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ノラとパン焼き窯の悪魔  作者: kaoru
ノラと不思議な少年
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サリエリの腕輪

著作権は放棄しておりません

無断転載禁止・二次創作禁止


「サリエリだ!サリエリが1番だ!」

 黒板に書き出された成績の順位を見上げて、ノラ・リッピーは全身をわなわなとふるわせた。

「首席交代だ!席がえだ!」

 クラスメートのベン・ウォルソンと、デイビッド・ホールドは、興奮して教壇のまわりを走り回った。

 見間違いかと思ったノラは、まぶたを細めたり、深呼吸をしたり、1歩後ろに下がってみたりしたが、黒板に一番上に書き出された名前の頭文字は、Sで間違いないようだった。いつもなら、リッピーのLが燦然と輝いているはずなのに……

(うそぉ……)

 畑仕事や家畜の世話を手伝わなければならない農家の子供等と違い、役場の職員を父に持つノラは、家に帰ればまずは机に向かうのが日常だった。

 先生に褒められたって嬉しくもなんともないが、満点をとれば一日王様みたいな気分で過ごせるし、教室ででかい顔ができる。時々やっかみ交じりに生意気だ!なんて言う子がいたが、ひねくれ者のノラに言わせれば、妬み嫉みは記念日のごちそうにも勝る。

 冬休み中机にかじりついたおかげか会心の出来で、問題を見ずに答えが書けたほどだった。今回もわずか19名しか生徒がいない、しみったれたこの学校の頂点に君臨するのだと、とうぜんのように思っていた。すっかり高くなったノラの鼻は鋼のように頑丈で、決して折れることはないかのように思われた。ほんの、ついさっきまでは……

「良くやったわサリエリ。日頃の努力が報われたわね」

 今年で31歳をむかえる担任のガブリエラ・マッジョーレ先生は、ご機嫌でサリエリのがんばりを褒め称えた。

「おいサリエリ、早く席をかわれよ」

 ベン・ウォルソンが急かすと、ノラに代わって首席になった少年……サリエリが、がたがた!と騒がしい音を立てて立ち上がった。ノラは隣に立つ少年の姿をまじまじと見た。

「…………」

 毛先が飴がくっ付いたみたいに絡まってねじれ、自由気ままに飛びはねている黒髪。青白い肌は見るからに虚弱そうで、とろんとしたまぶたからは、知性のかけらも感じられない。

 なんでこんな子に……という心の呟きを、ノラは声になるまであと少しというところで、ごくんと飲み込んだ。

「おめでとう」

 ノラはサリエリに向かってすまし顔で言い、その飾りものみたいな口から言葉が発せられるのを待った。サリエリは1度口を開きかけたが、ノラと目が合うと、おろおろと視線をさまよわせた。

 サリエリの態度に、ノラはむっと気色ばんだ。

 サリエリは、オシュレントンの町でただ1人、川向こうの孤児院から学校に通っている子だ。ノラはサリエリの格好を、一目で他人のお下がりと分かる格好を見て思う。こんな子に自分が負けたなんて、ますます思えない。きっとなにか特別な仕掛けがあるのだ。そうに違いない。

 その夜。

「……いやだ、また孤児なの?」

 ノラが家族と自宅のリビングでくつろいでいると、父の手元をのぞき込んだ母が呟いた。父の手には、2カ月にいっぺんしかよろず屋の店頭に並ばない地方新聞が広げられていた。

「ノラ、川向うへは行ってはいけませんよ。それから孤児院の子供達と口をきいたりしないこと」

 母はくちびるに指先を当てて注意した。

「はい、お母さん」

 ノラがしっかりと返事をすると、母は満足したようだった。

 翌日。いつも通り学校に登校したノラは、休み時間、悪友のマルキオーレ・オシュレントンを校舎裏に呼び出した。

 マルキオーレは大柄な少年だ。顔の中心にくっ付いたでかい鼻に、石でも噛み砕けそうな、がっしりとしたあご、それをささえる首は丸太みたいに太くたくましく、身長はほかの子供等より頭一つ分も高かった。お腹まわりについているぜい肉も大人顔負けで、頭の上にちょこんと乗っかった坊ちゃん刈りの金髪と合わせて見ると、いい歳をした大人が子供の格好をしているようだ。父親は町長で大地主のデムター・オシュレントン氏、母親は彼がうんと小さいころに亡くなった。

「調べたいことがあるの。協力してよ」

 ノラが事情を(昨夜思い付いたとびきり面白い悪戯を)説明すると、マルキオーレは大きな顔を隅々まで赤くした。らんらんと輝くその瞳には、『ちょうど退屈していたところだ』と書いてあった。

「私はあの腕輪が怪しいと思うの。きっと仕掛けがあるに違いないわ」

 ノラは頭の隅で、サリエリが肌身離さず付けている金の腕輪を思い出しながら言った。美しい細工が施された金の腕輪は、一目で高価とわかるような代物だった。お下がりの洋服や飛び跳ねた髪と合わさるとちぐはぐで、前々からおかしいと思っていたのだった。

 放課後、マルキオーレは嫌がるサリエリから腕輪を奪って、ノラのところへ持ってきた。

「それ、どうするんだ?」

「おかしなところがないか調べるのよ。大丈夫、調べ終わったらちゃんと返すわ」

 ノラは不思議そうに目をまん丸にするマルキオーレに保証して、ほくそ笑んだ。せっかく奪ったのだから、ただ返しては面白くない。

 ノラはごねるマルキオーレを先に帰らせると、サリエリを捜した。サリエリは校舎の右手の茂みを捜し回っていた。

「私、知ってるわよ」

 ノラは地べたを這い進むサリエリの前に立ちはだかった。

「さっきマルキオーレが、あんたの腕輪を隠しているところを見たわ」

「!?」

「教えてあげても良いけど、ただじゃだめよ。もしもあんたに教えたのがばれたら、私は大事な友達を失うかもしれないのよ」

 サリエリは黙ったままだったが、金の腕輪はよほど大事なものと見え、彼の瞳は隠し場所を教えてほしいと訴えていた。

「だから、取り引きしましょう。私の言うこと聞いてくれたら、返してあげます」

 ノラの提案にサリエリが首を傾げて、ノラは心の中でうふふと笑った。

「あれは先月の、確か金曜日だったわ。私お金をなくしちゃったの。ぴかぴかのオウィス銅貨よ。誕生日プレゼントにもらった、とても大切なものなの。明日の朝までに見つけてくれたら、腕輪の隠し場所を教えてあげる。心配しなくても大丈夫よ。落した場所はだいたい分かってんの。ただその場所がちょっとやっかいなのよね」

 ノラはサリエリを、学校の裏手の森の中に案内した。やぶの中に分け入ってしばらく行くと、小さな沼にたどり付いた。

「ここよ」

 小さいといっても山小屋が建つほどの広さがあり、子供一人で、それもたった一晩で銅貨を探し出すなんて、無理だとわかりそうなものだった。おまけに沼を満たしているのは水底の見えないにごった泥水で、藻や魚や虫の死骸なんかも浮いていて、近寄るとたまらなく臭かった。

「ここ、お化けが出るから誰も近付かないのよね。……どうする?やる?」

 ノラにはサリエリのの答えが分かっていた。

「…………」

 サリエリはしばらく考えた後、うなずいてみせた。やった!と、ノラは背中でこぶしを握った。

「じゃあ、私は帰るわね。あなたと違ってちゃんと家に帰らないと。お父さんとお母さんに叱られちゃう」

 ノラは厭味ったらしく言うと、サリエリを一人残して、軽い足取りで沼を後にした。

(ばーか!)

 サリエリの姿がすっかり見えなくなってから、ノラは振り返って、心の中で吐き捨てた。どんなに探したって、銅貨なんて見つかりっこない。見つからなくて、困って泣きついてきたら、返してあげても良い。いししと笑って、ノラは揚々と帰路についた。

 翌日は土曜日で、学校がお休みだった。サリエリのことが気になって早めに起き出したノラは、家族の不思議そうな目を避けて、いそいそと沼へ向かった。

 沼では全身泥だらけになったサリエリが、三日は食事が食べられなくなりそうな腐臭をはなちながらノラを待っていた。

「見つからなかったの……?」

 ノラがたずねると、サリエリはしょんぼりとうつむいた。ノラは「はあー」と、わざとらしく残念そうなため息を吐いた。

「……別に落としたやつでなくっても良いのよね。校長室の金庫にたくさんお金が入っているのを見たことがあるわ」

 ノラが何気なく口にすると、サリエリは顔を真っ青にして激しく首を左右にふった。

「あの腕輪、とても大事な物なんでしょう?かわいそうだからもう一度チャンスを上げる」

 いたずらは上手くいったはずなのに、ノラはますますいらいらしていた。少し考えれば嘘だとわかりそうなものなのに、間抜けなサリエリは疑いもしない。

「もう学校に来ないでちょうだい。約束してくれるなら、返してあげる」

 凶暴な気持ちが、むくむくとわき上がってきて、ノラは冷たく言い放った。こうも腹が立つ理由は、テストで負けたからってだけじゃない。

「別にどうってことないでしょ?あんたって友達いないし、教室でもいつもつまらなそうじゃない。勉強したって進学なんて無理だろうし……いくら頭が良くても、お金がないんじゃね」

「…………」

「だから、ねえ……どう?簡単でしょ?」

 サリエリの乏しい表情から、葛藤がうかがえた。すっかり青ざめて、真冬の空の下に裸で放り出されたように、がたがたと震えていた。その顔を見ていると、ノラの胸には一抹の罪悪感が生まれた。

 ノラは地面を見つめたまま動かなくなってしまったサリエリを、退屈そうに見つめた。なんだつまらない、ちょっとは怒ればおもしろいのに……

 長い思案の末、サリエリは首を弱弱しく左右に振った。

「……あっそ。勝手にすれば。あんな汚らしい腕輪、うちの窯で燃やしてやるから」

 ノラは素気なく告げて、帰宅するべく踵を返した。サリエリは悄然として、去って行くノラの背中を見送った。

「なによ……!あいつ……!」

 家に帰りつく頃には、ノラはすっかり腹を立てていた。ゆっくり歩いてやったのに、サリエリは追いかけてこようともしない。今まで仲間達と数限りない悪戯を実行してきたノラだが、こんなにつまらないやつははじめてだ。ちなみに、一番面白いのは担任のガブリエラ。理由は大騒ぎするから。

 それなら宣言通り腕輪を燃やしてやろうと思い、ノラは玄関に鞄を放り投げると、パン焼き窯へ向かった。

「あれ?」

 腕輪を窯の中に放り込もうとしたノラだったが、ふとあることに気付いて、その手を止めた。手の中の腕輪は、怪しい輝きを放っている。

「…………」

 手垢で汚れていて分かりにくいが、腕輪の内側に薄らと、文字が刻まれていた。指でこすって汚れを落とすと、ノラは目を細めて文字を追った。

「ほろ……ほろびの……みちを……」

――――滅びの道を行くもの。私はお前の友。私はお前の良心――――

 ノラはほんの数秒考え込むと、腕輪をパン焼き窯に投げ入んだ。

「あらノラ、帰ってたの?」

 そのすぐ後、母が薪を抱えてやってきた。

「う、うん……ただいま」

「これから教会に持って行くパンを焼くのよ。火を入れるから、そこを退いてちょうだい」

「えっ!」

 ノラは慌てて腕輪を取り出そうとしたが、いきおい良く投げ込んだせいで奥へ入りこんでしまっていた。ノラの短い腕では取れそうもない。

「ノラ、なにやってるの?ほらほら、危ないから離れていて」

 そうこうしているうちに母が準備を整えてやってきて、ノラをパン焼き窯から遠ざけた。母は手慣れた様子でパン焼き窯に火を入れると、ノラに見張りを申しつけて、家の中へ舞い戻って行った。

 窯の中の炎は、からからに乾いた薪を食べながら、どんどん大きくなっていった。このままでは本当に腕輪が燃えてしまう!

『お前か……』

 どうしよう、どうしよう、とノラが慌てていると、どこかから声が聞こえてきた。ノラはぎょっとして辺りを見回したが、誰もいない。

『お前か、腕輪を炎にくべたのは……』






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