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終戦 ①

 南方王国の王太子であり実質的な国王となったアルタミラ・アラゴンが帝国の大地を踏んだのは、それから一か月後のことだった。

 かつては溢れんばかりの黄金で彩られた艦隊も今では見る影もなく、中型のフリゲート艦と数隻の護衛艦による小規模な艦隊で出国した。

 しかもその四方を帝国の艦隊に包囲される形でエスコートされたというのだから、誰の目から見ても、南方王国の敗戦を明確に示していた。


 とはいえ帝国としても敗者を貶めるようなことはせず、帝都に入港した際は、軍楽隊や儀仗隊による華々しい歓迎を催した。

 もっとも、帝国に未だ国力に余裕があることを見せつけるためでもあったのだが、ともあれ生まれて初めて帝国の地を訪れたアルタミラは絢爛な馬車に乗って宮殿に案内された。

 そこで真っ先に彼を出迎えたのが、弟であるカタルニアであった。


「兄上! 不肖の弟をお許しください」


 兄の顔を見るや跪いて許しを請う弟の肩を力強く支え、立ち上がらせた。


「詫びるのは兄の方だ。父を殺めた罪は万死に値するだろう。よくぞ生きていてくれた」


「図らずも女帝陛下の御恩情を賜りました」


 宮廷専属の絵師はこの兄弟の再会の様子を陰ながらスケッチし、後年に見事な油絵として後世に伝えたという。

 アルタミラは外務大臣のローゼンに宮中を案内され、使用人たちに手伝われて正装に身を包んだ後に、女帝と謁見すべく【獅子の間】へ通された。


「南方王国王太子アルタミラ・アラゴン殿下!」


 式部官によって名を告げられたアルタミラが開かれた扉を通り、獅子の間に立ち入る。

 獅子の間は外国の王侯貴族と謁見するための公式の場であり、帝国として賓客を迎えるに最高の権威を誇示する場所でもある。

 大理石の床の中央に奥へ続くレッドカーペットが敷かれ、その両脇に大貴族たちがずらりと出揃って起立し、ふと視線を泳がせてみれば、黄金で彩られた壁には古今の名画が飾られていた。


 また大窓の外を伺うと、宮殿の広大な中庭が一望できる。

 そして部屋の最奥に設けられた上段の玉座を仰げば、皇帝の紋章でありこの部屋の名の由来でもある、薔薇冠の獅子の紋章が掲げられていた。

 アルタミラは玉座へ続く白階段の前で待機し、程なくして玉座の脇に掛けられた赤幕から女帝ルーネフェルトが従者を伴って現れた。


「女帝陛下、御降臨!」


 一同が恭しく跪き、深く頭を垂れ、女帝が玉座へ登るまで微動だにしない。

 他の大貴族たちはいざ知らず、アルタミラは仮にも一国の主たる血筋にあるため、あくまで臣下の礼は取らず、起立したまま頭を下げていた。


 一方のルーネはといえば、お世辞にも座り心地が良いとはいえない華美な椅子を前に複雑な思いを抱いていた。

 正装のドレスは非常に重たい上に動き辛く、また頭に被った帝冠は硬く頭や髪に圧迫感を与えてくる。

 玉座にあるものの重責がそのまま形となったようだ。

 女帝が玉座に腰を据え、その左側に宰相アーデルベルト公爵が立ち、右側には外務大臣ローゼン子爵が控えた。

 主君に成り代わって宰相が一同へ起立を呼びかける。


「各々、苦しからず起立されよ」


 貴族たちは立ち上がって女帝の白い顔を見つめ、アルタミラもまた下げていた頭をあげた。


「畏れ多くも女帝陛下に申し上げます。南方王国王太子アルタミラ・アラゴンで御座います。此度は我が弟カタルニアに過分な厚遇を賜り、御礼の申し上げようも御座いません。本日は陛下の御意により、亡き父に代わって貴国との和平を望むべく、参上致しました」


「遥々の御来訪、大儀である。朕も卿と会う日を心待ちにしておりました。カスティエル・アラゴン三世陛下のこと、心からお悔やみを申し上げる。また貴国の将兵の果敢な戦いぶりは真に見事なもの。朕としてもこれ以上、勇者の流血を望むわけではない。また貴国に対し怨恨もない。今後は共に栄華を愉しむことを望むところである」


「はっ……ありがたき幸せに御座います」


 大貴族たちの心中も様々だった。

 敗戦国の長を嘲笑う者もいれば、明日は我が身なのではないかと危惧する者もいた。


 その後、女帝主催の昼食会が開かれた。

 カタルニアも出席を許され、また女帝と同席することも認められたが、給仕の者にワインを注がれるとき、グラスを持つアルタミラの手が震えていることをルーネは見逃さなかった。

 怒りか、屈辱か、いずれにせよ忸怩じくじたるものが渦巻いていることは違いない。

 料理も砂を噛む思いだろう。

 なにせ食事が終われば、いよいよ終戦交渉が行われる。

 帝国が彼らに何を要求するのか、ある程度予想は立てているはずだ。


 だが同情して妥協するわけにはいかない。

 全ては帝国の未来のためにしたことなのだ。

 国民も目に見える形での成果を得ねば納得しない。

 勝者にも犠牲者はあり、その家族の悲しみは計り知れない。

 俗なことをいえば彼らへの生活保障や生き残った兵士たちへの特別年金など、とかく戦争は金がいる。

 そのためにも決して妥協するわけにはいかない。

 食後に一時間ほどの休憩を経て、両国の交渉が始まった。

 帝国議会が作成した【南方王国占領政策案】の項目から、帝国は王国に以下の要求を突き付けた。


 一つ、エスペシア島をはじめとする香辛料生産地を帝国の割譲するべきこと。

 一つ、南方王国は賠償金として王家、貴族の私財を帝国へ納めるべきこと。

 一つ、南方王国は軍の統帥権を帝国へ委ねるべきこと。

 一つ、南方王国はその航路を解放し航路情報を全て公開すべきこと。

 一つ、南方王国はその何事も帝国より派遣される高等弁務官に相談すべきこと。

 一つ、アラゴン王家はその妻女を帝国に預けるべきこと。

 一つ、アラゴン王家は次男カタルニアを以て王位を相続すべきこと。

 一つ、新王の位は皇帝の勅許によって保障されるものとす。


 国土の割譲や貿易を建前にした軍事通行権の要求は彼らも予想出来ていた。

 しかし事実上の国軍の解体、そして王家から人質を差し出せ、というのは全く想定外のことであった。

 それどころか王位継承にまで注文をつけてくるとは思いもよらぬことで、王位の保障が皇帝の勅許によりけりとは、国王とは名ばかりの臣下ではないか。

 と、王国からアルタミラと同行した大臣たちもさすがに狼狽した。

 これでは王国は帝国に生殺与奪を握られることになる。

 ざわめく臣下たちから見つめられる中、一人静かに聞いていたアルタミラは、閉じていた瞼を開けて厳かに頷いた。


「……それで王国が存続できるのならば、是非もなし。王位も弟に譲ることもやぶさかでない。ただし確認しておきたいことがある」


 威圧するような鋭い視線に帝国の重臣らも息を呑んだ。


「割譲された領土の民は帝国民として平等の権利を得られるのか。賠償金は王侯貴族の私財のみであって民衆からの搾取は無きものと確約するか。軍の統帥権を委ねるからには帝国は王国防衛の義務が生じるがそれを認めるか。またお預けする妻女の身分、生命の保障を確約するか。これらを陛下の御名御璽を以て御認めになるならば、王国は帝国の要求を受け入れる」


 このアルタミラの言葉はすぐさま別室で事の成り行きを見守る女帝のもとへもたらされた。


「それは、もっともなことだわ!」


 ルーネは思わず膝を打った。

 会談を一旦止めさせ、部屋に宰相と外務大臣を呼びつけて、アルタミラの条件を全て承諾する意向を伝えた。


「それでは、条約文書にこの旨を記載してよろしゅう御座いますな?」


「いいわ。彼にも心配無用と言っておきなさい。王国の民には決して手出しをしない、と」


「御意のままに」


「それにしても……」


 ルーネは疲れたように深くため息を吐いた。


「勝って負けて、取って取られて、殺して殺されて……勝てば勝つほど厄介なことばかり舞い込んでくるのって、何だか、嫌になってくるわね?」


「それが歴史というもので御座いましょう。陛下は今まさに、歴史をお作りになられました。臣と致しましては、今後も健やかに、新たな歴史を刻んでいただきとう御座います」


「ふふ、爺やは案外ロマンチストなのね。私は歴史とか、そういうのを意識したことはないわ。ただ皆を飢えさせたくないだけ。それだけを考えてきたのだから」


「陛下はまさしく名君であらせられます」


「ありがとう。自分では中々の暴君だと思っているのだけどね。あまり彼らを長く待たせても悪いから、お行きなさい」


 女帝の意向を伝えると、アルタミラは帝国の要求を受け入れ、また自身は王太子の座から降りて弟カタルニアに譲位することを宣言した。

 今後は新王の相談役となり、陰ながら国を支えていきたいと女帝に申告し、彼女もそれを認めた。

 それから数日をかけて領土割譲の手続きや賠償金額の見積もりなどを経て、正式な和平協定文書が作られた。

 和平に関わる全ての条件が記載され、それらを承認する女帝と王太子の御名御璽、また宰相、外務大臣の連署によって協定が締結。


 かくして帝国と南方王国の戦争は、帝国の勝利で幕引きとなったのである。

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