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反乱 ③

 宮殿に篭っていると中庭の花園は別として、大地を彩る豊かな植物と接する機会も少なくなる。

 海に出れば尚更だ。

 ときおり補給のために島に立ち寄れば話は違うが、そこにあるのは潮風に負けない強靭な生命力を持った植物ばかり。

 こうして軟らかく耕された畑で育てられた作物は、眺めているだけで疲れた心を癒やし、そして空腹を呼び起こす。


 ルーネは出発前に私服に着替えていた。

 動きやすい白シャツに皮のベスト、麻のズボン。

 着慣れた見習い時代の服装だ。

 護身用の銃も剣も身に着けてはいない。

 近衛兵さえ馬車と共に待機させ、農園には彼女一人だけが足を踏み入れた。

 ランヌに雇われた小作人たちは彫刻のように美しい少女に視線を奪われ、一体どこの御令嬢かと皆が首を傾げていた。

 ルーネは辺りを見渡し、手近なところで草むしりをしている小柄な老人に微笑みかける。


「そうやって、訪ねて来る人を試しているの?」


「はて、何のことですかの? わしは見ての通り、農夫の爺で御座います」


「そう。じゃあ私も、見習い水夫の乙女で御座います」


 互いに見つめ合ううちに堪えきれなくなったのか、どちらともなく朗らかな笑い声が農園に響き渡った。


「いやあ、よくぞお越しくださった。よもやこのようなところまで御行幸なさるとは」


「貴方も元気そうで何より。積もる話があるのだけど、お時間よろしい?」


「ホッホッホ、隠居の爺に多忙は無縁で御座います。どうぞどうぞ」


 屋敷に案内する途上、ランヌは密かに表情を厳しくして彼女に問うた。


「例の、件ですかな?」


「ええ……私が始末をつけたわ」


「危ういことをなさる。少しはお慎みくだされ」


「ふふ、貴方も、アーデルベルトのようなことを言うのね? お年寄りは皆、冒険心を失くしてしまうの?」


 ランヌははぐらかすように口をつぐんだ。

 なぜか、悪友カールハインツと比べられたような気がしたからだ。


「ところでここの野菜を是非食べてみたいのだけど?」


「……家内も喜びましょう」


 ランヌ夫人は腕まくりをして厨房に立った。

 彼が言うには、家庭の台所は女の主戦場ゆえに立ち入りを禁止されているのだとか。

 食器棚にさえ触らせて貰えないという。

 冗句なのか本当なのかはわからないが、気ままに茶を淹れることさえ命がけの潜入作戦なのだとランヌは苦笑していた。

 昼餉にキャベツのスープとライ麦パン、そして根菜サラダで舌鼓を打つ。

 夫人はこのようなものしか出せずに誠に恐れ多いと恐縮していたが、ルーネはこれこそが真のごちそうだと喜んだ。


「今はかなり改善させたけど、以前の宮殿の食事なんてそれは酷いものだったわ。スープなんてすっかり冷めているし、無駄に皿の数が多いから食べきれないんだもの。その点、このくらいの量が丁度いいし、スープもパンも温かくて最高」


 白いナプキンで口元を拭き、食後の茶もそこそこに、ルーネは本題に移る。


「男爵にはお礼を言わせて貰うわ。よくぞ逆臣の悪事を報せてくれた」


 するとランヌは口髭を撫で、視線を泳がせて、いかにも言葉を選んでいる素振りを見せた。


「いやあ、お褒めいただき光栄の極みで御座いますが……白状致しますと、臣はある者の伝令を務めたに過ぎぬので御座います」


「ん? ということは、告発者は別にいるということ?」


「左様。この近くの村の出の若い中尉でしてな。帰省の際に村の惨状を聞いて、伯爵に直接抗議をしたそうで。尤も、伯爵に上手いことあしらわれたのですが、何処で聞いたのかこの農園に駆け込んできましてな。可愛い後輩のためにちと手を貸してやったわけで」


「そういうことだったのね。名前と所属は?」


「ジョニー・ウェリントン陸軍中尉。白薔薇擲弾兵で御座います。先の戦役において、臣の麾下でエスペシア島攻略とアンダルス平野の会戦に参加しておりました」


「その名は覚えがあるわ! そう、彼がね……」


 戦勝パレードの際、兵士たちの中で特に強い視線を送っていた若い士官の顔を、ルーネは瞼の裏に思い出す。

 故郷の村を救うために奔走した働きは天晴だ。いずれ宮殿に参内させて、勲章の一つでも与えて褒めてやりたい。


「ごちそうさま。来て良かったわ。でも、本当に良かったの? もっと綺羅びやかな老後も送れたのに」


「老兵は静かに姿を消すのみで御座います。むしろ、陛下の御身が案じられます」


「私? まあ、今回のことで貴族たちの反発もあるかもしれないけど」


「それも然ることながら、足元にお気をつけなされ。裏でコソコソと動き回る輩もおりますのでな。貴族も軍も、古い慣習や規則というものに縛られて柔軟に動くことが出来ませぬゆえ、身軽な者を側におかれると宜しゅう御座いましょう」


 言われて彼女の頭にすぐさまアレの顔が浮かび上がった。

 一度、相談したほうがいいのかもしれない。

 ルーネは窓の外に広がる空を見上げ、帝都にいるヘンリーに想いを馳せた。



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