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分裂 ④

 ヴィルシュタット事件は地方貴族たちに激震をもたらした。

 あの名門の伯爵家が領土と身分を没収された上に、暴徒化した民衆の手で惨殺されたというのだから、胸に思い当たるフシがある彼らは途端に領民を宥め始めた。

 しかし彼らとて馬鹿ではない。

 ヴィルシュタット事件は風の噂で農村にも届いていた。

 あるいは行商人に扮した共和主義者たちが事の顛末を伝え、貴族といえども民衆のちからの前では無力であると力説した。


 貴族が最も恐れるのは、彼らが一致団結することにある。

 農民のほうが貴族より圧倒的に数が多い。

 もし館を包囲されでもすれば一大事であるし、引きずり出されてヴィルシュタットの二の舞になることだけは避けたかった。

 不正に上げていた税率をもとに戻し、食糧難が起きている村に支援物資を送り、町の浮浪者たちに炊き出しまで行った。

 突然領主が手のひらを返したように善政に勤しむあたりからも、むしろ民衆は貴族が自分たちを畏怖しているのだと確信を深める結果になった。


 休暇最終日を生家で過ごすジョニーもそのうちの一人。

 伯爵が倒れて村に食料が戻ってきたときは、喜びのあまり酒宴まで催された程だった。

 無論、主役はジョニーだった。

 村人たちの間ではすっかり英雄扱いで、幼馴染の村娘たちから何回頬に接吻キスされたか覚えきれなかった。

 自宅のベッドに寝転ぶ彼は天井を見つめて溜息を吐く。

 明日からはまた軍隊生活。規律と禁欲と訓練の日々。

 しかも中尉になったものだから部下も増えて、指導やら監督やら面倒なことばかりだ。


「あーあ……戦争が終わったとはいえ、なんだか嫌だなあ。でも将官になるには真面目に頑張らないとなあ。というか、今回の件で叱責を受けなきゃ良いんだけど」


 結果として軍人が政治に介入する禁忌を犯してしまったことは本人も自覚しており、下手をすれば少尉に逆戻りになることも考えられた。

 それだけに気鬱さも増すばかり。

 そんなとき、家に来客が訪れた。

 どうせ同じ村の人間あたりだろう。

 などと寝返りを打ったとき、応対した母の声がジョニーを呼ぶ。


「ジョニー? ジョニー! お友達よ!」


「友達……?」


 幼馴染が訪ねて来たのならば、大抵はその子の名を告げるはず。

 同じく休暇中の同僚がからかいにでも来たのだろうか、と首を傾げながら階段を下りていくと、そこにはボロを身にまとった小汚い男が立っていた。


「よっ、英雄さん。いつぞや以来だな?」


「レオン……」


 反貴族を掲げる共和主義者なだけに、自然とジョニーは身構えた。


「何の用だ?」


「そう警戒しなさんなって。アンタに礼を言いに来たのさ。ああ、お母さん、お構いなく。ジョニー、少し話があるんだ。そんなに時間は取らないから、少しだけ付き合ってくれ」


 レオンの巧いところは、人に断る余地を与えないところにあるとジョニーは空恐ろしくなった。

 渋々彼の後について村を出ると、待機していた馬車の荷台に乗せられた。


「どこへ行く?」


「集会だよ。特別ゲストがいらっしゃる。お前さんもそのうちの一人さ。出せ」


 手綱を握るのはレオンの仲間らしき中年の男。

 彼らのアジトは村の近くにある森の奥深くにあった。

 そこへ踏み込んだとき、何やら後戻り出来る道は閉ざされているような感覚をジョニーは覚えた。

 木造二階建ての小屋に通され、薄暗い室内に吊るされたランプの灯りの下には、レオンの同志たちが多く集っていた。

 地下トンネルで見た連中も混じっている。

 もしここで擲弾でも放れば、帝国内の主だった共和主義者たちを一掃出来ただろう。


「帝都のヴィンセントはどうした?」


 席についたレオンが姿が見えぬ同志の行方を問う。


「レオン、彼はしくじったよ」


「死んだのか?」


「ああ……あのレイディンに取り押さえられて、歯の毒で」


「……そうかぁ。で、もうひとりの方は? ローズ・ドゥムノニアは?」


「負傷はしたが命に別状は無いらしい。残念だよ、本当に」


「ちょっと待て! 一体何の話だ?」


 聞き捨てならない言葉の応酬にジョニーが口を挟んだ。

 すかさずレオンが答える。


「聞いた通りさ。かの帝国の両翼、ヘンリー・レイディンとローズ・ドゥムノニアの暗殺」


「なんだと!」


「の、予定だったんだが未遂になってしまったよ。まあ落ち着き給え。これには正統な大儀が俺たちにはある」


「大儀だと! 帝国の功労者を卑劣にも暗殺しようとする者たちに大儀などあるものか!」


「それがあるんだよ。ある御方のご命令でな」


 レオンはおもむろに天井に指先を向けた。


「そう、神様の思し召しさ。理解わからないって顔してるな? そうさ、法王猊下の御指示なのさ」


「な……っ?」


 更に彼は畳み掛ける。


「俺達は法王猊下、つまりは聖堂教会から免罪符を得た。貴族を倒すのは神の御意志ってわけだ。武器も手に入れた。弾も、銃も、剣も、大砲もだ。人員も各地から動員すればざっと数千になる。問題は……指揮官がいないことだ。実戦経験もあって軍事の知識もある若い指揮官が。そう、あんたのことさ」


「な、何を言って……第一、どうやってそれだけの武器弾薬を!」


「出資者様のおかげさ。おい、こちらへ御案内しろ!」


 別室の扉が開き、その中から十数人の人影がランプの灯りによって暴き出される。

 彼らは薄汚い身なりの共和主義者たちとは程遠い、綺羅びやかな服装に身を包んでいた。

 しかも全員がまだ二十代そこらの若さであり、彼らの目には地下に潜む者共への軽蔑と、自分たちを愚弄する者への怒りが込められていた。


「子爵家、伯爵家、侯爵家の若様方、ようこそ自由の戦士たちの楽園へ」


 貴族と平民の対立と思われていたが、ここにきて、帝国貴族の分裂が始まっていた。

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