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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
物語のはじまり
25/91

失意のノラ

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 学校でクリフォードが見事ノラの敵を討ってみせたその頃、ノラは家の裏の家畜小屋で、馬の糞片付けをさせられていた。母はこの機会にノラを本格的に鍛えるつもりのようで、今朝は早くから起こされて、パン作りや掃除や、洗濯を手伝わされた。

「はあ……」

 なんでこんなことに……と嘆息する反面、ノラは学校に行けなくなって少しほっとしていた。ガブリエラの顔もサリエリの顔も、今は見たくない。

 午後になるとアベル達が訪ねてきたが、ノラがキッチンでリネンを煮ている間に、母に追い返されてしまった。

「マルキオーレはともかく、アベルやクリフォードと付き合うのは、もうお止しなさい」

「え……」

「ノラがお友達をぶったりしたのは、あの子達の影響よ。ノラがすすんで暴力を振るうような子じゃないって、お母さん良く知ってるわ。あなたが乱暴になったのは、男の子達と付き合うようになってからよ」

 戸惑うノラを、母は穏やかな口調で諭した。

「もうお姉さんなんだから、飛んだり跳ねたりするのは、おしまいにしましょうね」

 母の怒りは、2日経っても、3日経ってもおさまる気配がなかった。

「相手は川向うの子だって言うじゃない。ノラが一方的に悪かったとは思えないわ。だいたい、男の子が女の子に叩かれたくらいで、大げさなのよ」

 母は食べている時と寝ている時以外、ほとんどの時間ぶつぶつ文句を言っていた。

「あのいんちき教師、絶対に許さないわ。だいたい私より7つも年下のくせに、生意気よ」

 熱しやすく冷めやすい性格の母のことだから、直ぐにけろりと忘れてしまうに違いないなどと、楽観的に考えていたノラは、時間が経つにつれて不安になってきた。

 外出は許してもらえず、友達が会いにきても門前払い。家で家事ばかりさせられている。父もオリオもあの手この手で説得を試みたが、効果はなく、このままでは本当に退学させられてしまうかもしれない。

(どうしよう……)

 一番気がかりなのは、5月のお祭のことだった。創立者祭は、町の子供達が1年で一番楽しみにしている日。まさか参加させてもらえないなんてことは……

 ノラは創立者祭までの間、母の希望通りに過ごした。お手伝いもがんばったし、言いつけを破って遊びに行ったり、友達に会ったりもしなかった。

 ある日の夕方、洗濯ものを片付け終えたノラが2階の部屋でくつろいでいると、ショーン・カートライトが訪ねてきた。

「よくお母さんが通したわね。どんな魔法を使ったの?」

 ノラはショーンの来訪をよろこぶより先に、彼がすんなり家に招き入れられたことに驚いた。

「魔法っていうか……俺、毎朝君んちに牛乳を届けてるんだぜ」

ショーンはにっと笑って種明かしした。ノラは『なるほど』と両手を打ち合わせた。

ノラはショーンを部屋に通して、椅子をすすめた。

「学校の様子はどう?」

 あれからガブリエラは、サリエリはどうしているだろう?ノラは一番気になっていることを真っ先にたずねた。

「君がいない間に、いろいろあったんだよ。職員室に来ていた男の人がいただろ?ほら、ウィナー農場の方に住んでる……」

「あの怖そうなおじいさんね」

 お屋敷の図書室でよく見かける、お月さまみたいに黄色い肌の老人のことだ。

「そう。サインツって言うんだけど、休職したガブリエラ先生に代わって、そのサインツ先生が授業をすることになったんだ」

 ノラは目を瞬かせた。

「ガブリエラ先生が休職?」

「それが……クリフォードのやつがガブリエラ先生に悪戯してさ。ショックで学校に来なくなっちゃったんだよ」

「……そうなの……」

 クリフォードが……

「それで、そのサインツ先生が授業をするようになってから、教室は別世界さ。授業中、みんな一言もしゃべらないんだ。こんなに静かな授業って今までにないよ。……とにかく、すごくおっかないんだ。あくびをしただけでも『授業を聞く気がないなら出て行きたまえ』なんて言うんだぜ!」

 ショーンはサインツの口調を真似て言った。

「まあ、俺はどうってことないんだけどさ。マルキオーレやベンには地獄さ。毎日居残り勉強やら罰掃除をやらされてる。そのうちきれちゃうんじゃないかな」

「マルクは遅刻の常習犯だもんね」

 ベンは授業中に騒げなくて、さぞうっぷんをため込んでいるに違いない。2人して立たされているところを想像して、ノラは肩を震わせた。

「もう1つ、とっておきのニュースがあるんだ。サリエリが、国立魔学校への入学を辞退したんだ」

「え……」

「校長先生とヘルガ先生が話しているのを聞いちゃったんだ。たぶん、君に決まるんじゃないかな」

 ノラは驚きのあまり息を呑んだ。サリエリが、入学を辞退……?

「本当におめでとう、ノラ」

「あ、ありがとう……」

 差し出されたショーンの手を握り返しながら、ノラはあいまいに笑った。ノラは激しく困惑した。胸がもやもやして、とっさに喜べなかった。

『サリエリはかわいそうな子なの』

 ガブリエラの言葉が、脳裏によみがえった。

 長々と世間話をして、お互いの顔が見えなくなった頃、ショーンはようやく腰を上げた。

「来てくれてありがとう。家族以外の誰にも会っていなくて、気が狂いそうだったの」

 ノラは見送りに出た玄関先で、この数日がいかに過酷だったかを訴えた。やることは母の手伝いばかりだし、話し相手はねずみのミライ1人きり。うんざりしていたところだ。

「大げさだなあ。まだ1週間も経ってないじゃないか」

 そうなんだけど、とノラは思う。

「……自分でも馬鹿なことしたと思ってるの……」

 せめて先生が見てないところで突き飛ばせば良かった。ノラが打ち明けると、ショーンはくすくすと笑った。この数時間に、ずいぶん仲良くなれたようだった。

「もう直ぐ創立者祭だろ。もうダンスの相手は決まってる?」

 帰り際、ショーンはノラにたずねた。ノラが首を横に振ると、彼は嬉しそうな顔をした。

「その……俺と、踊ってくれるかい?」

「もちろん、喜んで」

 などと返事をした後に、確認をとらなければならない人物がいることを思い出した。

 その夜。ノラは夕食が終ってから、お屋敷のダンスパーティに行っても良いかどうか、母にたずねた。

「子供が夜中に馬鹿騒ぎなんて、だめに決まっているじゃないの」

 母は洗い終わった食器を片づけながら、そっけなく言った。

「でも、学校の子はみんな出るの」

「よそはよそ、うちはうちよ。パーティならお家ですれば良いわ」

 母がぷりぷりして言って、ノラはあわてた。

「お願いお母さん、どうしても行きたいの……!ショーンにダンスに誘われたのよ……!」

 ノラが食い下がると、母は困った顔をした。

「お祭の日まで良い子にするから!なんでも言うこと聞くから!」

 ノラはけんめいに訴えたが、母の口からこぼれたのは、深いため息だった。

「男の子とダンスなんて、ノラにはまだ早すぎるわ。お家でパーティしましょう。鶏を焼いて、ノラの大好きなポタージュも作ってあげる」

「…………」

「それから、創立者祭の日なんだけどね。教会でロドルフォ神父と婦人会の昼食会があるから、あなたも一緒に来て手伝ってちょうだい」

 ノラはぎくりとした。

「えっ……でも私、広場に……」

「お祭なんて、去年も一昨年も行ったでしょう?毎年変わらないじゃないの。それよりもお母さんと一緒に来て仕事を覚えてちょうだい。あと何年かしたら、あなたも婦人会に入るのよ」

 ノラは絶望した。ダンスパーティどころか、お祭にも行けないなんて……!

「あんなものは子供だましよ。くだらない人達に付き合うことはないわ」

失意の底に沈んだノラは、唇を噛んでキッチンを飛び出した。

「クリフォード達が誘いにきても、ちゃんと断るのよ!」

 階段を駆け上がるノラの背中に、母が念を押した。

「すんっ……ぐすんっ……」

 部屋に引っ込んだノラは、ベッドに突っ伏してめそめそと泣いた。年に1度のお祭に参加できない子供なんて、町中探したってノラくらいだ。

「えーんっ」

 白熱する戦車レースに、転んでばかりでなかなか勝負がつかない二人三脚リレー、チーム対抗の泥団子合戦、町一番の力自慢を決める綱引き相撲。心踊る音楽、はらはらどきどきの大道芸、めったに口に出来ない高級な料理……

 全てを諦めなければならないと思うと、ノラの胸は悲しみに押し潰されそうだった。自分がかわいそうでならない。

 試験で落ちたことは悔しい。サリエリのことも憎らしい。けれどお祭に参加できないくらいなら、彼に頭を下げた方がましだとさえ思える。

『よしよし、泣くことはない。私がなんとかしてやろう』

 ノラがべそをかいていると、ミライが猫なで声で言った。

「本当……?」

『本当だとも、我が小さき主。お前の望みは私の望みだ』

 ミライはどーんと胸を叩いた。

「でも……」

 ミライの姿を見て、ノラはためらった。行き倒れの少年マリの命を助けたせいで、ねずみになってしまったミライ。これ以上ノラのわがままで彼を小さくするわけにはいかない。今度無理をしたら、蟻んこになってしまうかもしれない。

『案ずるな。私はタフなパン焼き窯の悪魔。このくらい造作ない』

 ノラの不安を察して、ミライは確かに受け合った。

『だから元気を出すが良い』

 ミライのおかげで、ノラは笑顔を取り戻した。母に不審がられてはいけないので、ノラは創立者祭までの日々を何食わぬ顔で過ごした。ショーンは何度か訪ねてきて、学校の様子などを教えてくれた。

 創立者祭の前日。母が婦人会に出かけて行った隙に、ノラは仕事をさぼって自室の窓辺でミライとひなたぼっこしていた。外を眺めていると、お隣のカシマ・カルカーニが洗濯物を抱えて家から出てきた。

「こんにちは、おじさん!明日はお祭ね」

 明日が待ち遠しくてたまらないノラは、大きな声で、うきうきと挨拶した。

「やあノラ。そうだね、晴れると良いね」

「私、夜にお屋敷のパーティに行くの。おじさんも行くでしょ?」

 ノラがたずねると、カシマは自宅の方を振り返った。

「さあ、どうかなあ……彼女の様子次第かな」

 見れば彼の奥さん、アンジェラ・カルカーニが、自宅の窓からじーっとこちらをにらんでいた。今日は……忘れてしまっている日だ。

「そうか、ノラももうそんな歳かあ……」

 カシマは感慨深く呟いた。

「私とアンジェラは、お屋敷のダンスパーティで出会ったんだよ。まだ先代のオシュレントン氏が生きていた頃の話だ。あれからもう40年も経つのか……懐かしいなあ……」

 カシマはうっとりと目を細めた。

「ノラはやっぱり、クリフォードと踊るんだろう?女の子達が羨ましがるんじゃないかい?」

 カシマはにこにこしてたずねた。

「ジョナサンとダニエルがうわさしてたよ。君等は靴と靴紐みたいに、お似合いのカップルだって。もう婚約はしたの?」

「え!?こ、婚約……!?」

「2人の子供なら、私の孫みたいなもんだからな。今からおしめをかえる練習をしておかなきゃ」

 カシマが冗談を言って、ノラは真っ赤になった。ミライは不機嫌そうに、大きなしっぽをぶんぶん振りまわした。

「……おじさん、私、まだ10歳……」

「ありゃ、そうだったか?」

 カシマが洗濯物を干し終えて家に戻って行くと、ノラは窓を閉めて、ふー、とため息をついた。

「ああ、びっくりした。おじさんてば、急に変なこと言い出すんだもん……」

『…………』

「?……ミライ?どうかした?」

 見ると、ミライはむっつり顔でノラをにらんでいた。

『……パーティには行くな』

 ミライは大きなしっぽを振りまわしながら、低い声で告げた。ノラはぎくりとした。

「ど、どうしたの?……なに怒ってるの?」

『べつに怒ってない』

「うそよ、怒ってるじゃない。でなきゃ、どうして急にパーティに行くななんて……理由を言ってよ」

『……だめなものはだめだ。理由などない』

 ミライはかたくなな調子で言って、話はおしまいだとばかりに、そっぽを向いた。

 ミライのあんまりな態度に、ノラはむっとした。たっぷり期待させておいて、とつぜん理由も言わずに『行くな!』なんて……!

「いやよ……私、ずっと楽しみにしてたんだもの。絶対に行く」

 ノラは断固として言った。

『行ってどうする。あの赤毛の小僧と踊るのが、そんなに楽しみか?』

「赤毛の小僧……?クリフのこと?」

 ミライは振り返って、首をかしげるノラを、じとっとした目でにらんだ。ノラははっとした。

「さっきの話を本気にしたのね。……カシマおじさんは勘違いしてるのよ。私とクリフは生まれた時からほとんど毎日一緒にいるのよ。兄弟みたいなもんよ」

 ミライの心変わりの理由に気付いたノラは、あわてて言い繕った。

「それに、クリフは私と踊ってるひまなんかないと思うわ。彼とダンスをしたい女の子はいっぱいいるのよ」

『…………』

「お願いミライ、どうしても行きたいの。……だって、学校の女の子達はみんな参加するのよ。シルビアや、カレンや、ヨハンナやジノだって……仲間外れになっちゃう……」

 シルビア達の自慢話を爪をくわえて聞いているだけなんて、そんなの耐えられない。

『……行きたければ勝手にするが良い。私は協力しない』

 ノラの懇願も空しく、ミライは冷たく言い放つと、煙となって消えてしまった。ノラはがっくりと項垂れた。

 ノラがしばらくベッドの上でいじけていると、部屋の窓を小石が叩いた。 ミライが帰ってきたのかと思ったが、そこにいたのはアベルだった。

 ノラは話をするために庭に下りて行った。しばらくぶりに友人に会えてうれしかったが、それ以上の悲しみが、喜びを塗りつぶしてしまっていた。

「クリフとマルクは?」

「クリフは家で明日の戦車レースの準備してる。マルクは、さっきデムターさんに連れて行かれちゃった」

「そう……」

 ノラはアベルに、母の言いつけで、明日は婦人会の手伝いに行かなければならなくなったことを伝えた。

「そんな……ノラ、あんなに楽しみにしてたのに……」

 アベルはノラに同情し、一緒にお祭に行けないことを、とても残念がった。本人以上にがっかりするアベルに、ノラは少し慰められた。

「良いの。もとはといえば、私が悪いんだもん……」

「戦車レースだけでも見にこられない?クリフが悲しむよ」

「平気よ。クリフには、応援してくれる女の子がいっぱいいるもの……」

 ノラは力なくほほ笑んだ。格好良くて誰にでも優しいクリフは、町の人気者だ。当日はファンの応対に忙しくて、ノラがいないことにさえ気付かないかもしれない。

「俺も教会に行くよ。それで、ノラの仕事を手伝う」

 帰り際、アベルははりきって申し出た。

「気持はうれしいけど、だめよアベル。婦人会だもの」

 その夜、かすかな望みを抱いて待っていたが、ミライは帰ってこなかった。


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