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王冠八旗 ③

 輸出入の禁止というある種の開戦決議が成されて暫く経ったある日のこと。

 帝国に派遣していた大使が、未だ召喚命令が無いうちに急遽帰国してきた。

 その手には女帝ルーネフェルトからの親書と、彼女が手土産にと手渡した件の小箱が抱えられている。

 当然、国中が大騒ぎとなった。

 任期を終える前に大使が帰国したということは、ただごとではない。

 先のサン・フアン要塞の生き残りたちが漂着したことも記憶にあたらしいため、今度は一体全体何が起きたのかと、民衆も貴族も大いなる興味と不安にかられた。

 国王カスティエルは、経済制裁をしたことに対して何かしらの抗議をしてきたのだろうと思い、大使を出迎えた。特に香辛料が帝国にとっては痛手のはずで、あわよくば輸出再開を条件に何かしら有利な交渉に持ち込めるのではないか、というのが彼の本音だった。

 大酋長の前では立場上強気なことを言わねばならなかったが、心のうちでは、やはり開戦という最終手段だけは用いたくない。

 ただ南方王国の主権と安全が保証されればそれでいいのだ。


「役目、大儀である」


「ははっ! お許しを頂かずに帰国したこと、どうか平にお許しくださいませ。ルーネフェルト女帝陛下より、国王陛下への親書を預かって参りました」


「うむ。ところで、貴公が持っている小箱は一体何か?」


「それは……」


 大使は口を固く閉ざして返答を躊躇った。

 しかし、主君の問いに答えぬわけにはいかない。

 大使は腹をくくって、ただ、あるがままを言おうと心に決めた。


「これは……女帝陛下より手土産にと渡されました……サン・フアン要塞の総督、バルガス閣下の手首で御座います」


「なんだと……? 今、何と申した?」


 カスティエルは思わず玉座から立ち上がって大使に歩み寄り、彼の手から小箱を取り上げて自らの手で箱を開けた。

 直後、カスティエルはすぐに箱を閉じて床に突っ伏し、湧き上がる吐き気に必死で抗う。


「陛下! 誰か! 陛下を医務室へ!」


「よい! 大事ないぞ。騒ぐでない」


 と、カスティエルは口を手で抑えつつも立ち上がり、再びバルガスの手首と相対した。


「よくぞ戻ってくれた……賊の手によって辱めを受けたと聞いたぞ。貴公の仇は余が必ず取ってみせる故、ゆるりと休むが良い」


 長年の功臣を労ったカスティエルは丁重にバルガスを弔うように指示し、彼の犠牲を無駄にせぬように、国民にはバルガスは非道な賊と勇敢に戦った英雄であると吹聴した。

 同時に、何の理由もなく要塞を襲った帝国への非難を公にして国民に怒りを植えつけた。

 特に海に没した商船乗りの遺族らは声を高くして帝国を罵り、ルーネフェルトは悪魔の化身であり、地獄から現れた魔女であると宣教師たちも街頭で皆に振れて回る。

 実際に海上で私掠船の襲撃を受けた者たちからすれば、その言葉が真実であると思わずにはいられないだろう。そして話には尾鰭がついて、どんどん大きく、拗れていく。

 カスティエル自身、彼女からの親書を読んで、世の噂があながち間違いではないと思った。



『親愛なるカスティエル・アラゴン三世陛下へ、ルーネフェルト・ブレトワルダより敬愛を込めて。

 昨今、貴国の大使殿より我が帝国に対する抗議が繰り返され、臣下共々、誠に心を痛めております。

 聞くところによれば、我が国の私掠船によって貴国の商船が襲撃されていると。

 ここで私がハッキリと申し上げておきたいのは、それは全くの誤解であるということを国王陛下にご理解頂きたいのです。

 そも、我が国の私掠船が活動するのは我が国の領海内に限定されており、そこへ貴国の船が我が国の許可も得ること無く侵入してきたので、自衛のためにやむを得ずこれを排除したのです。

 また、我が国に於いて私掠船は議会によって正式な手続きと許可状の発行によって発足した我が国の公的機関であり、貴国の仰る無法の海賊とは明確に異なることを宣言致します。

 よって、貴国の大使殿が抗議されるところの、私掠船の取り締まり及び免許の剥奪は明確な我が国への内政干渉でありますので、何卒ご遠慮のほどをお願いいたします。

 古来より我が帝国と貴国とは交易を通じて文化的交流を深め、臣民、貴族を問わず、共に平和と繁栄のために手を取り合ってきた間柄。

 なので、私個人としても、殊更に波風を荒立たせる気は無く、近いうちに国王陛下と場所を問わずに親しくご面談致したく願っている次第で御座いますので、何卒お返事のほどをお願い申し上げます。


追伸。


 先日、我が帝国の準男爵ヘンリー・レイディン卿が見事な黄金を大量に入手致しまして、我が国の臣民一同が心より歓喜していた旨を余興として御礼申し上げます』


 この親書を目にした誰もが、信じられない、という顔を浮かべた。

 よくもこのような傲岸不遜な親書を堂々と送りつけてくるものだ、と。

 全てが自分にとって都合のいいように、そして手前勝手な物言いばかりで、こちらに対する配慮が何一つ記されていない。まるで、悪いのは全部そちらの所為だ、とでも言わんばかり。


「何を言うか……我が領海の要塞を落としておきながら、何を言うのか!」


 カスティエルは危うく親書を破り捨てそうになったのを寸前で堪え、最後の希望であった外交的解決の手段は残されていないことに絶望する。

 面談に場所を問わずの意味するところを察したからだ。

 戦場か、あるいは絞首台か、はたまた、どちらかが生首になったときか。


「天に座す我らが主神よ、諸々の精霊よ、どうか加護をもたらしたまえ」


 ここに至って、彼は軍を動かす決断を下した。

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