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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
物語のはじまり
23/91

ひきょう者!

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 ノラはクリフォードに腕を引かれて荷馬車に乗り込んだ。アベルとマルキオーレも続いて、後にはショーン一人が残された。

 ヘルガの滞在先を知らない4人は、ひと先ず学校へ向かった。

馬車に揺られている間中、ノラは口を開かなかった。緊張で下腹がちくちくと痛んだ。

 学校にはヘルガのものと思われる馬車が停めてあった。4人は荷馬車を降りて、職員室へと急いだ。

「わ、私、やっぱり……」

 クリフォードが職員室のドアをノックしようとすると、ノラは怖じ気づいた。

「ここまできて、なに言ってるんだよ!」

「でも……」

 ノラがぐずぐずしていると、クリフォードが勝手にドアをノックした。中からヘルガの声が聞こえてきて、ノラはごくりと唾を飲み込んだ。

「1人で大丈夫?ついて行こうか?」

 職員室に入る際、心配したアベルが申し出た。ノラは首を左右に振って断った。

「ノラ!心配していたのよ。風邪はもう良いの?」

 ノラが職員室に入って行くと、ヘルガは席を立ちあがって、いそいそと駆け寄ってきた。

「いま丁度あなたにお手紙を書いていたところなのよ」

「私に……?」

「そうよ。『早く元気になって、学校にきてね』って……訪ねて行っても、ちっとも会ってくれないんですもの」

 家にひきこもっていたこの1週間、ノラはすべての面会を断っていた。ノラは気まずそうに視線をそらした。

「あの、ヘルガ先生……私……」

 聞きたいことがあって。ノラは本題を切り出そうと口を開きかけた。しかし、どうしても続きの言葉が出てこない。

「……わかってる。試験のことでしょう……?」

 ノラが口をぱくぱくさせていると、ヘルガが助け船を出した。ヘルガはノラの考えなど、お見通しのようだった。

 ヘルガの優し気なほほ笑みを見ていると、ノラはたまらなくなった。

「……私はてっきり……」

 ノラは震える声で呟いた。

(好かれているとばかり……)

 続きの言葉は、かすれて声にならなかった。

 テストで一番だったのに不合格ということは、つまりは、そういうことだ。

「わ……私のことが嫌いなら、最初からそう言ってくれれば良かったのに……」

 他でもないヘルガに、ノラは名門校に相応しくないと判断されたのだった。

「どうしてですか?はじめて会った日、私が悪口を言ったからですか?先生はあの時のことを、本当はずっと怒っていて……!」

 これ以上惨めになりたくないと思うのに、ノラは感情のおもむくまま、めったやたらにまくし立てた。

「違うわノラ……!あなたのことを嫌いだなんて思ったことないわ!」

「うそです。先生はやっぱり私が嫌いなんです。そうでなかったら、あの子が選ばれるはずない!だってあの子は……!」

 口が利けないんだから!

「……サリエリは、とても立派だったわ。一番遅れてやってきたというのに、誰よりも堂々としていたわ」

「……信じられません……そんな……」

「私も驚いたのよ。普段は無口で大人しい彼が、あんなにしっかりした考えを持っているなんて……」

 ヘルガはノラの頭をそっと撫でた。彼女のやわらかな手のひらさえ、今のノラには子供を黙らせるための方便に思えた。

2人の間に気まずい沈黙が流れた。ノラは頭上にヘルガの体温を感じながら、長いことつま先を見つめていた。先に口を開いたのは、ヘルガだった。

「……推薦があったのよ……」

 ヘルガは熟考した末に打ち明けた。

「推薦……?」

「そう……あなたの担任の、ガブリエラ先生から……」

 ヘルガの口から真実を聞いたノラは、辺りに立ち込めていた深い霧が晴れたような気持ちになった。

(そういうことだったのね……)

 担任のガブリエラは以前から、すなおで口答えをしないサリエリがお気に入りだ。一方のノラは、悪友達と共謀して悪さばかりするので、毛虫のように嫌われている。

(ひどい……!)

 日頃の恨みを晴らすにしたって、あんまりだ。真剣勝負で決まった結果を、裏技でくつがえすなんて!

 まんじりともせず一夜を明かしたノラは、勇気を出して学校に向った。

「ショックで寝込むなんて、まさか本当に合格できると思っていたのかしら?……だとしたらなんてあつかましいの」

「同情されるのが病みつきになったのよ。あの子には前からそういうところがあったわ」

「なんだかこっちまで恥ずかしくなるわね」

 約1週間ぶりに登校してきたノラを、シルビア達はここぞとばかりに攻撃した。わかっていたことだが、ノラはうんざりした。

 ノラは1時間目の授業をなんとかやり過ごすと、ガブリエラと話をするために、職員室を訪ねた。

 職員室にはガブリエラの他に、もう1人男性がいた。良くお屋敷の図書室で見かける老人だった。お月さまみたいに黄色い肌に、白髪混じりの灰色の髪。痩せぎすで、上着を着ているにも関わらず、その腕は枯れ枝みたい。1番印象的なのは、つんと鼻を突くような、独特の香り……

 ノラは老人を横目に見ながら、ガブリエラの席に近付いた。

「あらノラ、なにかご用?」

 ガブリエラは珍客の訪れに、目を瞬いた。

「国立魔学校の入学試験のことです……どうしてサリエリを推薦したりしたんですか?」

 ノラはガブリエラのきょとん顔に向って、思いきってたずねた。ガブリエラは首をかしげた。

「どうしてって……あなたは賛成してくれないの?」

「ええ?」

 反対にたずね返されて、ノラは困惑した。

「……ねぇノラ、サリエリはかわいそうな子なの。家も家族もなくて、働きながら学校に通っているのよ。そういう子を応援したいって気持ち、あなたにもわかるでしょう?」

 ガブリエラの言い分を聞いて、ノラはますます困惑した。

「かわいそう?かわいそうだから、あの子が選ばれたって言うの?実力じゃなくて?」

「もちろん、それだけではないわ。彼はとてもがんばっているし……」

「私だってがんばってます……」

 ノラが弱々しく訴えると、ガブリエラは、はあ、と大きなため息をついた。

「ノラ……お願い困らせないで。これはもう決まったことなのよ。あなたがここで騒いでも、どうにもならないないわ」

「でも……でも先生、納得できません。試験は私の方が良かったのに……学校の成績だって、私の方がずっと……」

 ノラが言いかけると、ガブリエラは急に不機嫌になった。

「……ねえ、あなた恥ずかしくはないの?お友達が難しい試験に合格したっていうのに、赤ちゃんみたいにわがままを言って……どうして素直に喜んであげられないのかしら?」

「…………」

「先生ね、あなたはもう少し、ゆずり合いの気持ちを持たなきゃいけないと思うの」

 ノラは耳を疑った。少し遅れて、額や脇から汗が噴き出してきた。

「さあさあ、もう教室にお戻りなさい。先生は忙しいんだから、あなたにばかりかまっているわけにはいかないのよ」

 わなわなと唇をふるわせているノラにすげなく言うと、ガブリエラはノラを職員室から追い出そうとした。ここにいてはいけない!と感じたノラは、あわてて踵を返した。

 ノラが早足に職員室を出ると、入れ替わりに中に入ろうとした生徒とぶつかった。

「…………」

 サリエリだ。サリエリは羞恥で真っ赤になっているノラの顔を、悪気なく見つめた。ノラはサリエリの、動物みたいに意思のない、真っ黒な瞳を見つめ返した。

「……どんな手を使ったのよ」

 気が付けば、ノラの唇からはそんな呟きが漏れていた。

「教えなさいよ!ひきょう者!」

 1度口にすると、もう止まらない。ノラは教室中に聞こえるような大声で叫んだ。

「…………」

「あんたなんか大っきらい!」

 ノラは面食らっているサリエリの胸を、どんっ!と突き飛ばした。油断していたサリエリは尻もちをつき、その様子を目撃した子供達が、わっと駆け寄ってきた。その時、職員室のドアが開いてガブリエラ先生が顔を出した。

「ノラ!なにやってるの!?」

 ガブリエラは一目で状況を理解した。

「喧嘩だ!喧嘩だ!ノラがサリエリをぶった!」

 ベン・ウォルソンが叫び、ガブリエラはきっと眉を吊り上げて、ノラをにらみ付けた。

「ノラ!私が良いと言うまで、そこでかかしになっていなさい!」

 ガブリエラは教室の角を指し、びしっと命令した。

 ガブリエラからのお許しは出ず、ノラは放課後まで立たされ続けた。背中にクラスメート達の視線を感じながら、荒海に沈む大岩のような気持だった。大岩のようなとはつまり、黒くて重たく、芯まで冷え切っていて、どんな波が来ようとも転がりも揺れもしない、不動で、無感動な心の例えだ。まあ、ノラは海なんて見たこともないが……

「サリエリは、あなたを許してくれるそうよ」

 ガブリエラの罰は、それだけにとどまらなかった。ガブリエラはノラに説教する代わりに、買い物帰りに迎えにきた母を捕まえて、職員室に連れて行った。

「ノラ!帰るわよ!」

 しばらくして職員室から出てきた母は、怒りで顔を真っ赤にしていた。その形相を見たノラは、どうにでもなれ!なんて考えていた少し前の自分を恨んだ。

 母は家に帰るまでの間、ノラが口を開くことを許さなかった。

「……ノラが学校に行きたがらない理由がわかったわ。ガブリエラ先生なんでしょう?あなたをいじめているのは」

 玄関を入ると、母はノラの肩に手を置いて言った。ノラは目をぱちくりさせた。

「明日から、学校には行かなくて良いわ。校長先生には私から、退学届を出しておきます」

「え!」

「あなたの話を聞こうともしないで、悪いお母さんね。でも相談しないあなたも悪いのよ。もうなにも心配することないわ。お母さんはあなたの味方ですからね」

「…………」

「明日からは、お母さんと一緒にお家の仕事を勉強しましょう。ノラは飲み込みが早いから、直ぐに覚えるわよ」




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