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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
物語のはじまり
20/91

ライバルはサリエリ

著作権は放棄しておりません。

無断転載禁止・二次創作禁止

 翌日から、ノラはさっそく国立魔学校受験に向けて準備をはじめることにした。

 まずは形から入ろうと考えたノラは、余所行きのはなはだしくださいドレスに、自ら袖を通した。髪は毎朝念入りにとかし、泥だらけのブーツも綺麗に洗った。歩く時はしずしずと、笑う時は口元を手で隠し、座る時はひざをそろえて、木に登らず、川に飛び込まず、背中が痒くなっても我慢したし、授業中眠たくなっても太ももをつねってこらえた。休み時間に掃除をして回ったり、放課後には弁当持参でヘルガの手伝いをこなしたりもした。

 華麗な変身を遂げたノラを見て、友人達は呆れ、困惑した。

「試験、早く終わらないかなあ……ノラに『ごきげんよう』なんて言われると、鳥肌立っちゃうぜ」

「なんとかしろよークリフ。お前が焚きつけたせいだろー」

「無理だよ。ノラは言い出したら失敗するまで聞かないんだから。知ってるだろ?」

 人知れず隠匿に励む日々が続いた、ある日のこと。

「サリエリも受験するの!?」

 放課後の職員室。いつものようにヘルガの手伝いをしていたノラは、受験者名簿を見せられて、驚愕した。ノラの名前のすぐ下に、サリエリの名前が書いてある。その下には、クラスメートのショーン・カートライトと、ジョゼフ・ボナリ(隣町の学校の子だ)の名前も記されていた。

「ええ。サリエリもとても優秀な子なんですってね。ノラは彼のこと……ノラ?」

「……し、失礼します!」

「ノラ!?どこへ行くの!?」

 ノラはあわてて学校を飛び出すと、孤児院へ急いだ。

 教会の前を通り過ぎていくらか進むと、1本の川が流れている。川幅は3メートルほどで、流れはゆるやか、ノラと仲間達が良く魚釣りをする川だ。川には橋がかかっていて、その先にあるのは、孤児院と、陰気な墓地、それ等をぐるりと取り囲む森の牢だ。

 川向こうには行ってはいけない。オシュレントンの町に住む多くの子供がそうであるように、ノラも両親から口を酸っぱくして注意されていた。もちろん、親の言いつけを守る子なんていないし、ノラもその1人だ。

「…………」

 太陽は早々と沈みかけていた。ノラは少し迷って橋を渡った。

 森の中を少し行くと、孤児院が見えてきた。孤児院は2階建ての大きな建物で、入口の石の門標には、『オシュレントン孤児院』と彫られていた。

 ノラは幾度となく孤児院の門扉の前を通ったが、敷地の中に入るのははじめてだった。理由は、孤児院には友達がいないから。孤児院の子供達は学校に通わず、タリスン院長先生に勉強を教わっているので、あまり触れあう機会がないのである。

 ノラはとにかくサリエリに会わなければ!と、敷地の中に足を踏み入れた。サリエリが国立魔学校を受験すると聞いてから、ノラの胸には得体の知れない不安が渦巻いていた。なにを話すかは、顔を見てから決めよう。

『ソニア。たかが水汲みに何時間かかっているの?どうせまた歌でも歌っていたんでしょう。まったく、しようのない子ね』

 一流の探偵みたいな顔をしたノラが、しばらく辺りをうろうろしていると、建物の裏手から声が聞こえてきた。ノラがそっと覗いてみると、そこにいたのはおっかないギネヴィア・タリスン院長先生と、サリエリと仲良しの、ソニア・アンダートンだった。

「子供達みんながそれぞれの仕事をきちんとこなしているというのに、どうしてあなたにはできないのかしら?」

 タリスン院長先生は腰に手を当て、冷淡な目でソニアを見下ろした。ソニアは顔を上げて、タリスン院長先生を憎しみのこもる目でにらんだ。

「なんですかその目は。反抗的な態度は、あなたのためになりませんよ」

「…………」

「ソニア。あなたは自分が幾つだかわかっているの?あなたはこの孤児院を出たら、たった1人で生きて行かなければならないのよ。そしてそれは、もう直ぐなの」

 タリスン院長先生は深い、いら立たしげなため息をついた。

「あなたが私に楽をさせる気がないのは知っているわ。でもそうやっていじけていれば、誰かが代わりに仕事をやってくれるのかしら?違うでしょう?」

 ソニアは答えず、ますます視線を険しくした。

「……罰を与えます、ソニア・アンダートン。全ての仕事が終わるまで食事はお預けです。他の子供達にも手伝わないように言っておきます」

 反省する気のないソニアに、タリスン院長先生は厳しい口調で告げて、裏口から院内へ戻って行った。ソニアは悔しそうに地団太を踏んだ。

 ノラが目を離せずにいると、ソニアが振り向いた。

「町の子が孤児院になんの用?遊ぶならよそで遊んで。私は忙しいの!」

隠れ損なって慌てふためくノラに、ソニアはいら立たしげに喚いた。かちん!ときたノラだったが、のぞき見していた負い目があったので、にらみ返すだけに止めた。

 ノラはソニアのそばを離れて、玄関の方へ回った。ノラが大きな両開きの扉の前に立つと、ドアが開いて、中から小さな少女が出てきた。

「だあれ?」

少女は大きな目を丸くして、ノラを見上げた。

「ロザンナ!お待ちなさい!」

 じっと見つめてくる視線にノラが困惑していると、少女を追いかけて、中からタリスン院長先生が飛び出してきた。

「食器をおもちゃにしてはいけないと何度言ったら分かるの!?あのカップは大事なお客様がいらした時に使うものなのよ!」

 タリスン院長先生は、慌てて逃げようとする少女……ロザンナを捕まえてぴしゃりと叱りつけた。タリスン院長先生は、嫌がるロザンナを引っぱって行こうとして、はじめてそこにノラが立っていることに気が付いた。

「あなたも、そんなところに突っ立ってないで早く中にお入りなさい。夜は危ないから外に出てはだめだと、あれほど言ったでしょう!」

 タリスン院長先生はロザンナにしたのと同じ調子で叱って、ノラを孤児院の中に引っぱり込んだ。

「あの、私、サリエリに………」

「サリエリ……?サリエリは男の子でしょう!女の子のあなたとは違うの!」

「いえ、そうじゃなくて私は………」

「口答えするんじゃありません!良いですか?サリエリは学費を稼ぐために仕方なく、みんなより一足早く社会に出て、働いているんです!本当は私だって、子供に夜の仕事なんてさせたくはないんです!」

「だから違うんです。誤解なんです。私は………」

「もうけっこう!もうたくさんよ!夜遊びなんて大人になればいくらだってできるわ!そんなにここを出たければ、早く1人前になることね!……まったく、忙しいのに!これ以上私を困らせないでちょうだい!」

 タリスン先生はまったく聞く耳を持とうとせず、ノラの首根っこをつかんで廊下を引っぱって行った。

「今日は院長である私が直々にキッチンまで連行してあげますからね!感謝なさい!」

 後ろ向きに歩きながら目を白黒させるノラを見上げて、ロザンナが口に両手をあててくすくす笑った。おや?なんだか変なことになったぞ?

「シンシア!また脱走者が出たわ!この子を良く見張っておいてちょうだい!」

 キッチンの扉の前までやってきたタリスン院長先生は、叫ぶと同時にノラを部屋の中に押し込んだ。中にいた子供達は男女合わせて4人で、彼等の『だれ?この子?』という視線が、いっせいにノラに向けられた。

「あら?ベンもいないじゃないの?シンシア、ベンはどこへ行ったの?え?知らない?わかったわよ探してくるわよ。探してくれば良いんでしょ!………ベン!ベンフリート・カーティス!隠れても無駄よ、今すぐ出てきなさい!」

 タリスン院長先生は子供の名を大声で連呼しながら、慌ただしく部屋を出て行った。

「…………」

「…………」

 キッチンではちょうど料理の最中で、火にかけられた鍋がぐつぐつ言っていた。取り残されたノラは、子供達の不思議そうな視線を受け止めながら思った。私が悪いんじゃない。

 オシュレントン孤児院のタリスン院長先生がベンフリートの捜索を打ち切ってキッチンに舞い戻ってきたのは、ノラがキッチンに放り込まれてから小1時間ほども経った頃だった。外はすっかり暗くなり、空には星が瞬いていた。

「院長先生、これ……」

 戻ってきたタリスン院長先生に、孤児院で暮らしている子供達の中でも、1番年長のシンシア・マーケットが、本日のメインディッシュである、じゃがいものスープをスプーンですくって差し出した。

「大変けっこうなお味です。良くここまで進歩したわ。昨日の安い牛肉は生臭くて食べられたもんじゃなかったのに。……味付けをしたのは誰?」

 シンシアをはじめ、料理を担当した大きい子供達は、部屋のすみっこの方でむっつりしているノラを指した。

「やれば出来るじゃないの。その調子よ。ラーラに休みが欲しいと言われた時はどうなることかと思ったけど、この分ならなんとかなりそうね」

 気を良くしたタリスン院長先生は、にこりともせずに言った。

「今日からあなたをこのオシュレントン孤児院の総料理長に任命します。子供達と私の健康はあなたの手にかかっていると言っても過言ではないわ。しっかりおやりなさい」

「…………」

 もはやなにを言っても無駄だと悟ったノラは、開き直ってだんまりを決め込んだ。

「さあさあ、手分けして料理を食堂に運んで。小さい子供達を集めてちょうだい」

 タリスン先生の号令で、サリエリとソニアを除いた全員が食堂に集められた。子供達はサリエリとソニアを勘定に入れて15人。大きいのも小さいのもいろいろで、そのほとんどが、どこかで見たことのある顔だった。向こうもノラを見て同じことを思っているに違いない。

 ノラが食堂にやってくると、小さな子供達が、頭が落っこちそうなほど首をかしげて、ノラをじろじろと見た。何人かの子はノラのそでを引いて『お姉ちゃん、だあれ?』とたずねたが、答える気がないノラは黙って給仕に徹した。

 ノラが大きい子供達に混ざってスープをお皿についだり、食器を並べたりしていると、食堂の入口から、がたがた!と大きな音が聞こえてきた。ノラがふり返るとそこにはサリエリがひっくり返っていて、『なんでいるの!?』という顔でノラを見ていた。

「……こんばんは」

 ようやくお出ましか!ノラは小さい子達にパンを配ってやりながら、素気ない挨拶をした。

「!?」

「ふん!」

 ノラはぷいっとして仕事に戻った。

 サリエリはしばらくパン配給してまわるノラの姿に目を白黒させていたが、タリスン院長先生にたしなめられて、いそいそと自分の席に着いた。

 食事の準備が終わると、ノラはサリエリの前の席―――たぶん今はいないソニアの席だ―――に座った。何食わぬ顔で紛れ込んでいるノラを、サリエリは目玉が落っこちそうなほどまぶたを見開いて見つめた。ノラはそんなサリエリや、他の子供達の視線を無視し、まるで昨日も一昨日もそこにいたかのように振るまった。タリスン院長先生は、とうとう気付かなかった。

 サリエリは食事が終わると直ぐに夜の仕事へ出かけてしまい、話す機会は得られなかった。なにしにきたんだか……

 無事に孤児院を脱出したノラが家に帰り付いたのは、夜の八時を過ぎた頃だった。ノラは母と父とオリオにこっぴどく叱られ、サリエリに的外れな恨みを抱いた。

(絶対負けない)

 ベッドに入ったノラは、秘かに決意した。

 今日は焦って、らしくないことをしてしまった。サリエリなんて恐れることはない。彼にテストで負けたのは1回きりだし、たとえサリエリがどんなに努力しようと、面接で落とされるに決まってる。だってサリエリは、口が利けないんだから。

 決意を新たにしたノラは、その翌日から、猛勉強を開始した。夜も寝ないで机にかじりつくノラを家族は心配したが、どうせ反対されると思ったので、試験を受けることは内緒にした。

 ねずみのミライは黒板や本の上をうろちょろして、ノラの邪魔をした。

「意地を張らずに私に願えば良いんだ。勉強などしなくても、お前の合格は確実だ」

「それじゃ意味がないのよ」






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