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私掠船 ④

 アーデルベルト公ら帝国の重臣たちは宮殿の客間に幽閉されていた。

 女帝の処刑が終わった後、今度は彼らが評議会によって政治犯として裁かれることになるだろう。

 座して死を待つ彼らの耳に、帝都内の喧騒が聞こえてきた。

 窓から外を伺うと、反乱軍の兵士たちが慌ただしく処刑場の方へ走っていくのが見える。


「何の騒ぎですかな?」


「恐らく、あの男が来たのであろう。あの慌てぶりから見るに、どうやら陛下の救出の最中のようだ」


「なるほど。我らに何か助力する手立ては無いものでしょうか?」


「では一つ、皆の目をこちらへ向けさせるとしよう。帝国最後の臣として、奴らには何も残さぬ」


 重臣たちは部屋の壁に取り付けられたランプを外し、床や絨毯に上質の油を撒いていく。

 その間に参謀総長カールハインツが全員分のワインを用意した。

 火が灯され、油を通して絨毯や壁が紅蓮に染まっていく。

 重臣たちは炎に包まれた室内で悠然と椅子に腰掛けていた。


「よもや我らの代で帝国の滅亡を見ることになるとはな。卿らと飲むのもこれが終いと思うと名残惜しい。だが、もはや生きていたとて甲斐も無く、死して先帝に御詫び致そう。かの者であれば陛下をお救い出来るであろう。ブレトワルダ家の血筋は保たれる。それに、聡明なあの子のこと。この老いた帝国より巣立ち、自らの手で新たな国を起こすものと信じる……ではさらばだ」


 アーデルベルト公がワインを一息に飲み干すと、口より血を流して斃れ伏した。

 他の重臣たちもそれに続き、カールハインツも戦友に杯を掲げた。


「ランヌよ! 先に逝くぞ!」


 彼もまた毒酒を呷り、猛火の中でその身を滅した。


 宮殿が炎に包まれたことで帝都は更に騒然となった。

 革命軍の兵士たちはヘンリーを追うべきか、それとも宮殿に向かうべきか判断に迷い右往左往し始めた。

 ヘンリーはルーネを抱えたまま港に向かって走っていた。

 右手にカットラスを握りしめ、阻止しようと襲い来る兵士たちを切り伏せる。

 ルーネは彼の腕の中で手足をばたつかせていた。


「離して! 私には責任を取る義務があるの!」


「責任だぁ? そんなものは犬にでもくれてやれ! お前は俺の見習いの小娘だ! そいつが一体何の責任を取る必要がある! お前は自由の身だ! こんなところで死んだら勿体無いぞ!」


 再び彼女の胸のうちに芽生えた自由への渇望。

 見れば目の前には海が広がっていた。

 振り返れば宮殿は焼け落ちている。

 さらに人々の動きを見ると、民の中でも己を捕らえようとする者と、それを止めようとする者たちがいた。

 前者は革命に参加した地方の者であり、後者は彼女を慕い称える帝都の民だった。

 彼らのおかげで港への道は開けた。

 港の岸壁には複数の商船が停泊している。

 それらの内の一隻を奪取し、帝都を脱する。

 一足先に港で事にあたっていた部下たちが快速のスループ船を確保していた。

 船まであと少しという距離に至ったとき、ヘンリーの耳に軍馬の蹄の音が聞こえた。

 振り返りざまに刃を振ると、馬上から打ち下ろされたサーベルの一撃とぶつかって火花が散る。


「ジョニー!?」


 ルーネが彼の名を叫ぶ。

 名馬エクウスから飛び降りたジョニーは、ヘンリーに切っ先を向けた。


「レイディン! ルーネは僕が貰う!」


「お前にこの女は釣り合わんよ!」


 ヘンリーは抱えていたルーネを岸壁へ放り、ジョニーと刃を交える。

 一合、二合……更に切り結ぶ毎に互いの傷が増えていく。

 怨嗟、嫉妬、そして悲恋。

 全ての負の思いを込めた刃は重く、鋭かった。

 ヘンリーは巧みに受けて急所への一撃を躱し、彼の頬に拳を叩き込む。

 皆が早く船に乗るように呼びかける中、ルーネは二人の決闘を見続ける。

 もう止めることなど出来ない。

 しかし、耐えられなかった。

 自分を奪い合うために二人が傷つく様を。

 ならばいっそ……争いの種である自分がいなくなれば……。

 自らの死を以てこの悲劇を終わらせる。

 そう考えたルーネの耳に、銃声が聞こえた。

 ハッと視線を二人に向けると、ジョニーは右肩を撃たれてサーベルを落とし、地に膝をついていた。

 一方のヘンリーも左腕から血を滴らせている。


「行くぞ」


 傷口を押さえて歩き出すヘンリーは、振り向くこともなくジョニーに言う。


「俺とお前の決定的な差を教えてやろう。それは、自分の悪を認められていたかどうかだ。小奇麗な理屈や理想で正義の味方を気取ってるような独り善がりの酔っ払いに、俺は倒せんよ!」


 ジョニーは俯いたまま応えない。

 ルーネを船に乗せ、ヘンリーは出港を命じた。

 帆が開き、燃え盛る帝都が離れていく様を船に乗る全員が見つめていた。

 ヘンリーがおもむろに望遠鏡を覗き込むと、岸壁の端に立つパナギアの姿が見えた。

 小さく腕を振って我が子の旅立ちを見送る母の顔を、ヘンリーは海峡に入るまでレンズに収め続けた。


 革命軍の一部隊が負傷したジョニーを取り囲む。

 彼らはジョニーを救いに来たわけではない。

 法王殺害の容疑を問われたジョニーは高らかに笑い、まるでヘンリーに教わったことを実践するかのように自らの罪を認めた。

 法王を殺したことも、革命などはじめからどうでも良かったことも、全てはルーネを手に入れるためだったことも、胸のうちに秘めていた思いを全てぶちまけた。

 次の瞬間、ジョニーの身体に無数の銃弾が撃ち込まれる。

 反革命分子と罵られる中で意識が遠のいていくジョニーの唇は、最期の最期まで、愛した少女の名を呼ぼうとしていたという。

 彼の死の報せを聞いたレオンは一言「明日は我が身か」とだけつぶやいた。


 帝都で多くの命が散っていく一方で、第四軍団にも終焉が間近に迫っていた。

 聖堂教会本部を陥落せしめた第四軍団は、帝都から出撃したサンテール率いる革命軍と交戦し、ランヌの采配と狂信的な兵士たちの奮戦もあってノコノコ前線まで出てきたサンテールを討ち取った。

 しかし数の差は如何ともし難く、二万近くいた第四軍団に撤退する場所も無く、弾薬は尽き果て、兵数も既に千人にも満たなかった。

 四方を敵に包囲されたランヌはケレルマンたちととっておきのブランデーを交わす。


「しかし、サンテールめが重砲で木っ端微塵に吹き飛んだのは痛快じゃったのう」


「ええ。裏切り者の最期にしては少し派手過ぎましたが」


「あの子は、無事に帝都を脱出出来たかな?」


「レイディン卿のことです。きっと、上手くやってくれたでしょう。我々も、仕上げといきましょう」


「そうじゃな。逃げたくば逃げろ、投降も許す、とは言ってみたが、誰一人として聞きはせんかったのう。さあて、皆そろって死出の進軍じゃ」


 降伏の期限を迎え、決断を促す革命軍の使節にランヌは堂々と答える。


「撃ち給え!」


 第四軍団に向けられた無数の野砲が一斉に火を噴き、降り注ぐ砲弾を前に、革命軍の兵士たちは全員が揃って帝国軍の勇者たちへ敬礼を捧げた。

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