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教会 ⑤

 教会本部から戻ったエランド男爵の報告を直に聞いたルーネは、教会が要求した一週間の猶予を許した。

 臣下たちは意外に思ったが、ルーネとしても、教会に掛り切りというわけにはいかない。

 新たな領土で生産される香辛料を輸送するため、自らが筆頭株主となった勅許会社の設立も忘れてはならない仕事だ。

 帝国の商人たちもこぞって参加を申し出ており、莫大な利益となる香辛料の売買に涎を垂らしている。

 しかも会社が国家運営であるから信用も抜群だ。

 私掠船制度の応用で始めてみたので多少不安ではあったが、これならば見通しも明るい。

 ちなみに投資者の多くが私掠船団の面々だった。

 商人たちには内緒の話しにしてある。

 公認とはいえ海賊が一枚噛んでいるとなれば、利益に貪欲な彼らも鼻白むだろう。

 ルーネは関連書類に目を通し、幾つかの奏上文にサインをした後、メリッサにローズを呼ぶように言いつけた。


 若くして海軍大将となり、帝国の全艦隊を統率する立場となったローズ・ドゥムノニアは、海上任務から退いて都の東側に新たに建築された海軍司令部に腰を落ち着かせていた。

 赤レンガの外壁が何とも刺激的で、敷地内には軍人が忙しく歩き回っている。

 司令長官とはいえ決して暇を持て余しているわけではない。

 傷ついた軍艦の修理と補給、新造艦を加えた艦隊の整備計画、水兵たちの待遇改善などなど。

 生真面目が祟ってか気楽な日々は一向に訪れない。

 従兵に淹れさせた甘いミルクティと菓子が彼女の数少ない癒やしだった。


「なに? 陛下が?」


 金色の飾緒がついた真紅の軍服と白ズボンを履いたローズは、長官私室においてメリッサに会った。


「はい。侯爵閣下。ご多忙のところ恐れ入りますが、すぐ宮殿へお越しください」


「承知した。陛下の御召とあれば是非もない。役目大儀」


 華麗な動作で席から立ち上がったローズは、腰の剣帯に軍刀サーベルを佩いて軍帽を被り、紺色の外套マントを羽織って颯爽と司令部を出た。

 そして厩に繋がれた白馬の鞍に跨り、大通りから少し外れた馬用の道を駆け抜ける。

 馬蹄の音が何とも小気味よい。

 船の揺れも良いが、たまには駿馬で大地を駆けるのも悪くない。


「ふふっ、こればかりはアノ男にも味わえないだろうな」


 ちょっとした優越感に浸って気分を良くしたローズも宮殿の門をくぐると顔が引き締まる。

 足早に階段を駆け上がり、女帝の執務室の前に至ると服の乱れを直して扉を叩いた。


「陛下、御召に従い参上致しました」


「ローズ? どうぞ、入って」


「はっ、失礼いたします」


 扉を開けながら、彼女はふと可笑しくなった。

 ここまで気軽に謁見出来る皇帝は今までいなかっただろう。

 今までの堅苦しく回りくどい慣習を一切省いた大胆さは流石だが、かといって自分の部屋の周りに衛兵も置かないというのも不用心に思えた。

 それはそれとして、入室したローズはルーネに促されてソファに腰を下ろした。


「忙しい時にわざわざ御足労頂いてありがとうね、司令長官さん」


「お戯れを。陛下もお元気そうで何よりです」


「貴女もね。でも戦争が終わってからも仕事が山積みで大変なの。それ以外でも色々とあったし」


「アノ男、の一件ですか?」


「呆れた。もうそっちにも広まってるの?」


「ええ。兵士たちが面白がっておりまして」


 女帝の前で顔には出さなかったが、私室でヘンリーが母親と再会した話を耳にしたとき、ローズは図らずも腹を抱えて笑ってしまった。

 特に彼が塞ぎ込んで部屋に篭ったと聞いたときなど、是非とも彼の情けない姿を目に焼き付けておきたかったと悔しがった程だった。

 もしその場に居合わせていれば、その後の付き合いでかなり優位に立てたものを、と。


「コホン……ところで、御用は如何に?」


「南方の新領土から輸送する香辛料商船に護衛をつけたいと思うの。それについて意見を聞かせて頂戴」


 御下問を受けたローズはまってましたとばかりに膝を叩く。


「それについては小官も考えておりました。商船一隻に護衛をつけては非効率極まりないので、ここは旧敵を見習い、護送船団方式を採用しようと考えます」


「南方王国が使った手ね?」


「左様で御座います。集団行動なので船足は遅くなりますが、一度に大量の物資を輸送出来、護衛も効率的に配置出来るでしょう」


「そうね。他国の海には違法な海賊が大勢いるでしょうし」


 違法な海賊、と聞いてローズは複雑な気持ちになった。

 なにせすぐ近くに、合法な海賊、がいるのだから。


「陛下は、私掠船団について今後のお考えはございますか?」


 聞かれてルーネもニヤリと笑ってみせる。


「今のところ帝国に歯向かう国もいないことだし、予てからの目標のために動いて貰おうかと思っているの」


「と、申されますと?」


 ルーネは世界地図を指差す。


「あの地図の外側、まだ誰も知らない海、世界の果てを暴いて貰おうかと思ってるわ。世界にはまだまだ知らない土地があるはずだもの。それらを全て帝国のものにしてやるんだから。もちろん海軍にも働いて貰うわ! 香辛料貿易で得た利益で更に強力な船を作って、優秀な船乗りを育てて――」


 世界征服の夢は未だ色褪せず。

 らんらんと輝く蒼き瞳は歳相応の溌剌さに満ち、夢を聞かされるローズも途方もない話に苦笑しつつも、それを叶えるのは他ならぬ自分だとほくそ笑む。

 帝国も、海軍も、海と世界が広がればそれだけ大きくなっていくだろう。

 陸軍などは海軍の補助で十分だ、とさえローズは思っていた。

 もちろん本人たちの前で口や態度に出すことはあり得ないが。


「でもその前に、国内の問題を片付けないと、ね」


「問題とは?」


「教会よ」


 音もなく紅茶を啜るルーネがにべもなく言ってのけると、ローズも眉を顰めた。

 女帝の狗とまで揶揄される彼女のこと。

 宰相らのように反対しようなどとは毛ほども思わない。

 ただ彼女の戦術家としての頭脳がいち早く思い至ったのは、教会がこれを弾圧と見てどういう手で阻止に動くのか、という点だった。


「陛下、身辺警護の強化を進言致します」


「却下」


 バッサリと切り捨てられてローズも困惑する。


「心配してくれる気持ちは嬉しいけど、それは教会に対して弱みをみせることになる。女帝は教会を恐れているのだ、とね。私は恐れてなんかいない。来るなら来い、よ」


「しかし玉体に万一のことがあれば……」


「私は今ままで何度も命の危険を体験してきた。彼と航海していた頃に比べたら、こんなの不安のうちにも入らないんだから」


 ニッと笑う彼女はとても頼もしくもあり、やはり危うくもあった。

 ローズは基本的に戦術家ではあったが、戦略家としては未熟であり、教会の矛先が自分自身に向けられているのではないかとの考えには至らなかったのである。

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