかし満更でもなさそうに笑った。

 クリフォードはダンスホールの中央で、女の子―――シルビアとカレン、エレオノーレ・アレシ、トリシア・フォローズ、アガタ・デビ、ジノ・シャルディニにマチュー・オッケル、アマリア・ノーサムとシンディ・ノーサム姉妹―――に囲まれていたが、入口に立つ3人を見つけると、いそいそと駆け寄ってきた。少女達は、忌々しそうに3人を(特にノラを)にらんだ。

「優勝おめでとう、クリフ」

「すごいよ。本当にダニエルに勝っちゃうんだもんな」

 アベルとマルキオーレが祝辞を述べた。

「ほとんどヨーハンさんのおかげだけどな。明日にでも見に来いよ。乗せてやるから」

「やった!ノラ、行こうよ」

「う、うん……」

 ノラは気もそぞろに相槌を打った。ノラの意識は、部屋の中央からこちらをにらんでいる、シルビア達に向けられていた。

『見て!孤児院の子が紛れ込んでる!』

『よくも場違いな格好で来られたわよね。恥ずかしい』

『あのリボン、もしかしてお洒落のつもり?』

 聞こえるはずのない悪口が喧騒を超えて鼓膜に届き、ノラはさいなまれた。いつもならぜんぜん気にならないのに、羞恥で頬が真っ赤になった。ノラはオリオにせっかく結んでもらったリボンをこっそり解いて、袖の中に隠した。

「本日はお忙しい中お集りいただき、誠にありがとうございます。みなさん、心行くまで楽しんで行って下さい」

 ノラが小さくなっていると、ワイングラスを手にしたデムターさんが、ステージの上で挨拶をはじめた。

「オシュレントンに栄光あれ!」

 デムターさんはワイングラスを高々と掲げて、パーティのはじまりを宣言した。人々の間から盛大な拍手が沸き起こり、ステージ上で準備万端整えていた音楽隊が、演奏をはじめた。軽快な音楽に、みんなの心は浮き立った。

「ノラ、踊ろうぜ!」

 クリフォードはノラの手をぱっと取って、ダンスホールの中央に駆け出そうとした。

「い、いいよ私は……それよりあの子達と踊ってあげなよ。あんたから誘われるのを待ってるわよ」

 ノラはクリフォードの誘いを、遠慮がちに断った。ノラは怖気づいていた。こんな格好でダンスなんかしたら、また物笑いの種だ。とてもじゃないが、後ろ指をさされる勇気なんかない。

「シルビア達とは後で踊るよ。行こう!」

 クリフォードは強引に引っ張って行こうとしたが、ノラは思わず彼の手を振り払った。

「……こんな格好だから、人前に出たくないのよ。恥ずかしいの。わかるでしょ?」

 せっかくの特別な夜なのに、ダンスの相手がこんなじゃあ、クリフォードだってかわいそうだ。

「そんなの気にするなよ。俺だって普段着なんだから。見ろ、尻んとこ穴開いてる」

 クリフォードはズボンのポケットの穴から、人差し指を出してみせた。

「気にするわよ。私じゃあなたのお相手には、相応しくないわ」

 ノラがいつまでもぐずぐず渋っていると、ステージの方からデムターさんがやってきて、クリフォードの肩を掴んだ。

「今日の主役がこんなところにいた」

 デムターさんはクリフォードを、ぐいぐい引っ張って行った。ダンスホールの中央で待っていたのは、ランベル夫人の姪っ子のマルグリッドだ。

「クリフォード……私と踊ってくれる?」

 目を白黒させているクリフォードに、マルグリッドが片手を差し出した。

「……喜んで、マルグリッド……」

 人々の暖かい視線が二人に注がれる中、クリフォードは快くその手を取った。お節介なデムターさんは満足し、シルビア達は地団太を踏んだ。

 見目麗しい若いカップルが踊り出すと、ホール内の空気はいっそう華やいで、二人を見守る老人達の間からは笑顔がこぼれた。なんてお似合いの二人なんだろう!

 ノラは壁際から、クリフォードと楽しそうに踊るマルグリッドを……飛んだり跳ねたりするたびにひるがえる、彼女のドレスのスカートを、物欲しそうに見つめていた。

(もしも……)

 もしもあのドレスを着ているのが、自分だったら……

「踊ってあげれば良かったのに」

 切なげに目を細めているノラに、アベルが言った。

「いいの。良く考えたら私、こういうのすごく苦手だったんだわ」

「そうだったっけね。じゃあ、端の方で俺と……」

 気を使ったアベルが、ノラをダンスに誘おうとしたその時だ。

「私と踊りましょう」

 友達から離れて近付いてきた、クラスメートのヨハンナ・カレーラスが、アベルをダンスに誘った。

「え?でも俺はノラと……」

 アベルは困って、ノラとヨハンナを交互に見た。

「かまわないわよね?」

 ヨハンナはノラに、一応確認を取った。

「もちろんよ。……アベル、行ってらっしゃいよ」

「悪いわね」

 ヨハンナはアベルの腕に自分の腕を絡ませて、中央の方へずんずん歩いて行ってしまった。離れて行く2人の背中を、ノラはため息交じりに見送った。

「踊ろうか?」

 こうなったら、残された者同士で仲良くやろう。そう思ったノラが、マルキオーレをダンスに誘った直後……

「せがれを借りても構わないかな?」

 デムターさんがやってきて、マルキオーレを連れて行ってしまった。

独りぼっちになったノラが、壁を背にしてぼんやりしていると、オリオが飲み物を持ってやってきた。

「なんだあいつ等、ノラを1人にして。友達甲斐のないやつ等だなあ」

「いいの。私が1人になりたいって言ったの」

 ノラは過保護な兄の批判から、友人達をかばった。

「……俺がもっと働いて、いつか素敵なドレスを買ってやるよ」

 ノラの強がりを見抜いたオリオは、そう言って彼女を慰めた。

「オリオも踊りに行っていいよ。私、もうちょっとここで見てる」

 ノラが勧めると、オリオは『ううん……』と歯切れの悪い返事をした。

「俺も相手がいればそうしたいんだけどな」

 なんと、寂しい兄弟だこと。2人は顔を見合せて苦笑した。

 ノラとオリオが壁にもたれていると、ショーン・カートライトが近付いてきた。ノラはショーンの顔を見て、彼とダンスの約束をしていたことを思い出した。

「準優勝おめでとう、ショーン。銀行員にカードで勝つなんて凄いよ」

 オリオはショーンの健闘をたたえて、心からお祝いを述べた。

「どうも。本当は優勝したかったんだけど……」

「なに言ってるんだよ。勝てなくて当然さ。オーボー校長先生は、君より40年近くも長く生きてるんだから。……それより誇りに思えよ。証明されたんだぞ、この町で2番目に頭が良いって」

「そんなこと……」

 ショーンは謙遜して、ちらりとノラの方を見やった。

「本当にすごいわショーン」

 ノラが褒めそやすと、ショーンは嬉しそうに、唇をむにゅむにゅさせた。

「おやあ?そこにいるのはシスコンのオリオ・リッピーと我が弟のショーンじゃないか」

 3人が仲良く雑談していると、背中から声をかけられた。振り返った先には、ショーンの兄のユアン・カートライトと、シリル・カートライト。それにいとこのラリー・カートライトがいて、顔面にいけすかない笑みを張り付けていた。

「黙れユアン。また殴られたいのか」

 オリオは低い声で唸って、握りこぶしをちらつかせた。

「怒るなよ、本当のことだろ?妹を溺愛し過ぎて、恋人をふったオリオ・リッピー。知ってる?こいつ、君のためにジョゼット・フォルテュナの誘いを断ったんだぜ」

 ユアンは、みんなに聞こえるような大きな声で、ノラに耳打ちした。そうなの?とノラがオリオを振り仰ぐと、彼は気まずそうに視線をそらした。

「ジョゼットは恋人じゃない」

「だとしたって、妹のためにデートの誘いを断るなんて気違い沙汰さ。俺だったら弟を人買いに売ってでも行くけどな」

 ユアンが断言して、ショーンは飛び上った。

「寝小便ショーン、1人前に女の子をナンパか?」

「ノラ、こいつの恥ずかしい秘密を知りたくないか?」

 シリルといとこのラリーは、嫌がるショーンの首に腕をかけて言った。ノラはうっとうしそうに2人をにらんだ。

「気が済んだのなら、もうどこかへ行けよ」

 オリオがいら立たしげに言うと、ユアンとシリルとラリーの3人は、『おお怖い』などと言いながら背を向けた。かわいそうなショーンは、2番目の兄といとこに捕まったままだ。

「次から次へと湧いて出やがって、この町は今にカートライト一族に乗っ取られるぜ……」

 オリオは3人の背中に向って、忌々しげに吐き捨てた。すると、ユアンが振り返って口を開いた。

「そうそう。ジョゼット・フォルテュナだけどな。ヒューゴにちょっかい掛けられてたぜ」

「ヒューゴに?」

「マルグリッドとアナ・シャルディニに振られたもんだから、グレードを下げたんだ。あの女たらし、早く行かないとどうなるかわからないぜ」

 ユアンはそれだけ告げると、2人の兄弟といとこと共に、庭の方へ去って行った。

「ジョゼットのとこに行ってあげて。私は1人で大丈夫」

 そわそわし出したオリオに、ノラは勧めた。

「今頃困ってるかも知れないわ」

「……ごめんなノラ。出来るだけ直ぐ戻ってくるから」

 オリオは少し迷って、ジョゼットを探しに行った。

 再び独りぼっちになったノラは、壁にもたれかかって、ぼんやりとホールの様子を眺めた。

 クリフォードは1つ年上のフランチェスカ・アダムと踊っていて、アベルはヨハンナ・カレーラスとお喋りしていて、マルキオーレはオーボー校長先生と雑談するデムターさんの隣で、あくびをかみ殺していた。

「…………」

 楽しそうな友人達を物憂げな瞳で見つめて、ノラはほう。とため息をついた。

 こんなことなら、ダンスパーティなんか来るんじゃなかった。もしもミライの言うことを聞いて、家に残っていたら。今頃は2人でパーティの真っ最中だ。母が戸棚の奥に大事に隠しているはちみつと山桃酒を持ち出して、ミライの順番で止まっている、ゲームの決着を付ける。

(ミライ……どうしてるかな……)

 家に独りぼっちで留守番させられて、寂しい思いをしているに違いない。帰ったらちゃんと謝ろう。放ったらかしにしてごめんねって言おう。

「ダンスパーティでダンスの相手がいないなんて、かわいそう」

 追い打ちをかけるように、シルビアとカレンが近付いてきて、聞えよがしに言った。

 そう言う自分たちだって、女の子同士で固まって、さっきから一曲も踊っていない。

 言い返そうとしたノラだったが、はっと気付いて口を噤んだ。シルビアの首元に、昼間露店で見かけた夜の砂漠のスカーフが巻かれている。

「お父様に買っていただいたのよ。深い藍が私の清廉なイメージにぴったりだって」

 ノラがじっと見つめていることに気付いて、シルビアは自慢たらしく言った。陰険の間違いだと思ったノラだったが、スカーフは確かに、シルビアの雰囲気に良く似合っていた。

 ノラは本日何度目かのため息をつくと、外の空気でも吸いに行こうと、壁際を離れた。すごすごと退散するノラをシルビア達は声高に笑ったが、戦う気力は失せていた。

 お喋りに興じるアネルマ・オッケルとエルシリア・ルポリーニを避け、ダンスホールの隅っこを横切ろうとしたその時だ。

 ノラが向かおうとしている庭の方から、1人の少年が歩いてきた。温かな土色の肌をした、美しい少年だった。

 少年がゆったりとした足取りでダンスホールに入ってくると、近くにいた人々はお喋りを止めて、彼を振り返った。フランチェスカとダンスをしていたクリフォードも、アベルも、マルキオーレも振り返った。

「あの綺麗な男の子はだれ……?」

「私知ってる。お祭にきていた大道芸人よ……」

 背中でシルビアとカレンがひそひそ声で話し合った。

「私と踊っていただけますか?」

 麗しい少年はノラの方へと真っ直ぐに歩いてくると、恭しくひざまずいた。



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