決起 ①
キングポートに入港したのは正午過ぎのことだった。
商人らに卸す略奪品とて今は無く、ヘンリーは手持ちの金を皆に分配して上陸させた。
勇んで繁華街へ繰り出していく手下どもを見送った後、彼は一人、ウィンドラスが監禁されている個室へ足を運ぶ。
扉の前に腰を下ろし、ドアをノックした。
「いつぞやと立場が逆転したな? もっとも今回は俺が閉じ込めたわけで、俺が引きこもってたときとは少しばかり違うが。少しは頭も冷えただろう?」
室内から返事はない。
ただウィンドラスの息遣いと気配は確かに感じられたので、ヘンリーは続ける。
「俺も色々と考えたんだが、お前を処罰するつもりは無い。ルーネのセリフじゃないが、罪より功績のほうが大きいからな。だがお前さんがどうしてもと言うなら、一つ罰をくれてやる」
言うべきか否かヘンリーもここ数日迷い続け、決めるのはウィンドラス自身だからと考え、その罰を告げた。
「ウィンドラス君……船を降りていいぞ」
直後、室内に足音が二、三歩分鳴り、ウィンドラスもまたヘンリーと同じように扉に背を預ける形で腰を下ろした。
「私もここ数日、自分が何を成すべきなのか考えてきました」
「やりたいことでも見つかったか?」
「はい。是非にも。ですが私が降りた後、誰がこの船の航海士を?」
「そのうち見つけるさ。うちにお似合いの悪党をな。いつ降りる?」
「早いほうがいいでしょう。今日、これから」
「分かった。少し待っていろ」
暫く時間を経て戻ってきたヘンリーが部屋の扉を開け、ウィンドラスの肩を掴んで引き寄せる。
そして懐からずしりと重たい麻袋を取り出して彼の両手に押し付けた。
「少ないがな、給料というか退職金というか、まあとにかく持っていけ。あって困るものでもないだろう」
「ありがとうございます。それにしても重たいですね?」
「おかげで俺は素寒貧だ。桟橋まで見送ろう」
タラップを降りる際もウィンドラスを先に行かせ、二人は固い握手を交わす。
「今までお世話になりました。お元気で」
「お前さんもな。ルーネには俺が伝えておく。寂しがるだろうが、アイツのことだ。心配無いだろうさ」
「……船長、彼女を守ってあげてください。もうすぐ帝国で革命が起きる。そのとき彼女がどういう目にあうか。教会の敵となったからにはタダでは済まないはずです。私は教会に逆らえなかったが、貴方なら出来る」
「そう過大評価してくれるな。俺は俺がやりたいようにやるだけだ。そうだろう?」
「そうでしたね。船長、この町にも共和主義者の隠れ家があります。そこに行けば彼らの動きを聞き出せるかもしれません。町の裏側の、スラム街に赤い小旗を掲げた小屋です」
「わかった。長話をしていると名残惜しくなる。そろそろ行け」
「はい。では……」
友との別れに涙は無い。
生きているのだから、また会える。
少なくともヘンリーはそう思っていた。
むしろブレーキ役がいなくなって動きやすいくらいだ。
そして彼も自分がやるべき仕事に取り掛かる。
腰と上着の内側にピストルを仕込み、手下と共に酒場でラムを喰らっている黒豹を指で招く。
「急だが仕事だ。少し付き合え」
「楽しい仕事かい?」
「もちろんだ。退屈はさせんよ。適当に武器もってこい。ただし見えないようにな」
「あいよ」
黒豹は短剣を胸の谷間に仕込み、拳銃はズボンの内側に隠した。
キングポートは帝国のゴミ溜め、吹き溜まりなどと言われているが、その中でも特に異色を放っているのが町の隅に追いやられた貧民街である。
大抵は食いっぱぐれて流れ着いた者や賭場などで破産した連中が寄り合って、物乞いだとか窃盗などをして何とか生活している。
ここには炊き出しをしてやるような善人はいない。
したとしても食料も金も全て奪われるのが関の山だと分かっているからだ。
そこへ足を運ぶのは中々の勇気がいることで、ヘンリーも黒豹も自分の財布にきっちりと紐をつけていた。
地べたに座り込んだ男の子が二人を見上げる目は、飢えと妬みに満ちた獣臭い色だった。
次の瞬間には物乞いの少年少女たちが二人を囲み、両手やボウルを差し出して恵みを求める。
ヘンリーは決して同情はしない。
その一方で、自らの幼少期のこともあってか、彼らを足蹴にする気にもなれなかった。
「なあ、おくれよー! おくれよ!」
彼は一番手近にいた少年の頭を乱暴に撫でると、胸ポケットから一枚の金貨を取り出して皆に見せた。
光り輝く黄金に少年少女らは絶句する。
彼らが知っているのは銅貨、道端で銀貨でも見つければ大幸運の世界。
一枚で一ヶ月食いっぱぐれない金貨など雲の上の存在だった。
くれくれの声が消えた頃合いにヘンリーは彼らにささやく。
「そんなお行儀よくしていたらこいつは一生手に入らんぞ。飢えを満たしたきゃ奪い取れ! 獲物は海にいる。海はただ力だけが通用する世界だ。体も健康、気力も十分、ならば海へ来い。そのときお前たちは両手から溢れる金を得るだろう。ただし商船だけはやめておけ。あれは羊だ。なるなら狼になれ。腕っぷしと知恵で獲物を喰らえ。海ではそれが許される」
ヘンリーは子供たちが目を輝かせて聞き入る中、手にしていた金貨を海がある方へ高々と放り投げた。
子供たちは黄金の流星を追って一斉に海へ向けて走り出す。
彼らもいずれ海へ出る日を迎えるかもしれない。
この世に海がある限り、船と船乗りは決して絶滅しないのだ。
物乞いは子供ばかりでなく中年や老人もいたが、それらは黒豹が威嚇して追い払い、件の赤い小旗の小屋にたどり着いた。




