誓約 ①
革命軍は帝都の民衆に畏怖の眼差しを向けられていた。
地方の農村はいざしらず、女帝のお膝元である帝都は帝国の栄光を存分に享受していたからだ。
その美しい都に、薄汚れた連中が武器を持ち、しかも大量に押し掛けてきたとあっては都民も奇異に思わずにはいられなかった。
彼らは貴族に虐げられているわけでもなく、食べ物にも困らず、支配からの解放も望んではいなかった。
それだけに耳触りの良い演説も冷ややかな反応ばかりで、主義者たちも地方と中央との差を思い知らされた。
ジョニーが意外だったのは、帝都に入る際に軍の抵抗が皆無だったことである。
自身も所属していた第一軍団も、最精鋭の近衛軍団も、宮殿の周囲を固めたまま抵抗する素振りを見せない。
そのおかげというべきか、革命軍は容易に帝都を包囲することが出来た。
もはや誰も革命を止めることは叶わないだろう。
なにせ頭上には法王の旗が翻っているのだから。
教会を制圧しようとした第三軍団も散り散りになったと聞き、レオンたちは小躍りをするほど喜んだ。
帝国軍何するものぞ、貴族何するものぞ!
帝都と宮殿を囲む群衆が口々に自分たちの勝利を誇った。
レオンは群衆を代表して宮殿側へ要求を突きつけた。
「我々は女帝陛下との謁見と直訴を希望するものである! 大臣たちの賢明な決断を期待する!」
一方の宮中はといえば、軍が守っているとはいえ、各地の貴族が襲撃された噂が広まっていただけに貴族や貴婦人たちが恐慌状態にあった。
誰もが右往左往し、脱出する方法を議論するも見当がつかない。
混乱の中、緊急の御前会議が開催された。
突然のことなので女帝の執務室に大臣たちが集った。
しかし、彼らは重苦しく沈黙したままだった。
選択肢は二つに一つ。
徹底抗戦を軍に命じるか、それとも反乱軍の要求を受けれいるか。
鎮圧に失敗した陸軍大臣へ向けられた視線は厳しく、彼も恐縮して汗顔であった。
そのときルーネが席を立った。
「私は、彼らが直訴することを勅命で許した。来たというのなら話が早いわ! 私が直接彼らのもとへ行く!」
「へ、陛下! なりません! 陛下の御身にもしものことがあれば……」
「宰相! 私は私の勅命に背かない! 愛する民を恐れもしない! 心配なら卿もついてきなさい!」
止める臣下の声を背に聞きながら、ルーネは執務室を出るや足早に階段を降りて正面の扉を自らの手で押し開けた。
重臣たちがそれを追いかけ、軍も彼女を守るべく四方に集い始めた。
レオンたちは衝撃を受けた。
どうせ出てきてもせいぜい重臣の誰か。
そこから代表者が宮殿内で謁見する流れであろうと考えていただけに、まさか女帝本人が出てくるとは思いもよらなかった。
しかしジョニーは不思議に思わなかった。
かつてルーネが陸軍の演習場にお忍びで視察に来たことを覚えていたからだ。
そして、臆することなく革命軍に向かって歩を進める彼女の背後には、名だたる大貴族たちと近衛軍団が続いていた。
その威光に流石の主義者たちも圧倒されたのか、彼女が正門まで至ると半歩退く。
群衆のうちで過激な者たちは貴族の首領が目の前にいることに興奮し、反射的に彼女へ銃を向けるも、彼女の背後で構えられた無数のマスケットの銃口が凶行を抑止していた。
前と後ろの双方の銃口に挟まれたルーネはため息を一つ吐き、腕を横へ伸ばすと静かに下へ動かして兵士たちに銃をおろさせた。
彼女はそのサファイアブルーの瞳に慈愛の光を宿し、人知れず震える両手の拳をギュッと固め、彼らへ語りかける。
「私が愛する民たちよ、遠路遥々よく来てくれたわね? あなたたちが倒したい皇帝は、ここにいるわ…………さあ、撃ちなさい!」
はじめのうちは我が子を想う母のように穏やかな声色だったのが、徐々に瞳の奥に決然たる焔が宿り、彼らを一喝する。
それは農村から出てきた者たちに対しては絶大な威力があった。
地面に膝をつき、深々と平伏する者たちが次々に出始めた。
まずい状況になってきたと判断したレオンが一歩前へ出る。
「陛下に拝謁致します。レオンと申します。この度は、貴族の悪徳に苦しむ民衆の声を聞いていただきたく参上しました。どうか、交渉に応じていただきたく」
「私は直訴を許す勅命をすでに下している。代表者はついてきなさい」
正門が開かれ、議長であるレオンと軍を率いるジョニーが宮殿内に入った。




