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監獄 ②



 ヘンリーは暇を持て余していた。


なにせ手足を拘束されて指遊びくらいしか出来ない上に、見張りと雑談してやろうと思っても囚人とは一切私話をしてはならないと規則で決まっている。


 そもそも看守兵たちは彼のことを恐れて近づこうとも、目を合わせようともしない。


 生真面目な連中だと唇を尖らせる彼は、これからのことを考えた。


 縛り首だろうが打ち首だろうが上等だ。ただし火炙りだけは勘弁だと顔を歪め、部下たちが無事にムショ暮らしが出来ればいいと柄にもなく願ってしまう。勿論神などにではなく、地獄に巣食う悪魔どもに、だ。


出来ればパイプを嗜みたい。


船や武器どころか趣向まで取り上げられては残り少ない人生が面白く無い。どうせ処刑するのなら、最期の最期まで人生を楽しく過ごせるように気遣って貰いたいものだ。むしろ考えれば考えるほどに猟犬との海戦を思い出して少しばかり気恥ずかしくなった。あれだけ自信満々に中指まで立てて挑発したというのに、こうして捕まってしまっては単なる間抜けではないか。つくづくあの逆風が恨めしい。


 あそこで風向きが変わらなければ振り切れたのだ。


 ウィンドラスの言うように神の罰とでもいうのなら、益々あ奴が憎らしい。


 キリキリと歯軋りをしていると、看守兵が食事を運んできた。

 牢の小窓から差し出されたトレイが床に置かれ、唸りながら足でトレイを引き寄せる。


 メニューは固いパンにちょっとした干し肉やチーズなど、船の食事と大差は無かった。


 陸での大物犯罪者は毎日贅沢なものを食べているので辟易するだろうが、ヘンリーからすればなんのことはない普通の食事。黙々と晩餐を楽しんでいると、急に兵士たちが姿勢を正し始めた。何事かと格子の外をうかがってみれば、肥え太ったアビスの所長が近づいてくる。


 あれが此処の親分かと鼻で笑ったヘンリーに所長が声をかけた。


 流石にあらゆる悪党を牢にぶち込んだ人物だけあって、度胸だけは据わっているらしい。


「やあ、船長。我が監獄島が誇る牢の居心地は如何かな?」


「そこそこ快適だぜ。この鬱陶しい手錠さえ無ければな。この世の名残に一服させて貰えんか?」


「ははは、済まないが我慢してくれたまえ。こちらも手錠を外した途端、手を狼に食いちぎられるのは恐ろしいからな」


「ハッ、肝の小さい野郎だ。俺の部下はどうしている?」


「他の囚人たちと同じように牢に入れさせてもらった。だが私にとって水夫共などどうでもいいことだ。君の首は私の名声を雲の上まで高めてくれることだろう」


 フォルトリウ伯といい、この男といい、どいつもこいつも下らない名声だとか名誉だとかそういうものに信仰心めいた執着をする。ヘンリーには理解出来なかった。実力が伴わない名声ほど虚しいものはない。


「ところで、君の首にかけられた賞金のことを知っているかね?」


「いや、初耳だ。幾らなんだ? 俺の命の値段は」


「金貨1000枚だよ。生死を問わず、だ」


 すると彼は驚く素振りも見せずに不敵な笑みを浮かべた。


「たったの1000枚かよ。帝国もケチなもんだ。俺の首なら金貨5000はかけてもらわんと困るぜ」


「剛気なものだな。帝国の財政をひっくり返すつもりか?」


「フン、もしもこの俺にお前さんくらいのちっぽけな権力があれば、国の一つや二つひっくり返してやっただろうよ」


 本来ならば賊の戯言だと笑うところだが、看守たちから多くの囚人が目の前の男に少なからず尊敬の念を抱いていることは聞かされていた。処刑を前にしてこのふてぶてしい態度、そして溢れだす野心、気迫、帝国を鼻で笑う尊大な人柄。


なるほど今まで首を吊るしてきた悪党とは一線を画すと所長も感心した。そしてこの男が如何に危険な存在か理解した。


「楽しみだよ。君が吊るされ、苦悶の表情で死にゆく様を見るのが」

「そうかい。じゃあ俺も地獄で楽しみに待たせて貰うぜ。あんたが堕ちてくる日をな」


 人を喰った物言いに苛立った所長は踵を返し、去りゆく背中をヘンリーはいつまでも嘲笑っていた。


 ルーネはヘンリーに面会したい旨を申し出たが、所長の補佐を務める刑務官はこれを頑なに拒否した。そもそも監獄は皇女が訪れるような場所ではなく、犯罪者たちがひしめく為、その行動にもかなり制限が掛けられていた。


出入り出来るのは用意された部屋から所長室までの廊下と、港へ続く回廊まで。それ以外の場所は立ち入りを禁じられ、面会もままならない。


「どうしても面会出来ないのですか?」


「何度も申し上げますが、所長より固く禁じられております」


「くっ……」


 これでは埒が明かないので所長室を後にした彼女は自室に戻り、思い切り枕を殴りつけた。


 このまま指を咥えて彼が吊るされるのを待っていてたまるものか。ローズも自身を守ってくれると言うが、所詮は彼女も帝国の中枢に逆らえるだけの力はない。


 ここの所長などは論外だ。


 むしろ暗殺グループから買収される可能性のほうが高い。


 ヘタをすれば、皇女が生きていることを知った首謀者らが刺客を送り込んでくるかもしれないのだ。そうなれば帝国は彼らの思いのままだ。


ウィンドラスがかつて言ったように、帝室が乱れれば各地で反乱が起きるだろう。そして帝国が崩壊した後に待つのは、血で血を洗う内乱と外国からの侵略だ。多くの民が犠牲になる。それだけは何としても阻止せねばならない。


 何よりも大公である叔父が信用ならなかった。

 皇女に船旅を勧めたのは彼だ。

 確証はないが、暗殺グループと繋がっていることも充分に考えられる。


 そして彼が皇帝になったとき、国の行く末はどうなるだろう。

 彼に跡継ぎとなる子はいない。ともすればブレトワルダ家は断絶し、次なる者が新たな帝位に就き、新たな王朝が始まるのだ。


多くの民の犠牲の上に。あるいは帝国そのものが消滅するかもしれない。愛する民が無駄な血を流すことなど我慢ならない。


 そして父祖が守り通してきた祖国を何処かの馬の骨に好き勝手にされるのも我慢ならない。


 やはり、自由など夢物語だったのだ。皇女として生まれ、帝国の命運を神から授かったこの身がその使命から逃れることなど出来ない。


ならば、あらん限りの抵抗をしてみせる。


 たとえ暴君と言われようと、たとえ海賊と言われようと、自分の国を奴らの好き勝手にさせてたまるものか。そのためならば玉座にだって座ってやる、そのためならば海賊でも何でも使ってやる、法律も何も知ったことか。黙って殺されるなど真っ平ゴメンだ。


 ルーネはその蒼い瞳に赤々とした炎を滾らせ、すぐさま部屋を出て水兵たちが寝泊まりしている居住区へ足を運んだ。ここも立ち入り制限がかけられている区域だが、兵士たちを労いたいと強く言って看守兵を黙らせ、ロイヤルハウンド号の乗組員たちが飲んで騒ぐ談話室の扉を押し開けた。突然皇女が来訪したので兵士たちは騒ぎのも忘れて呆気に取られ、すぐさま床に跪いて彼女を迎えた。


「愛する兵士諸君、この度の任務は誠にご苦労なことでした。隊長は前に出なさい」


 すると彼らの中で最も階級の高い者が代表として皇女の足元に進み出た。


「殿下にお褒め頂き、この上ない栄誉でございます」


「本来ならば諸君らに何らかの褒章を以って礼を言わなくてはなりませんが、生憎と今は手持ち無沙汰。故にあなたの銃を私に貰えませんか? それを褒章として差し上げたい」


「勿体なきお言葉でございます。我々は、殿下よりお褒め頂いただけで充分でございます。ご所望の銃は、殿下に献上致しますので、どうか殿下がお持ち下さい」


 彼は腰のホルスターからフリントロックピストルを取り出して彼女に献上した。


「では、ありがたく頂戴致します。この御恩は生涯忘れません」


 してやったり、と彼女は内心でニヤリと笑った。


 臣下からすれば、一度献上したものを再び受け取るわけにはいかないのだ。


 まんまと銃を手に入れた彼女は皆を労った後に部屋へ戻り、次なる行動に着手した。

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