試験当日
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試験当日は、日曜日だった。ノラはみんなが教会に向かう際、頭が痛いと言って家に残った。こっそり抜け出して試験を受けに行く作戦だ。試験開始は九時からなので、みんなが8時半に家を出たとしても、走れば間に合うはず……
「本当に1人で大丈夫かい?お兄ちゃんが一緒にいてやろうか?」
と思ったのに。心配した兄のオリオがなかなかノラのそばを離れようとせず、家を出るのが予定より10分も遅れてしまった。
(どうしよう……間に合わないかも……!)
ノラは人気のない道を走りながら、泣き出したいような気持だった。今日のために用意万端整えてきたのに、まさか遅刻なんて!
(……いや!諦めない!)
わき目もふらずに走った結果、ノラは試験の開始時間の5分前に、教室にすべり込むことができた。教壇の前にはヘルガと校長先生がいて、教壇の後ろの黒板には、試験問題が見えないよう、布がかけられていた。
「おはようノラ。試験開始まで、席に座っていて」
ノラはヘルガに指示された席について、教室内を見回した。ノラの席から少し離れたところに、ショーン・カートライトと、ジョゼフ・ボナリが座っていた。サリエリは……
(……まだ来てない……?)
試験開始時間まで、あと3分ほどだ。お便所に行っているのかと思ったが、サリエリが座る予定の席には荷物がなかった。
(まさか、来ないつもり……?)
あと2分。ノラはそわそわして、教室の扉をにらんだ。
「……みなさん、そろそろ時間ですので、本を閉じて前を向いてください」
残り時間が1分になっても、サリエリは教室に姿を現さなかった。……んもう!こんな大切な日に、なにやってるのよ!
「時間になりました。これより、国立魔学校の入学試験を開始します」
試験時間ちょうどになると、ヘルガが小さなため息とともに告げた。ノラはおずおずと手を挙げた。
「あの、ヘルガ先生……」
「なあに?ノラ」
「サリエリが、まだ……」
来ていません……ノラが言い切る前に、ヘルガは首を左右に振った。
「残念だけど、開始時間は変えられないわ」
ヘルガがきっぱりと告げて、ノラは口を噤んだ。
「では、試験をはじめます。前の黒板に書いてある問題の答えを、自分の黒板に書いて下さい。1問終わったら答え合わせに行きますので、静かに手を挙げて。チョークが折れたり、具合が悪くなったりした場合も同じよ。わからない問題は飛ばして大丈夫よ」
ヘルガと校長先生が黒板にかけられた布を取り払うと、試験がはじまった。
(集中しなきゃ……)
サリエリのことなんて、気にしている場合じゃない。最初のテストは、ノラが得意な文学だ。ノラは気を引き締めて、黒板にびっしりと書かれた問題に取りかかった。
サリエリが教室に飛び込んできたのは、試験開始から約1時間後の、午前10時頃だった。文学のテスト時間は、あと20分ほどしか残っていなかった。
(……こんな時間にきたって遅いわよ)
たった20分足らずでは、いくらサリエリの頭が良いと言っても、半分解くのが関の山だろう。ノラは心の中で、ふんっと鼻を鳴らした。
ノラの方は、残すところあと2問だった。ノラは順調に問題を解き、5分前には、文学のテストを終了した。
すべての試験が終了すると、ノラは机の下で、拳をぎゅっと握りしめた。勝った!
ノラはちらりとサリエリの方を盗み見た。サリエリは青い顔で、机の木目をじっとにらんでいた。
「…………」
なにがあったか知らないが、1時間も遅刻すれば力を出しきれないのは当然だ。寝坊なんてするタイプじゃないから、出かけになにかあったのかもしれない。
落ち込んでいるようなら慰めてあげても良い。などとノラが考えていると、ショーン・カートライトが近付いてきた。
「試験、どうだった?」
「まあまあだったわ」
ノラはかなり謙遜した。
「……そっちは?手ごたえはあった?」
「さっぱり。ジョゼフもぜんぜんだめだったって。合格は君で間違いないだろうね」
ノラはすっかりその気になった。合格を確信したノラは、その後の面接でも緊張することなく、すらすらと受け答えすることができた。
学校を出ると、クリフォードとアベルとマルキオーレが待っていた。
「試験はどうだった?難しかった?」
「ぜーんぜん。けっこう簡単だったわ」
アベルの質問に、ノラは満面の笑みで答えた。
「なんだ。泣いて出てきたら、慰めてやろうと思ってたのに。つまんないの」
クリフォードは憎まれ口を叩いた。ノラが言い返そうと口を開く前に、マルキオーレが割り込んだ。
「ノラ、早く帰らなくて良いのか?兄ちゃんが帰ってくるまでに、部屋に戻らなくちゃならないんだろ?」
「そうだった!クリフなんかにかまってる場合じゃなかった!」
ノラがわざとらしく大きな声で言うと、クリフォードはちぇっと舌打ちした。ノラはアベルの馬車で、家まで送ってもらった。
「アベル、どうかした?」
ノラは馬車の上で、どことなく浮かない顔のアベルにたずねた。
「ごめん、楽しい気分に水を差しちゃって……」
「良いのよ、そんなこと……なにかあった?」
「ううん……ただ、来年からノラはこの町にいないんだと思うと、俺……」
アベルは悲しげに呟き、ノラははっとした。帝都へ行くということは、家族とも、友達とも、お別れするということなのだ。試験に合格することに必死で、その先のことはぜんぜん考えていなかった。
「……気が早いわアベル。まだ半年以上も先のことじゃない。それに、学校を卒業したら必ず戻ってくるわ」
「そ、そうだよね……一生会えないわけじゃないもんね」
家に帰ったノラは、部屋に戻って寝間着に着替え、素知らぬ顔でベッドに入った。
「オリオ、私がいなくなっても、ちゃんと毎日仕事に行かなきゃだめよ」
やがて教会から帰ってきたオリオに、ノラは言った。
「なんだい急に?どこかへ行くのかい?」
「もしもの話!……それから、オリオの彼女は私が見つけてあげるからね。私がいなくて寂しいからって、恋人なんて作ったらだめだからね」
ノラが口を尖らせて言うと、オリオは目をぱちくりさせた。
結果が発表されるまでの3日間、勉強の代わりに仲間達と遊ぶ時間が増えたこと以外、変わったこともなく、日々は平凡に過ぎた。
クラスメート達は、国立魔学校に入学するのはノラで間違いないだろうとうわさし、ノラ自身もすっかりその気で、頭のすみで『餞別になにをねだろうか』などと考えていた。