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反乱 ②

 あわや鉛の弾丸がルーネの白い顔を貫くかと思われたとき、茂みの影から飛び出した近衛兵の一人が伯爵の腕にしがみついた。

 弾道が逸れたものの、ルーネは冷や汗を額に浮かべた。


「お前たち! かかれ! かからんか! 陛下の名を騙る曲者を成敗せよ!」


 伯爵の怒号に命じられ、私兵たちが長剣を抜き払う。


「逆賊を討ち取りなさい!」


 対する近衛兵も剣を構え、互いの君主を後ろに下がらせて向き合った。

 鋼の刃と刃がぶつかり合う度に火花が散る。

 貴族の私兵は近衛兵の前に圧倒された。

 皇帝やその宮殿を守護する近衛兵は、陸軍の精鋭の中からさらに選抜されたエリート中のエリートであり、逆に私兵は貴族が催す武術大会などで優勝した傭兵等だった。

 実力差は比べるべくもない。


 剣戟の腕前もトップクラスゆえに、バタバタと私兵が屍を積み上げていく様を目の当たりにした伯爵は、早々に愛馬に跨って遁走を始めた。

 向かう先は己の館。

 ところが館はすでに近衛兵と裏切った衛兵たちによって抑えられており、民衆も今こそが復讐のときとばかりに伯爵の姿を見るや兵士に叫んだ。

 それどころか、もし伯爵を捕らえれば大手柄になると町から次々に兵士や民衆が駆け出してきた。


 我先に殺到する兵士たちがマスケットを乱射し、そのうちの一発が伯爵の馬を撃ち抜いた。

 落馬した伯爵の目に、鍬や鎌を握った民衆の群れが映る。

 搾り取るだけ搾った報いを与えろ、と誰かが叫んだ。

 落馬の際に足を挫いた為に立ち上がることもままならず、ルーネが現場にたどり着いたときには、ヴィルシュタット伯は民衆の手によって惨殺されていた。


 自業自得と蔑む一方で、自分の主君をここまで惨たらしく殺す民衆の熱気に背筋が寒くなる思いも感じた。

 彼らはルーネを館の一件もあったので、不正な貴族を直々に征伐した名君だと彼女を讃え、熱狂的に歓迎した。

 一旦館に入ったルーネは改めてヴィルシュタット家の爵位と領地の没収を宣言し、その私財は出来る限り民衆へ還元すると約束した。伯爵の遺体も平民と同じ扱いで埋葬された。

 帝都にも事の顛末を伝える手紙を出し、館からヴィルシュタット家に関わるものは全て廃棄させた。

 暫くして近衛隊長が彼女に耳打ちをする。


「陛下、少々御耳に入れたき儀が」


「なに?」


「館の衛兵どもを尋問しておりましたところ、先日、この町に共和主義者が現れたとのことで御座います。万が一御身に危険があっては剣呑ですので、一度帝都へお戻りになられては?」


「却下よ」


 即座に切り捨てられた隊長は閉口した。


「人間には様々な考え方があって然るべきだし、それを止めることは誰にも出来ない。それに彼らが私に手を出すつもりなら幾らでも機会があったでしょう? 私は今より幼い頃に海賊の中で生活していたんだから、ちょっとやそっとの事を危機とは思わない。まあ、彼らの思想を支持しようとは思わないけれどね…………それよりも町の治安の維持に全力を尽くすこと。いつ都に戻るかは追って沙汰するから」


「はっ!」


 領主が空白となった町は無法の地となる。

 人々は悪逆の主が消えたことに狂喜し、歌い踊っているが、酔漢が暴れる事件もすでに起きていた。

 治安と風紀の維持を衛兵と近衛兵が奔走する中で、群衆の中にはレオンをはじめとした主義者の顔も混じっていた。


「いやはや、参ったね。あのお嬢さんの行動力には。だがやってくれたな、中尉さん」


 領地と爵位を剥奪されたヴィルシュタット家の一族は平民に降格となる。

 伯の夫人は幼い長男と共に部屋に篭ったまま、廊下にまですすり泣く声が聞こえたという。

 長男に家を継がせても良かった。

 だがそれでは貴族たちに示しがつかない。

 残酷ではあるが、君主たる者、情に流されてはならないのだ。

 そもそも不正などしなければこんなことにはならなかった。

 法に従って統治し、領民から過度な搾取などせず、忠誠を貫けば恩賞も与えたものを。

 何故そんな当たり前のことが出来ないのか。

 信頼していた臣下に裏切られた衝撃は大きく、ルーネは人知れず涙を流した。


 この事件を契機に他の貴族たちが襟を正してくれることを願うばかりである。

 中には、彼女のやり方に不満を持つ輩も出てくるだろう。

 かといって不正を黙殺することは彼女には出来ない。

 彼女の心には常に民が第一にあり、貴族などはごく少数の特権階級に過ぎない。

 日々をのうのうと綺羅びやかに生きる貴族などより、額に汗をして大地に鍬を振るう農民たちの方が余程価値がある。


「そういえば、ランヌさんの農園は確かこの近くだっけ? 不正を告発した功績もあるし、少し寄ってみてもいいかな……」


 元帥として栄光の絶頂を迎えておきながら、さっさと位を投げ出して隠居した老人のことは、ルーネも予てから気になっていた。

 戦勝祝賀会や執務室で謁見したとき以外はこれといって言葉を交わしたこともなかったので、一つ老翁の知恵を借りるのも一手かもしれない。

 ルーネは都に後始末を柔軟に果たせる文官を送るように指示し、ランヌの農園へ赴いた。

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