決起 ②
扉に耳をつけて中の様子を伺うと、どうやら数人の男たちが話し込んでいるらしい。
ヘンリーと黒豹は互いに不敵に笑い合うと、ごく自然に扉をノックした。
すぐに中にいた青年が扉を開けると体を捻じ込むように部屋の中へ入り、食卓を囲んでいた三人の男たちを見渡す。
うち一人は白い法衣を纏う聖職者のようだった。
食卓にはパンや切り分けていないハムの塊などが置かれ、今まさに夕食を取ろうとしていたようだ。
「夕飯前に押しかけて悪いな。もう少しのんびり来るべきだったよ。ああ、そのままそのまま。楽にしていてくれ。立ち上がって歓迎してくれる程の者じゃない。美味そうなハムだな? このあたりじゃ滅多にお目にかかれない御馳走だろう? ご相伴させて貰って構わんかな?」
男たちは視線を交わしあい、刺激しないほうが賢明と思ったのか無言で頷く。
ヘンリーはパンに刺さっていたナイフでまだ手がつけられていないハムを切り分けて一口頬張り、程よくスモークされた香ばしい味わいに唸る。
「ううむ、こいつぁ旨いな。俺は船乗りだからよ。干し肉だとか燻製肉だとかは正直食い飽きているんだが、これは中々いける。誰からの差し入れだ? そこの神父さんかい?」
「そ、そうです……貧しき者を救うのも、教会の務めですので」
「なるほどな。ご立派なことだ。だがこのハムの塊一つで外にいる連中をどれだけ飢えから救えるのかね? 救うのはここにいるお前さんたちだけかい?」
「……」
「聞くところによると、最近では共和主義を掲げる方々が帝国を救おうと頑張っていらっしゃるそうじゃないか。実に結構なことだ。俺も醜く肥え太った貴族共は嫌いでね。お前さんたちも共和主義者なんだろう? その崇高な理念を教えて貰えないかね?」
黒豹は笑いを堪えるのに必死だった。
彼をよく知る者からすればこれほど露骨な三文芝居もない。
しかし共和主義者たちは彼をよく知らなかったし、少なくとも貴族が嫌いという部分において彼は決して嘘は言っていなかった。
もし彼とその部下たちが同志となるならこれほど良いことはない。
そこで主義者たちは、教会直伝の説法術を応用した演説を披露した。
貴族社会を打倒して民衆による民衆のための政治を目指し、やがては帝国そのものを変革する。
持たざる者たちからすれば甘い蜜のような思想の数々を聞かされたヘンリーは胸焼けを起こしそうになり、段々と作り笑いが顔から消えていった。
「ところでウィンドラスって男を知ってるか? 優秀な船乗りで俺の親友なんだがな、どうやら一足先にお前らのお仲間になっていたらしいんだが」
「え、ええ。彼は我々の同志です」
神父が答えるとヘンリーは目の色を変え、獣じみた獰猛さを剥き出しにしてハムを切り分けたナイフを掴むと、神父の手の甲を貫いてテーブルに打ち付けた。
部屋の中に悲鳴が響く中、それを合図に黒豹が主義者の一人に飛びかかり、残る一人はヘンリーに右足を撃たれて身動きを封じられた。
「あいつは俺の親友だ! うちの航海士だ! 手前らの同志なんかじゃない!」
殺気に満ちた怒号に彼らは震え上がる。
「お前らがどんな下らん夢を見ようが、貴族の豚野郎どもをぶっ殺そうが俺は知ったことじゃない。だがな、俺の身内に手を出すことだけは絶対に許さん! クソッタレな御高説のお返しに俺の持論を聞かせてやる――」
テーブルに置かれていたワインを喉に流し込み、彼は続ける。
「要するに革命とやらは、今まで住み慣れた自分たちの家をぶっ壊すことだ。屋根も壁も暖炉も無くし、夢見る住人たちを野原へ放り出す。そしていつ出来るか分からん新しい家を建てるまで、そいつらは雨と風と寒さにむせび泣きながら腹を空かせてこう思うのさ。前のほうがマシだったとな!」
刻み煙草を詰めたパイプに火を灯し、苦悶する神父の髪を掴み上げる。
「俺は神が大嫌いだ。やつは高いところから俺たちを常に見下し、好き勝手に運命を弄び、気に入らない奴には無慈悲な重荷を与える。もし、お前らが俺のことを悪魔と呼ぶならそれもいいだろう。俺も、お前も、この地上に生きる全ての人間こそが、神によって地上で這い回されている悪魔そのものだからだ! 手前らの革命が神の意思というのなら、俺はこの地上と地獄に蔓延る悪魔どもを引き連れて、神をその聖座から引きずり下ろす!」
ヘンリーの銃弾が神父の頭を撃ち抜いた。
血しぶきが部屋中に飛び散り、顔を滴る返り血を拭うことも無く、足を撃たれた主義者の胸ぐらを掴み上げて壁に押し付ける。
「お前も頭を吹っ飛ばされたくなかったら質問に答えて貰おうか?」
「わ、わかった……言う! 言います! だから殺さないで!」
「よぉし、利口者だ。で、お前らの首領は誰だ?」
「そ、その、我々に、指導者は、いない。全ては評議会が話しあって決めてる……ただ、議長はレオンという男だ。彼が、全てのパイプを繋げている」
「そのパイプとやらはどことつながってる? 一つは教会だよな? 後は俺の予想ではルーネのことを恨んでる貴族の一部といったところだろう? とくにやりたくもない労働を強いられたボンボンの長男どもだ」
「え!? な、なんでそれを――ぎゃぁ!」
取り乱した男の肩をナイフが貫く。
「一々喚くんじゃねえよ! 男の癖に女々しい野郎だな! 今度豚みたいに悲鳴を上げてみろ! その瞬間に手前はあの世行きだぞコラ! あともう一つだから踏ん張れ! 気絶したら手足をバラしてサメの昼飯にしてやるからな!」
涙と鼻水で顔をグシャグシャに濡らした彼が小動物のように頷いた。
「革命を成功させるにはどうしても軍と衝突することになるよな? まさか徒手空拳で大砲とやり合うわけじゃあるまい? いくら武器を持っていようが立派な演説を並べようが、大人数を指揮するのは話が別だ。手前らの軍の指揮官は誰だ?」
「し、知らないよ! これ以上は何も! 本当だ!」
事実、彼は革命軍に関しては何も知らされてはいなかった。
肝心要の情報なだけにヘンリーも脅しに脅しを重ねて問い詰めたが、やがて本当に知らないのだと理解って胸ぐらを掴む力を緩める。
「わかったよ。信じてやろう」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう」
解放された主義者は床に座り込む。
黒豹もヘンリーに促されて、組み伏せていた彼の仲間を放してやった。
「おいヘンリー、こいつらこのまま逃がすのかい?」
「ははは、まさか…………殺れ」
安堵から絶望へ変わる二人の主義者の顔が、次の瞬間、真っ赤な花弁が咲き乱れた。




