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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
物語のはじまり
22/91

涙の合格発表

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 合格発表当日。意気揚々と登校してきたノラは、朝1番で校長室に呼ばれた。いよいよだ!ノラは期待と興奮に胸を躍らせた。

 校長室の中には、校長先生とヘルガがいた。2人とも陰気な顔をしていて、ノラはあれ?と首をかしげた。

「サリエリに決まったわ」

 ヘルガはノラの肩にそっと手を置いて、気の毒そうに告げた。ノラは身体の力が抜けるのを感じた。そんな……そんなこと……!

「なにかの、間違いじゃ……」

 ヘルガが首を横に振り、ノラは絶望した。全力で走った後のような疲労感が、どっと押し寄せてきた。ぐらりと視界がゆがむ。

「……公正に審査して、彼が選ばれたの」

「…………」

「ノラ、どうか気を落とさないで……サリエリもあなたも、甲乙付けがたかったのよ。出来ることなら、2人とも入学させてあげたかったの」

「……失礼します」

 ノラは項垂れて、校長室を後にした。職員室を抜けて教室に戻ると、ドアのすぐ外で、アベルとクリフォードとマルキオーレが待っていた。3人はノラの暗い顔を見ると、顔を見合わせた。

「……だめだった」

 小さな声で告げると、じわりと涙が溢れ出してきた。

 泣き顔を見られたくないノラは、走って教室を飛び出した。恥ずかしくて、誰にも顔を合わせられないと思った。サリエリが試験に遅れてきたからって、どうして『勝った!』なんて思ったんだろう?

「えええええんっ」

 失望した。毎朝禿げるのではないかと思うほど髪をとかし、燃やしてしまいたいほど憎んでいるドレスを自ら身にまとい、教室の机をぴかぴかにみがいて回った2週間弱は、ほんのわずかの差も埋めてはくれなかった。

(試験なんか……)

 受けるんじゃなかった。最初から興味のないふりをしておけば、後でなんとでも言い繕えたのに。家族に内緒にしたのは、反対されるからじゃない。本当は合格する自信がなかったからだ。あがり症で本番に弱い性格。小さい頃からいつもそう。はりきればはりきるほど、めちゃくちゃになってしまう。

 どこをどう走ったのか、ノラはいつの間にか家に帰ってきてしまった。悔しくて悲しくて、ノラは一晩中めそめそと泣いた。

 翌朝。

ノラが登校時間になっても部屋から出ないでいると、心配した母が様子を見にきた。

「ノラ、どうしたの?早く起きないと、もう時間よ」

「……頭が痛いの……」

 ノラはふとんからわずかに顔を出して、弱弱しく訴えた。母はノラの頭を、水仕事を終えたばかりの冷たい手で2、3度撫でた。

「そう。熱はないみたいだけど、困ったわねぇ……どうする?今日はお休みする?」

 願ってもない母の提案に、ノラは小さくうなずいた。

「先生には連絡しておくわね。寝る前に、朝食をとらないとね」

「……いらない……」

「でも、なにかお腹に入れないと……薬も飲めないでしょう?」

「食欲がないの……」

 ノラはその1日、ベッドの上でぐずぐずして過ごした。

『だから言っただろう。最初から私に願えば良かったんだ』

 ぼんやりと天井の染みを見つめ続けるノラに、ミライは『それ見たことか!』と、鼻をぴくぴくさせた。

『わざわざ帝都の学校に行かなくても、悪魔のことなら私が教えてやる。いっそ今通っているところも辞めて、私と勉強しよう!』

 ミライははりきって提案した。

「……そうしようかな……」

『?……なんだと?』

「私、ミライとずっとこの部屋で暮らすよ……それも楽しそう」

 その日、アベル達がお見舞いにやってきたが、ノラは具合が悪いからと言って会おうとしなかった。

 翌日もその翌日も、ノラは学校を休んだ。

「いい加減にしなさい!」

 学校に行かなくなって、1週間が過ぎた頃。

「なにがあったか知らないけど、何日もずる休みして良いはずないでしょう!」

 お見舞に来た友人達に会おうともせず、部屋にひきこもるノラを家族は心配したが、それも3日目までのことだった。4日目からは母の追及がはじまり、理由を言いたくないノラは、5日目に本格的なろう城をはじめた。

 そして7日目のその日、ついに母の堪忍袋の緒が切れた。

「ずっとそこでそうやってなさい!」

 ノラは母が諦めて部屋の前から立ち去ったことがわかると、窓から庭を見下ろした。

「ノラー」

 庭にはアベルとクリフォードとマルキオーレがいて、ノラを見上げて手を振っていた。1度は『一生独りで生きて行こう!』などと決意したノラだったが、意地をはり通すのは難しかった。3人はノラに同情的で、いつもは意地悪なクリフォードまで優しかった。

 3人は持参したはしごで窓から部屋にあがり込んだ。

「悪いわねみんな」

 ノラはマルキオーレが背負ってきた荷物の中にパンとチーズを見つけると、それを失敬して、むしゃむしゃ食べはじめた。昨夜からなにも口にしていなくて、お腹と背中がくっ付きそうだった。

「いい加減出て来いよ。意地はってないでさあ」

 マルキオーレは、夢中でパンをほお張るノラを、あきれ顔で見た。

「そうだよ。もう直ぐ創立者祭だよ。ノラだって楽しみにしてたじゃないか」

 アベルが続けた。ノラはパン握っていた両手を、膝の上にそっと下ろした。

「……創立者祭には行くわ。行くに決まってるわよ。だって私、この1年間ずっと楽しみにしていたんだもの……」

 ノラはほう、と息をついた。お祭りを楽しみにしない子供なんて、この町にはいない。美味しいごちそうに、陽気な音楽。大道芸人の肉体を使った芸や、広場で繰り広げられる白熱戦の数々。想像しただけで心が弾む。この1年、どんなに待ち遠しかったことか!

「お祭までには、ちゃんと学校に行くわ。でも、もう少しだけ待って欲しいの……」

 ノラは懇願した。

「サリエリに『おめでとう』って言う勇気がないの……」

 ノラは正直な気持ちを告白した。試験の後、合格した気になってはしゃいでいたノラを、サリエリはどんな目で見ていたろうか?今頃『ざまみろ』って思っているかもしれない。

「あんなやつ、放っておけば良いさ!」

 マルキオーレがぷんぷんして言った。クリフォードとアベルも、その意見に賛成した。

 ノラと仲間達は夕方まで、部屋の中でおしゃべりしたり、ゲームをしたりして遊んだ。そろそろ解散しようという段になって、部屋のドアがノックされた。

『ノラ、お腹が空いたでしょう?あなたの好きなシチューを作ったのよ』

 母は作戦を変えたようで、猫なで声で言った。あいにくお腹はいっぱいだ。頼れる仲間達のおかげで。

『……お母さんの負けよ。もう無理に学校に行かせたりしないわ。お願いだから出てきてちょうだい。心配なの。朝も昼も食べてないでしょう?病気になってしまうわ』

「…………」

『ショーンがお見舞いにきているのよ。あなたに伝えたいことがあるんですって。玄関で待っているから下りてきて』

 ノラ以外の3人は顔を見合わせた。ショーン・カートライトがノラを訪ねてくるなんて、めずらしい。ショーンはクラスメートだが、1人でお見舞いにくるほど、ノラと親しい仲ではないはずなのに……

 アベルとクリフォードとマルキオーレは不思議がったが、ノラにはショーンの用事がわかっていた。2人は国立魔学校の入学試験に落ちた者どうしなのだ。

 アベルとクリフォードとマルキオーレの3人が窓から外に出るのを待って、ノラは部屋のドアを開けた。ドアの向こうには心配顔の母がいて、ノラはちょっぴり申し訳ない気持ちになった。

 母に連れられて1階に下りて行ったノラを、玄関前で立ちんぼしていたショーンが、硬い笑顔で出むかえた。

「元気出して学校に来いよ。君なんかまだましな方さ」

 ショーンは頭をかきかき、ノラをはげました。

「俺なんか家族全員に宣言しちゃったんだぜ。絶対合格してこんな家出て行ってやる!って」

「ええ?」

「アランが……アランは知ってる?親父の2番目の兄貴の息子の子だけど……悪戯で俺のズボンのひもを切ったんだ。俺が叱ろうとすると、じいちゃんとばあちゃんが口をそろえて『そのくらい許してあげなさい、グレン!』って言うんだよ。俺の名前はショーンだっての。そんなことが、月に4回も5回もあるんだぜ。……心が狭いって思う?」

 ノラは悪いと思ったが、たまらず肩をふるわせた。ショーンの家は大家族で子供が多いので、紛らわしいんだろう。ノラがけらけらと笑うと、ショーンはぽっと頬を赤らめた。

「つ、つまりさ。なにが言いたいかっていうと……俺も格好悪いけど、けっこう平気なもんだよ。人の言うことなんか気にするなよ。誰がなんと言おうと、君は頑張ったんだから」

 ノラはショーンの言葉に胸を打たれた。同じ恥を経験した者の慰めは、ノラにはてきめんだった。ノラはショーンに、明日は学校に行くと約束した。

「今日は本当にありがとう。あなたが来てくれて良かった」

 帰り際、ノラはショーンを玄関の外まで見送って、心からお礼を言った。ショーンは照れくさそうに鼻頭をこすった。

「先生達は見る目がないよ。俺が試験官だったら、間違いなく君を選んでる」

「お世辞でもうれしいわ。……白状するとね、私、自分の合格を信じて疑わなかったの。問題がすらすら解けたし、試験が終わった後、ヘルガ先生が私の方を見てにっこり笑ったから……」

 ノラはため息交じりに告白した。

「サリエリはすごいわ。遅刻してきたのに、自棄をおこさずに最後まで問題を解いた。私は思い上がって、途中で気を抜いたの。……今度こそ負けを認めるわ」

 そしてサリエリに、ちゃんと『おめでとう』って伝えよう。

「ノラ……君、もしかして知らないの?」

 ショーンは目を丸くして、首をかしげた。

「え?」

「君は全教科満点だったんだよ。俺やジョゼフはもちろんだけど、サリエリも何問かミスしたって言うから、テストでは君が一番だったんだ」

 今度はノラが首をかしげる番だった。

「?……そんなはずないわ。それ、なにかの間違いよ」

 もしショーンの言う通りなら、なぜ自分はこんなところで、誰にも祝福されず、惨めな思いをしているのか。

「…………」

 ショーンの気の毒そうな顔を見て、ノラは答えに気付いた。ノラの頭は真っ白になった。

「……気持ちわかるよ……納得いかないよな。実力なら君の方が上なのに……」

 ショーンはノラの心中を察して言った。

 動揺のあまりノラが口を利けずにいると、2人の話を盗み聞きしていたクリフォードとマルキオーレとアベルが、建物の陰から姿を現した。ショーンはぎょっとした。

「今の話、本当か!?」

 クリフォードはつかつかと歩み寄ってきて、ショーンを問い詰めた。

「お前ら、いつからそこにいたんだ?」

「いつからでも良いだろ!どうなんだ!」

 良いわけない!と思ったショーンだったが、クリフォードがすさまじい剣幕だったので、看過することにした。

「……本当だよ。受験者は試験結果の他に、自分の点数を教えてもらえるんだ。その時にオーボー校長先生が、ノラは素晴らしい成績だったって……サリエリの点数は、本人に直接聞いたんだよ」

 ショーンはしっかりと保証した。3人は顔を見合わせた。

「ノラ、確かめに行こう!」

「う、うんっ……」



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