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招集 ②

 私掠船グレイ・フェンリル号が母港であるキングポートを目前にしたのは、それから三日後のことであった。

 見習い水夫でさえ一生遊んで暮らせるだけの収穫があったのだから、甲板では気の早い連中が早速前祝いを好き勝手に始めている。

 船長室のソファに腰を下ろし、甘く濃厚な紫煙をパイプから立ち昇らせるヘンリー・レイディンは、至福の一時を愉しんでいた。

 一ヶ月も海を彷徨って獲物を探し続けた甲斐があったというものだ。

 危うく食料も水も枯渇するところだったが、あの財宝の山を見せてやれば手下の不満も一遍いっぺんにチャラだ。

 おかげで今の今まで部屋の棚に隠していた極上のラムを堂々と味わえる。

 彼の頭上には、額縁に収められた一枚の紙が物言わず君臨していた。

 敵国船拿捕許可状……いわゆる、私掠免状である。

 国家と結託した合法的な海賊。

 略奪品も国と折半せっぱんという、他国から見れば理不尽極まりない制度が罷り通っていた。

 程なくして彼の右腕である一等航海士アレキサンダー・ウィンドラスが、部屋をノックした後に入室した。

 手には彼が算出した今回の収益と、細かい略奪品の目録が書き込まれた書類が携えられている。

 相も変わらず船乗りらしからぬ几帳面で清潔な空気を漂わせているが、彼にしては珍しく、どこかソワソワと落ち着かない。

 オールバックに整えられた金髪も振り乱され、額に脂汗をにじみ出していた。


「船長、少しよろしいですか? 先日の略奪品についてなのですが」


「まあまあ落ち着き給えよ、ウィンドラス君。沈着冷静がモットーなお前にしては珍しい顔をしているぜ? 一杯やれ。俺の奢りだ」


「ああ、すみません。いただきます」


 と、グラスに琥珀色のラムを注いで差し出すと、ウィンドラスは恭しく受け取って一息に飲み干した。

 普段は舐めるように酒を味わう主義であるはずのウィンドラスが、まるで、全てを無かったことにしようとしている風にも見え、ヘンリーは益々訝しんだ。


「一体何だってんだ? まさか、全部メッキだったわけじゃあるまいな?」


「真逆です! 銀も黄金も瑠璃も全て一級品。そりゃそのはずでしょう。これを御覧下さい」


 と、ウィンドラスは金貨を一枚ヘンリーの机に置いた。

 光り輝く黄金には腕の良い職人によって、中央の王冠から八つの旗がそれぞれ八方に彫り込まれていた。


「こいつが一体どうした?」


「王冠八旗の紋章は、南方王国を統べる王家の紋章です。あの財宝船は、衛星国から国王への献上品を運んでいたのでしょう。船長、これは下手をすれば大変な事態に陥ります。もしも国王が顔に泥を塗られたと思えば、我が帝国との間に重大な亀裂が――」


 酔も回っていつになく饒舌に、そして焦りを見せるウィンドラスの鼻っ柱を、ヘンリーの高らかな笑いがへし折った。


「はぁーはっは! つまり俺達は国王への財宝を根こそぎ奪ったってわけだ! こいつは益々愉快だ! いいねぇ、酒が何倍も旨くなる話だ。港に戻ったら馴染みの連中に聞かせてやろうじゃないか。目を丸くして驚く顔が目に浮かぶわ」


「そんな呑気なことを……」


「今更どうしようもないんだよ。第一な、俺達は何者だ? この広い海で哀れな荷馬を追い求め、血肉を食らって生きている狼よ。財宝船だろうが軍艦だろうが関係ない。俺にとっちゃ単なる獲物にすぎん。あとの細かいことは政治屋どもの仕事だ」


 するとウィンドラスは呆れ返ったように深い溜息を吐いた。


「はぁ……やはりあなたは以前から何も変わっていない。それとも女帝陛下から頂いた地位と名声があなたをそうさせるのですか? 帝国准男爵バロネットサー・ヘンリー・レイディン卿」


 途端にヘンリーは口元を歪ませた。


「その呼び方をするなと散々言ったはずだ。俺は俺だ。何も変わらん。肩書なんぞは力の無い人間がすがりつく藁のようなものだ。この海では何の意味もない。ただ腕っ節があるのみだ。もういい、下がれ」


 追い払うように手を振った船長に、ウィンドラスは納得出来ぬまま一礼し、ドアを開けた。

 そのまま出ていこうとした彼はふと立ち止まって、酔いに任せて口を開く。


「ただしこれだけは申し上げておきますよ! 荒天襲撃は二度とやらないで下さい! 肝が冷えっぱなしで胃が痛くて仕方がない!」


「わかった! わかった! さっさと出て行け!」


 バタンと音を鳴らせて扉が閉まり、ヘンリーは机の上に残された金貨を手に取る。

 何処の国の誰のための金貨など興味はない。

 たとえウィンドラスの言うように国同士に軋轢が生じようと知ったことか。

 己は、ただ奪うのみ。

 元は一端の海賊であり、紆余曲折あって帝国の私掠船となって、更には運命の悪戯によって現在の女帝を玉座へ登らせた。

 おかげで貴族に準じる地位を手に入れたが、今まで一度も宮殿の社交界に顔を出したこともなければ、貴族らしく屋敷に居を構えるつもりもない。

 あくまで彼の住処はこの広大な海。

 領地は船、領民は船員、収益は他国の商船の積み荷。

 この東西南北を繋ぐ交易の要衝たるマーメリア海こそが、彼が君臨する一つの国だった。

 ヘンリーは金貨を上着のポケットに仕舞いこみ、帽子を顔に載せて、港に着くまで暫しの惰眠を貪るのであった……。

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