かたき討ち
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一方、ノラが母に連れ帰られた後。
教室に残ったマルキオーレとアベルとクリフォードの3人は、どうやって友人の敵を討とうかと話し合っていた。
「あの生意気なちび、今日こそ懲らしめてやる!」
マルキオーレは猛々しく言って、どんっ!と拳で机を叩いた。
「でも、捕まるかなぁ。サリエリが本気を出したら、クリフにも追い付けないんだよ」
「あいつ、鈍いくせに足だけはやたらと速いんだよな」
サリエリに駆けっこで敵う子は、この町にはいない。悪戯してやろうと思って追いかけ回したことなら何度もあるが、捕まえられた例がないのだ。
「待ち伏せだ」
クリフォードが提案した。全員ではさみ打ちにすれば、いくらすばしこいサリエリだって、逃げられないに違いない。
「夜仕事に行く時は、1人で橋を渡るはずだ。そこを狙おう」
「クリフ、良く知ってるね」
「俺んち、あいつが働いてる酒場の近くだからさ。それじゃ、五時半に教会の前に集合な」
クリフォードがさっさと決めると、マルキオーレが慌てた。
「ちょ、ちょっと待って!暗くなってから抜け出したりしたら、親父に叱られる!」
「なんだよ。サリエリを懲らしめてやろうって、最初に言い出したのはお前だろ」
クリフォードは呆れた声で言った。
「そうだけど……夜はまずいよ!」
「上手くやれば平気さ。ノラの敵を打ちたくないのか?」
「う、ううん……」
マルキオーレは唸って、口を噤んだ。アベルは片手を挙げて「俺は平気だよ」と伝えた。
「多数決で決まり。遅れんなよ」
とは言ったものの、夕方、マルキオーレは時間が来ても集合場所に現れなかった。
「仕方ない、俺達だけでやろう」
クリフォードとアベルは、2人でサリエリを捕まえることにした。教会から少し行ったところに流れている川。クリフォードは橋のこちら側に、アベルは孤児院側に身をひそめて、サリエリがやってくるのを待った。
6時近くなると、孤児院の方からサリエリが操縦する荷馬車がやってきた。辺りは真っ暗で、御者台に座るサリエリは、手綱と一緒にたいまつを握っていた。
クリフォードは荷馬車が橋の上を通過するところを見計らって、馬の前に飛び出した。サリエリは驚いて手綱を引いた。
「今日こそ逃がさないぜ。覚悟しろ!」
クリフォードは、叫ぶと同時に飛びかかった。サリエリは慌てて御者台を飛び降り、孤児院の方へ走り出したが、待ち伏せしていたアベルが道をふさいだ。
後ろはクリフォード、前はアベル、左は荷馬車で、右側は冷たい川だ。サリエリは狭い橋の上で、完全に逃げ場を失ってしまった。勝利を確信したクリフォードは、にやりと口角を持ち上げた。
「それ!かかれー!」
号令と共に、2人は同時にサリエリに飛びかかった。たいまつがサリエリの手を離れ、橋の上を転がり、川の中に落ちた。
真っ暗闇の中、三人は激しく揉み合った。しばらく上になったり下になったりしていると、ばしゃんっ!と大きな水音がして、1人が橋の下に落ちた。
水の中にいたのは……
「クリフ!?」
クリフォードは川底に尻もちをついたまま放心していた。サリエリを投げ飛ばすはずが、反対に投げ飛ばされたのだ。アベルがあわてて救出に向おうとしたその時だ。
「なにごとですか!?」
孤児院の方から、たいまつを掲げたギネヴィア・タリスン院長先生が、大きな子供達を伴って駆けてきた。げげ、まずい。
「まあ!なんてこと!」
タリスン院長先生は、川にどっぷりと浸かったクリフォードを見ると仰天した。
「ジャンマリア!正直に答えなさい!これはあなたがやったの!?」
タリスン院長先生は、きっと眉を吊り上げて、サリエリに詰め寄った。アベルはあわてて2人の間に割り込んだ。
「ち、違うんです!俺達サリエリに……その、話を聞こうと思って……」
「話ですって?」
見え透いた嘘をつくアベルを、タリスン院長先生は胡散顔でにらんだ。
「国立魔学校の入学試験のこと……俺達の友達も、同じ試験を受けたんです。その子が落ちたって聞いて、それで……」
アベルはもごもごと言いかけると、サリエリは悲しそうにまぶたを伏せた。
「……聞いています。ノラ・リッピーは、とても優秀な女の子だとか……」
「そ、そうなんです!俺達、絶対ノラが受かると思っていたから……その……」
タリスン院長先生は、長く深いため息をついた。
「……言いたいことはだいたいわかったわ。しかしその件については、あなた達が騒ぐまでもありません。この子は入学を辞退しますので。……そうよね?ジャンマリア」
サリエリは答えず、しょんぼりと項垂れて地面を見つめた。アベルは首をかしげた。
「辞退?なぜですか?」
「ジャンマリアは、私や孤児院の運営委員の方々になんの相談もせず、勝手に試験を受けたのです」
「でも、せっかく合格したのに……」
「……奨学金があるとはいえ、帝都までの旅費や支度などで、入学には大変なお金がかかります。孤児院には大きな子が5人いますが、みんな進学を諦めています。ジャンマリアばかり勝手は許されません」
タリスン院長先生はきっぱりと言って、サリエリは悔しそうに唇をかんだ。
「へっくしゅん!」
いつの間にか川から上がった濡れねずみが、大きなくしゃみをした。
「服を貸してあげるから、一緒にいらっしゃい。……ジャンマリア。あなたは早く仕事に行きなさい」
タリスン院長先生は、2人を孤児院に連れて行き、クリフォードにサリエリの服を貸し与えた。見覚えがあると思ったら、よれよれのカーキ色のシャツは、前にジャック・フォローズが着ていたやつだった。クリフォードとアベルは人に見られないよう、こそこそ家に帰った。
次の日。
「昨日、なんで来なかったんだよー」
クリフォードは学校に登校してきたマルキオーレを捕まえて文句を言った。
「ご、ごめん。……へへへっ、腹が痛くなっちゃってよ」
「ちぇっ。しようがないやつ」
授業がはじまる直前になっても、ノラは登校してこなかった。
「おばさん、そうとうきてたからなあ……これはしばらくかかるな」
空席を見つめて、マルキオーレが予測した。
「ノラ、大丈夫かなあ……」
「平気だろ。あいつ忘れっぽいから」
心配するアベルに、クリフォードが鼻をすすりながら答えた。
職員室からガブリエラが出てきて、3人は自分の席についた。
「ノラは今日もお休み?……まったく、しようのない子ね」
ガブリエラはノラの席を見ると顔をしかめて、ぶつぶつ言った。アベルとマルキオーレは顔を見合わせ、クリフォードはむっとした。
討たなければならない敵がもう1人いたことに気付いたクリフォードは、休み時間に大きな蜘蛛を捕まえてきて、ガブリエラ先生が黒板の方を向いている隙に、背中にくっ付けた。
「先生!先生の背中に毒蜘蛛が!!」
クリフォードが席に戻ったところを見計らって、悪戯好きのベン・ウォルソンが叫んだ。
「きゃあああっ!」
シルビアやカレンがわざとらしく絶叫し、教室は騒然となった。
ガブリエラは背中の蜘蛛を取ろうとして、自分のしっぽを追いかけ回す犬のように、くるくると回り続けた。職員室からオーボー校長先生が出てきた時にはもうくたくたで、ガブリエラはオーボー校長先生の計らいで、早退することになった。