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革新 ①

 時は遡り、三年前。

 私掠船ヘンリー・レイディンの手によって、皇女暗殺の首謀者である大公ジョルジュ・ブレトワルダが討たれ、正統後継者たるルーネフェルト・ブレトワルダが帝位について間もない頃。

 彼女が最初に着手した仕事は宮中の大掃除だった。

 晩餐会や舞踏会等に使われる宮殿の大広間に、名だたる貴族という貴族が招集された。

 一部の者を除いて、多くの者たちはこれが女帝による懇親会とでも思っていたことだろう。

 何故ならテーブルには種々の酒と真っ白な大皿や小皿が用意され、小皿の上には今宵の料理の品書きと思しき紙が折りたたまれて置かれていた。

 やがて万雷の拍手に包まれたルーネが上座に腰掛け、ゆっくりと手を振り下ろして皆を着席させる。

 そして給仕たちが各出席者のグラスに極上の赤ワインを注いでいった。

 従者からグラスを受け取ったルーネが席を立つ。


「今宵はわたくしが主催する宴に出席してくれたこと、嬉しく思います。先ずはこの盃を飲み干し、祖国の繁栄を願いましょう」


「女帝陛下万歳! 帝国万歳!」


 そして貴族たちがワインを飲み下すと、彼女は暫し間を開けて、再び言葉を紡ぐ。


「わたくしからの気持ちをよく味わって頂戴。これはわたくしからの挨拶であると同時に、貴公らへの別れの杯よ。今宵は宮殿における最後の晩餐となることでしょう。存分に楽しんで貰いたいわ」


 俄に場内がざわめきだす。

 女帝に即位して早々に別れの杯とは一体どういうことなのか。

 互いに見合わせて首をかしげる貴族たち。

 間もなくメインの料理が次々にテーブルへ運ばれて、彼らは彼女の真意が掴めぬまま、今宵の宴に供される料理の品書きを開く。

 と、同時に、彼らの中の十数名がたちまち顔色を変え、目を大きく見開いた。

 見計らったルーネの冷たい声色が彼らの耳に響く。


「わたくしが先帝の遺志を継いでこの国を請け負ったからには、国家のあらゆる毒素を抜かねばならないわ。こと先の大公の乱に加担した者たち……先帝の遺志に背き、この国を乱し、己の私利私欲に溺れた者たちを、わたくしは断じて許さない」


 貴族たちが手に持つ品書きの紙には料理の名前ではなく、その者たちの処分が短く書かれていた。

 ある者は爵位剥奪の上、平民へ降格。

 またある者は領地没収の上、僻地へ流される。

 とくに大公に深く取り行っていた一部の貴族たちは、反逆罪として獄舎へ押し込められることとなった。

 当然、濡れ衣だと声を荒げる者が出てくる。

 女帝に詰め寄ろうとした貴族は衛兵によって取り押さえられ、彼女はそんな貴族たちを酷く軽蔑した眼差しで見下す。


「父祖の信頼を裏切った罪の重さを知りなさい。けれど長年に渡って我が国を支えた功績により命までは取らないわ。尤も……あなた達が苦しめてきた民から如何なる仕打ちを受けるのかは、知ったことではないけれどね」


 一方で、ドゥムノニア家のように大公に同調することなく、忠義を貫いた者たちに対しては恩賞の目録が書かれていた。

 没収された領地の再分配や、新たに貴族の列席に加わった者への土地の贈呈や祝い金など。

 報われた者たちは改めて彼女への忠誠を誓い、裏切り者たちは断末魔にも似た叫びと共に宮殿から消え去った。

 この後、正式な命令書に彼女がサインをすれば、彼らの貴族としての人生は終わりを告げる。

 それに伴って帝国議会の面々も一新されることになるが、今までのように、皇帝は議会の決定を『承認』するだけの存在となるつもりは無かった。

 世の人々、後世の歴史家は暴君と呼ぶことだろう。

 だが彼女は元より覚悟の上だった。

 父祖は皇帝による専制を嫌い、臣民からなる議会を尊重してきたが、国の為にならぬ議会であれば必要無い。


 それから彼女は執務室に篭もるようになった。

 片付けねばならぬ問題が次から次へと書類となって彼女の机を埋め尽くし、先の貴族の処分を済ませた後は新たな議会の閣僚の人事へ移る。

 信頼のおける文官たちの助言をもとに彼女自身の裁量で、議会の長たる宰相を始めとしたポストを決めた。

 同時に、直属の騎士団を創設したいと、ドゥムノニア家の当主であるローズに持ちかけた。


「騎士団、で御座いますか?」


「ええ。議会とは身分も権限を別にする、私の直轄で動かすことが出来る組織が欲しいの」


「その長は誰が?」


「あなたよ。他に陸海軍から数名、外務官からも。それと……」


 ニヤリと笑った彼女にローズも察しがつく。


「彼奴が承諾しましょうか? 私にはとても……」


「承諾させるわ。私は彼の雇い主よ? 海ではいざしらず、陸では彼に文句なんて言わせないんだから。近日中に候補を纏めて提出して頂戴。吟味した上で本人と面談するから」


「畏まりました」


 多忙故にまたたく間に数ヶ月が過ぎ去った、ある夏の日曜日。

 ひと通りの書類を片付けた後、夜になった頃を見計らって、ルーネは密かに宮殿を抜けだした。

 ここのところは常に執務室にいる毎日なので、扉に立入禁止の札を掲げていれば、誰も訪ねてくることは無い。

 ドレスから愛用しているチュニックに着替え、散歩がてらに都の夜道を一人で歩く。

 都は海が近いので夏でも風が涼しく、夜中ともなれば程よい気温で心地よい。

 護衛もつけず、女帝が単身で、しかも着飾ることもなく市井しせいを見物することなど史上初めてのことだろう。

 とはいえ彼女自身は少し前まで海の上で生活していたのだから、こうして街中を出歩くことなど何でもないことだった。

 すれ違う都の住人も夜の暗さのおかげで彼女が女帝であることに気づく様子もない。

 考えてみれば、都の隅々まで探索したことなど無かったので、気分転換の散歩なので枝分かれする路地を気ままに歩いていく。

 路地に掲げられたランプだけでなく、家々の窓からも優しい明かりが闇を照らしている。

 夜中なので閉店している露店が多かったが、中にはまだ営業している店もあり、購入したベリーを味わう彼女の視線の先に、酷く古びた店が一軒あった。

 

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