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手土産 ②

 継ぎ接ぎだらけの帆や船体が月夜を進む姿を見た商船は、まさか幽霊船かと慌てふためきながら進路を反転させていた。

 その様子を甲板から望遠鏡で眺めていたヘンリーは声を上げて笑い、心地よい波の揺れに酔いしれる。

 信心深い船乗りたちからすれば、今のグレイ・フェンリル号は暗い海底から亡霊と共に浮かび上がってきたように思えただろう。

 おかげでこれといった障害もなく、南方王国の勢力圏から脱することが出来た。

 風向きも良好なので明け方にはキングポートの灯台を捉えられる、というのがウィンドラスの算段だった。

 そこで本格的な船の修理、水夫の補充をした後に帝都へ行く。


 大勢の部下を失ってしまった。

 だが、運良く生き延びたツワモノたちは港へ戻ったときに支給される分前が増えると舞い上がっており、馴染みの娼婦に今回の活躍を自慢してやるのだと鼻を高くしている者もいた。

 なにせ自分たちは難攻不落の要塞を陥落させた英雄なのだから。

 そんな浮かれた空気を鼻で笑うヘンリーは、これからのことを思案していた。

 難攻不落という言葉の重みを思えば、相手は必ずや復讐を目論むであろう。

 自らが信じて疑わぬ楔を断ち切られたのだ。しかも国王から信頼厚い総督までも失い、王国の商船がこの先もヘンリーたちのような私掠船に略奪され続けるとなれば尚の事。

 それをどう切り抜けるのかは、女帝とその臣下たちの腕次第といったところか。

 事の次第を知った宮殿の貴族たちの驚く顔が目に浮かぶ。

 さぞ痛快なことだろう。

 強大な権力と広大な土地、そして数多くの私兵たちを率いる貴族たちが、今まで海賊と見下していた男に道を譲る姿は。

 女帝のお気に入りという妬み、海賊上がりという蔑み、民衆の人気への僻み、様々な思惑が渦巻く宮殿の空気を思い出しただけで嫌な鳥肌が立つ。


 それに比べて海はいい。

 ここには身分も人種も関係ない。

 ただ力だけが正義の世界だ。

 商船のように仕事に追われることもなく、軍艦のように上官へ気を使うこともなく、一度の航海で莫大な富を得ることが出来る。

 港に戻ればこの世の快楽を存分に味わえる。

 だからこそ男たちは惹かれる。

 右手に黄金を持ち、左手で美女を抱く夢を見る。

 無論、しくじれば人生はそこで終了。

 縛り首になるやもしれぬし、鮫の餌となるやもしれぬ。

 だがそれも上等というのが彼らの心意気だった。

 殺しているのだ。

 殺されもするさ。

 奪っているのだ。

 奪われもするさ。

 故に後悔はしない。

 後は地獄の悪鬼どもと宜しくやるだけのこと。

 早いか遅いか、ただそれだけの違い。

 懐から取り出したワインの小瓶を傾けていると、船内から大ジョッキを片手に持った、アルバトロス号の船長だったベッケルが甲板に出てきた。

 先ほどまで自身の部下たちと飲み明かしていたのか、千鳥足で指揮所に続く階段を登ってくる。


「よお、がぶ飲み屋。ご機嫌だな」


「へっ……あんな地獄みてえな場所から生きて戻れたんだ。ご機嫌にもなるわい」


「違いねえ。アルバトロスは悪いことをしたな」


「なぁに。わしもあいつもロートルよ。どの道、港に戻ればお互い引退。わしは酒場に篭って酒に沈み、あいつは解体されてお役御免よ。棟梁のおかげで花道ができたんだ。船も喜んでいるだろうさ」


「本当に引退するのか? 何なら、新しい船を調達出来るように口添えしてやってもいいんだぜ? あんただって今回の攻撃の立役者だ。国からそれなりの報酬は出ると思うがな」


「冗談じゃねえ。潮気が骨の髄まで染み込んじまって、目も耳も衰えちまった。もう海にはいられない体になっちまったんだ。だが、あんたはまだ若い。何より海に愛されている。羨ましいよ……」


 ベッケルは持っていたジョッキを差し出した。


「ヘンリー、あんたは心から尊敬出来る船乗りだ。せめて、陸へ消え行く海の男から一杯奢らせてくれ」


「……ああ、ありがたく頂戴するぜ。偉大な海の男よ」


 ジョッキを受け取ったヘンリーは一息にエールを飲み干し、お返しとばかりにジョッキへワインを注いでベッケルの手に戻す。

 そして互いに酒を酌み交わしながら、今までの航海や略奪の自慢話に花を咲かせていった。

 母なる海は穏やかな小波でかつて愛した男を送り、そして今に愛する男を優しく運ぶ。

 やがて狼の行く先に、キングポートの灯台の光が煌々と輝いた。



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