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進撃 ①



 ヘンリーを首領とした私掠連合が結成され、ニューウエストはマフィアに成り代わって海賊が跋扈ばっこする街となった。各船は帝都へ乗り込むための準備に追われ、水夫たちは休息しつつも補給などの仕事に勤しんでいる。幸いだったのは街の商人たちが海賊がもたらす金を目当てに協力を申し出てくれたことか。


 多少のぼったくりはあったが、この際背に腹は代えられないと奮発していく。特に武器弾薬はありったけ用意させた。新型砲弾カーカスの開発も進められ、着々と準備が進められていく。


 生まれ変わったグレイウルフ号は帝国の軍艦と見紛う程の武装が追加されていた。主力であった12ポンドカノン砲26門は最新式の18ポンドカロネード砲に換装され、さらに甲板上にも8ポンド砲が12門配備された。大幅な火力の増加によって速力は落ちたものの、近接における砲戦ならば他の追随を許さないだろう。

 

 ルーネはグレイウルフ号にて普段通りの雑務に従事していた。皇女だからといって見習いに与えられた仕事を疎かにすることは無い。


 甲板掃除、大砲磨き、炊事洗濯と、自分が出来ることは何でもやった。


 港にずらりと顔を揃えた大小二十隻の私掠船は言葉では形容し難い程に壮観で、これらが隊列を組み、帝都へ向けて海原を進軍する様を頭に描くと心が踊った。


 だが皇女といえど戦に関しては素人同然。一応ピストルは撃てるようにはなったが、大規模な船団の指揮など出来るはずもない。


 また如何にして帝都に乗り込むのか今のところ皆目見当がつかない。

 とはいえ、彼女自身も覚悟を決めなければならなかった。

 何せ相手は己を暗殺しようとした敵であり、帝国の暗部そのものなのだから。

 一足先に帝都へ戻ったローズのことも気がかりだ。

 彼女が居てくれれば戦術的、戦略的な意見が聞けただろうに。


 などと考えながら、仕事の傍らに船の手すりにもたれ掛かる彼女の頭を、ヘンリーの大きな手がぐしゃぐしゃと撫で回す。


「何を辛気臭い顔してやがる。サボりか?」


「そんなんじゃないわ。これからのことを考えていただけ。もう、船長ったら。勝手にあんな約束なんてして。全員に私掠免許を出せる保証なんてどこにも無いんだよ?」


「そんなものは事が一段落してから考えりゃいい。クソ真面目に思い悩むことなんてねぇよ」


 彼女の悩みなどまるで意に介さず、ヘンリーは見習いの柔らかな頬を指で弄っていた。


 皇女の顔で遊ぶ人間などこの帝国ではヘンリーか黒豹くらいだろう。

 嫌がってじたばたと手足を動かすルーネの小さな鼻を摘み、片手で軽くあしらう彼は、空いたほうの左手にワインの小瓶を握って呑気に味わっていた。呆れ返る程の余裕っぷりを醸し出しているが、心の内では色々と作戦を考えているのだろう。


 考えていて欲しい。


 と、半ば願望を抱きながら弄ってくる船長の腕を払いのけたルーネは、やり残していた仕事をするべく、置き土産にヘンリーの足を思い切り踏みつけて船の中へ戻っていった。


「うおぉ、痛えなぁ。船長を足蹴にする見習いなんぞ見たことがねえぞ……」


 顔を歪ませたヘンリーは痛む足先を引きずり、自身も今後の航海計画を立てるためにウィンドラスが待つ海図室へ引っ込んだ。


 顔こそ平静を装っているが、やはり帝都へ乗り込むのは至難の業。

 唯一海へ続く海峡には無数の砲台が設けられ、しかも流れが速いために舵の効きも悪く、天然の要害に囲まれた都が数百年来外敵から攻めこまれなかった所以がそこにある。


 湾内には強力な軍艦たちが手ぐすねを引いて待ち構えていることだろう。

 どうにかしてこの番犬たちを外へ引きずり出し、帝都の港を空っぽにせねばならない。


 それがどうにも難しい。


 帝都近海の海図を睨むヘンリーは、こつこつと左目の眼帯を指で叩いて低く唸った。


 また、私掠船団の首領になったとはいえ、元々が一匹狼として活動してきた連中だ。素直に指示に従う保証もなく、分が悪いと見た阿呆が背後から弾を撃ってこないとも限らない。一応は運命共同体として状況を認識し合ったが、それもいつまで続くことやら。


「で、ウィンドラス君。お前さんならどうやって帝都を目指す?」


 問われたウィンドラスは船長と同じく口元を歪めた。


「私は軍人ではないので港の備えはよく知りませんが、やはり港内の軍を海上に誘い出す必要があります。そのためには船団の連携が必要不可欠です。囮も必要ですし、何よりも彼女の安全も確保せねばなりませんからね」


「まあ、元々が分の悪い博打のようだものだ。危険は仕方あるまい。あいつだってよくわかっている。さっきも一人で海を眺めていたからな。不安なんだろうよ」


「不安なのは誰もが同じでしょう。水夫たちも酒で紛らわせていますが、他ならぬ私自身、夜は眠れません。船長もそうなのでは?」


「まあ、な。これがどこかの国の要塞を落とせばいいってなら話は簡単なんだが、今回はそうもいかん。こいつは襲撃ではなく、あいつを女帝として帝都へ帰還させる仕事だ。下手に都を破壊することも出来んし、何よりどいつを倒せばいいのかもまだ分からん」


「そのあたりはドゥムノニア家のご令嬢を待つしかありませんか。しかし、彼女も無事に情報を掴むことが出来ればいいのですが……」


 不安事ばかり口にするウィンドラスの小脇をヘンリーの肘が突く。


「どいつもこいつも顔が暗いぜ? 上が辛気臭いと下の士気も下がる。少なくとも皆の前では平気な顔をしていろよ? あと、寝るときゃしっかり寝ろ。今お前に倒れられたらかなわん」


 するとウィンドラスはどこか嬉しげなほほ笑みを浮かべた。


「船長は最近、どこか、変わったような気がします」


「そりゃ気のせいだ。俺は俺だ。いつになろうと、どこにいようと、変わりはせんよ」


 場所を海図室から船長室に移し、チェスではウィンドラスに敵わないのでトランプに興じていく。


 午後からはまた船長会議があり、具体的な計画について煮詰めていく予定だ。

 当然ルーネにも参加して貰う。

 皇女はこの船団の生きる大義名分だ。

 マストに高々と掲げ、帝都へ進撃する海賊たちが唯一帝国という巨人に対抗出来る旗頭だ。


 いわばこれは戦争。帝国の長となることを決意した皇女と、帝国の長にさせまいとする連中との全面戦争だ。そしてヘンリーたち私掠連合が奪われたものを奪い返す戦争だ。


 敗れれば皇女も自分たちも纏めて奈落の底へ沈むだろう。

 断じて勝たねばならぬ。勝たなければ、破滅だ。


「思えば、あいつを船に乗せてから色々なことが起こったよなぁ」


「これも神の思し召しなのでしょうか。あのとき船長に襲撃の依頼が持ちかけられたことも、こうして皇女と共に帝都を目指すことも」


「俺の前で神の話をするなと言っただろうが。あいつはいつもそうだ。地べたを這いずるように生きている奴らを、手のひらの上で面白おかしく転がし回す。神は傲慢だ。この俺以上にな」


「では、私が引いたこのカードもまた、神の悪戯なのでしょうね」


 ウィンドラスが机に広げた手札は……ロイヤルストレートフラッシュだった。


「ハッ! 全くお前という奴は、いっそのことギャンブラーになりゃ小国の一つや二つ買えるようになるかもわからんぞ? 益々神のやつが嫌いになっちまった。贔屓ばっかりしやがって」


「船長も少しは神を愛せば、応えて下さるかもしれませんよ?」


「冗談じゃねえよ。俺は、型にはまった人生なんて御免だね」


 帽子をかぶり、外套を羽織ってヘンリーは立ち上がる。


「それに、俺達みたいな罰当たり者どもから祈られちゃ神も迷惑だろうよ。集会に出てくるぜ」


 船長室から出たヘンリーがグレイウルフ号の厨房に顔を出すと、ルーネはハリヤードと一緒に芋の皮を剥いていた。器用にナイフを使って芋を回しながら次々と剥いていくさまは、そこいらの娘となんら変わりない姿だ。


 か弱く、好奇心旺盛で、しかし海の男達に囲まれて全く怯えない肝っ玉も持ち合わせている。つくづく惜しい。皇女でさえなければ一人前の女海賊として、悪名を轟かせることも出来たろうに。


 などと詮無いことを考えつつ、背後から忍び寄ってまな板の上に並べられていた干し肉をひょいと摘んだ。


「あ! 船長、つまみ食いしちゃダメだよ!」


「俺様だったらいいんだよ。ハリヤード、ちょいとルーネを借りるぞ。集会だ」


「晩飯には戻るのですかい?」


「多分な。二人前取っといてくれ。おい行くぞ、皇女殿下」


「ちょっと! 離してよ! 無礼者ぉー!」


 皇女の抗議も呵呵大笑かかたいしょうして無視するヘンリーは、彼女を小脇に抱えて集会に向かった。

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