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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
ノラと不思議な少年
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教会

著作権は放棄しておりません

無断転載禁止・二次創作禁止


 次の日、ノラは大嫌いなよそ行きのドレスを着せられ、家族とともに教会へ向かった。毎週日曜に教会で神父様のお説教を聞くのは、町に住む人々の大切な決まりだ。

 教会は町に住む人々全員を収容できるほど大きな建物だが、席には限りがあって、後れてくると午前中ずっと立ちっ放しでお説教を聞くはめになる。教会から一番家が近いノラの仕事は、アベルやマルキオーレやクリフォードのために、両隣の席を確保しておくことだ。まあ、それでも一人はあぶれるわけだが……

 ノラがいそいそと教会に入って行くと、礼拝堂の前の廊下で、シルビア・グッドマンとカレン・ウォルソンに出くわした。

「見てよカレン。あの子、またあのドレスを着てるわ。ひいひい、ひいおばあちゃんのお下がり」

「まさかお屋敷のパーティにもあれを着てくる気じゃないわよね?私、クラスメートだなんて思われたくない」

 ノラは腹を立てたが、勝ち目がないと分かると口を噤んだ。彼女たちが口を揃えて言う通り、ノラが行事の度に着せられるよそ行きのドレスは実際ひどいもので、ノラ自身これが大嫌いだったからだ。

「今時あんな洋服を持ってる子はいないわよ」

 首が痒くなるとっくり、ずんどうのウェスト、中途半端なスカート丈。おまけに色は黒に近い灰色だ。嫌い……いや、憎んでいると言っても良かった。

 着るものに興味がない母が用意する服は、いつもこんな様子だった。子供の服なんてなんでも良いと思っているのか、本当はノラのことが嫌いなのか……もしかしたら、この甚だしくださいドレスを、最高に格好良いと思っているのかもしれない。

 ノラはため息をついて、シルビア達が立っている方の入口とは反対側の入口から礼拝堂に入った。

 礼拝堂には、もうかなりの人が集まっていた。ノラは空いている席を見つけて座った。シルビア達は反対側の扉から入ってきて、わざわざノラと同じ列に座った。

「おはようノラ。俺が一番?」

「おはようアベル。そうよ」

「マルクとクリフ、どっちが早く来るかな?」

 ノラとアベルは、おしゃべりしながら2人がやってくるのを待った。お説教がはじまるぎりぎりになって駆け込んできたのは、クリフォードだ。

「やった!俺の勝ち!」

 クリフォードはノラの隣に腰を下ろすと、ぐったりと背もたれに背中を預けた。迷わずノラの隣の選んだクリフォードを見て、シルビアとカレンは悔しそうに唇をすぼめた。ノラはさっきの仕返しに、シルビア達に向かってあかんべしてやった。

「あー!遅かった!」

 その2分後にマルキオーレが駆け込んできて、すでに席がとられていることを知ると、悲痛な声を上げた。

「残念でした。俺の方がちょっと早かった」

「ちぇー」

 大げさに残念がるマルキオーレを見て、ノラとアベルはくすくすと笑った。

「夜更かしするから悪いのよ」

「ノラだって人のこと言えないだろー」

「私は寝坊なんてしない」

「ちぇっ。うそばっかり」

 立ち見になったマルキオーレは、すごすごと礼拝堂の後ろの方へ歩いて行った。

 神父様の説教がはじまるのを待っていると、クリフォードがノラとアベルの肩を叩いた。

「見ろよ。あいつ、またこっちを見てる」

 クリフォードが指したのは、前の方の席に、孤児院の子供達と一緒に座っているサリエリだった。サリエリは身体ごと振り返ってこちらを見ていた。

「やっぱり仲間に入れてほしいんじゃない?どうする?入れてやる?」

「俺は嫌だね、孤児なんて」

 クリフォードはきっぱりと拒絶した。

「あんなに見つめるなんて、もしかして、ノラのことが好きだったりしてね」

 アベルが冗談っぽく耳打ちして、ノラはサリエリの方を見た。サリエリはノラと目が合うと、慌てて視線をそらした。

 9時になると、ロドルフォ神父のお説教がはじまった。

「それではみなさん、グリモワイユの139ページを開いてください。本日は、神の御業とアヴロナリア立国についてお話しましょう」

 クリフォードは背もたれに背を預けて、居眠りの体制に入った。ノラとアベルはぼんやりとお説教に聞き入った。

「みなさんは、我々の祖先がいかにして、このアヴロナリア帝国を築いたかご存知ですか?手は上げなくて結構ですよエステル。今日も綺麗だね。……もう聞いたことがある方も、子供達と一緒に、おさらいして下さい」

 ロドルフォ神父はそう言うと、分厚い本を片手にゆっくりと歩き出した。

「その昔、世界には6つの大陸があり、人々はそれぞれの大陸で高度な文明を築いていました」

 ロドルフォ神父は、礼拝堂の壁にそって歩いた。壁には彼の言葉を現すように、六つの複雑な図形が描かれていた。

「行き過ぎた進化は、神さまの怒りを買いました。世界は天からつかわされた悪魔の手によって、滅びの道を歩みはじめたのです。6つの大陸のうち5つは永久に住めなくなり、暗黒の時代が何年も何年も続きました」

 ロドルフォ神父は壁伝いに進んで、シルビア達が座っている方の扉のところまでやってきた。

「さてみなさん、悪魔とはなにかご存知ですか?……ノラ・リッピー?」

 ロドルフォ神父は、うたた寝しているクリフォードの肩を叩いて起こすと、その隣のノラに答えを求めた。

「分類が困難な者達のことを言います。生物であって生物でなく、現象であって現象でない」

「その通り。よく勉強していますね。さすがは悪魔学者志望だ」

 ロドルフォ神父がノラを褒めると、鼻を高くした母が、聞えよがしに咳払いをした。

「冥き者、試練を与えに来たる者、夜を渡りて影より出でし。総じて異常、もしくは過剰。妖しく危険で虚ろな生命」

 ロドルフォ神父は歩きながら、別の章の一節を読み上げた。

「神と呼ぶ者もいれば、魔物と蔑む者もいる。太古の昔、彼等は人の過激な妄想が作り出した空想の産物だと考えられていました。しかし多くの人々にとって、彼等の訪れは過去からの警告であり、恐るべき破滅への一歩だったのです」

 ロドルフォ神父が離れて行くと、クリフォードは再び大あくびをして、背もたれに沈んだ。

「世界を滅ぼしたのが悪魔なら、救ったのもまた悪魔でした。人類は滅亡するかと思われましたが、ある時不安と悲しみが渦巻く世に、一筋の光明が差し込んだのです。

1人の女の腹に、特別な生命が宿りました。誕生したのは、その身に不思議な力を宿した、玉のような男の子でした。男の子はネオンと名づけられ大切に育てられました。やがてたくましい青年へと成長した始祖ネオンは、気まぐれな愛の悪魔、ヘルベヘヌを従え、少ない土地と食料をめぐって争う人々をまとめ上げました。始祖ネオンは皇御国アヴロナリアを築き、はじまりの王となったのです」

 やがて、ロドルフォ神父は教壇の前に戻ってきた。

「建国の章を繙く上で、欠かせない訓示があります。神話の悲劇を繰り返さないために、われわれの祖先は、発明と研究を固く禁じました。旅するなかれ、其の足元に楽土あり。原始の生活を守ることこそが、楽園への近道だと悟ったのです」

 ロドルフォ神父のお説教が終わると、30分の休憩を挟んで、孤児院の子供達による合唱の披露がはじまった。サリエリが教壇の前に出てくると、ノラの思考はあの腕輪に奪われた。

「…………」

サリエリは知っているんだろうか?あの腕輪の秘密を……

「?ノラ、どうしたの……?」

「…………」

「ノラ?」

 考え事に夢中になっていたノラは、心配したアベルに肩を揺すられるまで、献金かごが回ってきたことにも気付かなかった。

 12時になると大人達はそのまま昼食会の会場である食堂へ移り、子供達は解散となった。

 ノラとアベルとマルキオーレとクリフォードは、転がるように礼拝堂を飛び出した。外へ駆け出そうとした四人だったが、廊下の途中でクリフォードが、シルビアとカレンに捕まった。

「クリフォード、今日こそ滝を見に連れて行ってよ」

「森の方が良いわよ。ねぇ、一緒に行きましょ」

 クリフォードは胸の前で両手を組み合わせて懇願するする二人に「また今度!」と断って、ノラ達のもとへ戻ってきた。

「……たまには付き合ってあげたら?あんなに言ってるんだから」

 ノラが素気なく言うと、クリフォードはにやりと口角を持ち上げた。

「なんだよ、やきもちか?」

「違うわよ。ばか」

「怒るなよ。光栄だろ?格好良い友人がいて」

「冗談!悪口言われる私の身にもなってよね!」

「全部ほんとのことじゃんか。女らしくしてないお前が悪い」

 そう言われると、ぐうの音も出ないノラだ。

「ノラはそのままでも十分女の子らしいし、かわいいよ!」

 ノラが言い返せないでいると、アベルが助け船を出した。

「他の女の子なんて退屈だよ!そうだろ?マルク!」

 アベルが同意を求めると、マルキオーレもしっかりと頷いた。

「ありがと、アベル」

 微笑み合うノラとアベルを、クリフォードはつまらなそうに見やった。

「ま、他の娘と違うってのは、そうだろうな」

教会を出ると、4人は東の川の方へ向かって歩き出した。

「なあ。あいつ、ついてくるぜ」

 ノラ達が上流に向って森の中を歩いていると、クリフォードが後ろを振り返って言った。見れば、少し離れたところの茂みの陰から、黒い頭が見え隠れしていた。サリエリだ。

「俺達になにか用かな?」

 アベルが不思議そうに首を傾げて、理由を知っているノラは、むっとした。サリエリは、腕輪を取り返す機会をうかがっているのだ。

「無視しよう」

「賛成」

「どうする?走る?」

 アベルの言葉で4人はお互い顔を見合わせ、目で合図を送り合って、いっせいに走り出した。背後で茂みからサリエリが飛び出してくる音が聞こえたが、ノラ達は立ち止まらずに力いっぱい走り続けた。

 その夜、ノラは再びパン焼き窯のふたを開いた。窯の中からきらきらした灰と一緒に、銀色の煙が噴き出してきた。

『願いごとは決まったか?』

 銀色の煙は人の形になると、鐘の音のような声でたずねた。ノラは家から持ち出した、ろうそく立を悪魔に差し出した。ろうそく立には取っ手が付いていて、持ち運びできるようになっていたが、その肝心の取っ手部分が壊れてしまっていた。

「これを直して欲しいの」

 悪魔は怪訝な顔をした。

『お安い御用だが、こんなもので良いのか?金の燭台を出してやろうか?』

「そんなのいらない。直してくれるだけで良いのよ」

『ふむ、欲のないやつだ……良いだろう。窯の中に入れよ』

 ノラは言われたとおり、ろうそく立と壊れた取っ手をパン焼き窯の中に入れてふたを閉めた。しばらく待っていると窯の中からチーンと音がして、すっかり元通りになったろうそく立が出てきた。

「本当に直った!すごーい!」

『そうだろう、そうだろう。……それでは、次はお前が私の願いを叶える番だ』

「え!」

『なにを驚いている。悪魔と取り引きしたんだから、代価があるのは当たり前だろ』

「そ、そんなの聞いてない!」

『なんだ。知らずに願いを言ったのか?間抜けなやつめ』

 悪魔は鐘の音のような声でガラガラと笑った。

『大したことではない。ちびのお前にも十分こなせることだ』

「……なにしろってのよ」

 そういうことなら、と、ノラは聞くだけ聞いてみることにした。

『私の望みは……愛されること』

 悪魔はもったいぶって言った。ノラは「はあー?」と首をかしげた。

『300年ほど前にはじめた通信講座の課題でな。これがなかなか難しい。キャンペーン期間中に試験に合格すると、ミーネちゃんの直筆サインがもらえるんだぞ』

「?ミーネちゃん?」

 悪魔は首を傾げるノラを、ひょいっとその腕に抱えあげた。

「きゃ!」

『私と取り引きした以上、お前には代価を払う義務がある。観念するんだな』

 悪魔はにっこり微笑んで、そのぼやけた顔をノラの方に近付けた。

『……いて!』

 ノラは思わず片手を振り上げて、悪魔の頬をべちりと叩いた。悪魔はじとっとした目でノラをにらんだ。

『なにをする』

「なにって……よ、良く知らない人と、こんなことしちゃダメなんだよ!」

『なら、知っている人間ならば良いのか?』

「ええ?」

 悪魔はノラを地面に下ろすと、銀色の煙の姿に戻った。もくもく、ふわふわ、しばらく辺りを漂っていた煙は、やがて一か所に集まって、ノラの良く知る人物になった。

『ふむ。久しぶりだが、なかなかどうして上手くいったじゃないか』

 長く伸ばした赤毛に、女の子達が優し気だと評する眼差し、からかいばかり飛び出す、憎たらしい口元……

「きゃ―――っ!!」

 ノラは絶叫した。

『こいつもだめなのか……わがままなやつだな……なら、どんなやつが良いんだ?男か?女か?細いのか?太いのか?」

 悪魔は言いながら、次々に姿を変えていった。のっぽの農民風の男性や、2重あごの老紳士、同い年くらいの少女に、ヤギ。……ヤギ?

 ノラは悪魔が銀色の煙に戻ったり、変身したりするのを、ぽかんとして見つめた。驚き過ぎて、声も出なかった。

『そうだ、これならどうだ』

 ひらめいた悪魔は、再び銀色の煙に戻って、また別の人物に変身した。

『かつてこの世で最も美しいと言われた男だ。不足はあるまい』

 悪魔はあごの先を人差し指と親指で撫で、満足そうに言った。

 悪魔は再びノラを抱き上げて、ゆっくりと顔を近付けた。あまりの美しさに見惚れていたノラははっと我に返り、その高い鼻を指でつまんだ。

「だめだってば!」

『なぜだ。顔も肉体も申し分あるまい。なにが不満だ?』

「いいから、下ろしてよ!」

 ノラが抗議すると、悪魔はその涼しげな目元をすっと細めた。

『契約を反故にするつもりか。そんなことをして、ただで済むと思っているのか』

「な、なによ……あんたがどうしてもって言うから、私は願いを言ってあげたんじゃない。私がお礼をもらったって良いくらいよ!」

『そうか、そうか。お前がそういうつもりなら、遠慮はいらないな。覚悟は良いな』

 悪魔の顔が再び迫ってきて、ノラは鼻をつまむ指先に力を込めた。

『いたたたたっ!……痛い!』

「んもう!本当にだめなんだってば!」

『だから、それはなぜだ!』

「だって……私、まだ子供だもん!」

『……子供?』

 悪魔は首をかしげた。

「そうよ!子供!そういうのはもっと……もっと大きくならないと!」

 ノラが訴えると、悪魔は『うーむ』と考え込んだ。

『やけに小さいと思ったら……そうか、お前はまだ子供か。ならば仕方ない。大人になるまで待つか』

「え!」

『お前が大人になって、私を愛せるようになるまで、待つと言っているんだ』

 悪魔はにっこりと笑った。どうしても諦める気はないようで、ノラは頭を抱えた。

 一昨日、サリエリの腕輪を盗まなければ。パン焼き窯の中に投げ入れなければ。いやそもそも、サリエリなんかにテストで負けなければ!

 自ら招いた事態だということは棚に上げて、厄介ごとを運んできたサリエリに、ますます怒りを募らせるノラだった。


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