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講和 ④

 事の次第を聞いたルーネは呆れるあまり彫刻のような無表情になってしまった。

 これをカタルニアが聞けば、一体彼がどう事実を捉え、次の行動を考えるか、ルーネには予想も出来なかった。

 しかし一生隠しておくことは出来ないため、はてさてどう対処したものかと彼女の頭痛の種がまた一つ増えた。

 ともあれ国王カスティエルが死に、代わりに王太子が事実上の王位に就いたとなれば、今後は彼と交渉することに違いはない。問題は彼を裁くかどうか、である。


「爺やの考えを聞かせて頂戴」


「はっ……およそ古来より他国の君主を裁く例は御座いますが、建前とは申せ、王太子殿下は未だ正式に即位なされておりません。ここは、先ずは講和を結び、その後に彼の王位について議すべきかと存じます」


「なるほどね。つまりはそれが目論見ということか。王がいれば王を処断して王国を支配できるけれど、王が空位となれば、誰を処罰するか考えないといけない。このアルタミラさん、中々に賢いじゃないの。張り合いがありそうね」


「して、陛下の御存念は?」


「取り急ぎ王国に使者を。講和の求めに応じることはやぶさかではないけれど、条件として、王太子殿下自らこの帝都へお越し願う。そう伝えなさい」


「陛下、それは前代未聞でございます。外交交渉は全権大使によって詰めれば良きものと存じます」


「わかっているわ。でも、それはあくまでも統治者たる国王が居る場合の話であって、向こうが現在は空位だと言ってるのだから、それなら王の名代として王太子が出頭することは間違ってはいないはずよ? 今聞いた話だと、向こうの大臣では話にもならないようだし」


「では、王太子がそれを断った場合には?」


「ただちに都へ攻め入りなさい!」


 ルーネが机を断固とした態度で叩くと一同は縮こまり、逃げるような勢いで執務室から出て行った。

 彼女が不満であったのは、国王カスティエルに引導を渡すのは他ならぬ自分であると心に決めていたのに、それが叶わなかったことだ。

 あろうことか息子とはいえ臣下に討たれるとはなんと無様な最期だろうか。

 それならば自決のほうがまだマシであるし、帝国として最高の儀礼をもって絞首刑なりにしたほうが良かったのではないか。

 何より気に入らないのは、そんな者たちを相手にこれから話し合いをせねばならぬということ。

 汚らわしいとさえ思った。

 そこまで考えたとき、ふと、彼女は自分の机の引き出しを開け、そこに大切に仕舞われた一丁の銃を取り出して三年前の出来事を思い起こす。


「彼は国のために父を殺し、私は国のために叔父を殺した……か」


 勿論、正当な国王を殺したことと、帝位を簒奪した偽帝を殺したことは別儀ではある。

 が、どちらにせよ自分の肉親を殺めたことに違いはない。

 そのときのアルタミラの悲しさと覚悟の程を考えると、段々と怒る気持ちも失せた。

 さぞ忸怩たる思いであったのだろう。

 ルーネは仕事も早々に中断し、部屋を出ると、急ぎ足でカタルニアがいる客間へ向かった。

 他の者の口ではだめだ。自分が伝えねばならない。

 そんな思いに駆られ、彼女はドアをノックした。


「どなたか?」


「ルーネよ。入っていい?」


「陛下? どうぞ、お入りください」


 部屋に入ると、カタルニアは腰かけていた椅子から起立した。

 ルーネが座るように促し、見張り穴が開けられている絵画に向けて目配せをし、隣室にいる見張り役を下がらせる。


「窮屈な思いをさせてごめんなさいね。でも、もうすぐ終わるわ。貴方の祖国から、終戦の要求が届いたの。貴方のお兄様から」


「兄上が? では父上は?」


「お亡くなりになったそうよ。お気の毒だけど」


 ルーネは彼の震える手の甲に自身の手を添えて、ただ事実だけを告げた。

 隠し事も表裏もなく、王国の宮中で何が起きたのか、王の死因とアルタミラの意思を全て語った。

 きっと落胆するに違いない。

 実の父を失ったのだ。

 しかも、敬愛する兄の手によって。

 するとカタルニアは予想に反し、すんなりとその事実を受け入れた。


「王太子たる兄が決断したことです。弟の私があれこれと口を出すことではありません」


「随分と淡泊なことを言うのね? 私の前だからといって、遠慮なく本音を言ってくれていいのよ?」


「いえ、実を言えばこれが初めてのことではないのです。陛下も御存じかと思いますが、およそ貴人は互いの足を引き合い、貶め、ときに陰で血を流す権力闘争が付き物です」


 これにはルーネも同意して黙して頷いた。

 帝位継承を巡って大貴族が分裂したことは記憶に新しい。


「貴方の気持ちはよくわかったわ。まだ直接お会いしたことはないけれど、とても賢明な人だということは理解できるし、貴方が敬愛する所以もなんとなく納得出来た。近いうちにこの帝都で兄君と再会できるでしょう。そのときまで待っていて頂戴ね?」


「兄上がここへ? この帝都で終戦の交渉を?」


「そうよ。建前でしょうけど、彼はまだ王位についてはいないもの。私も悪いようにするつもりはないから、くれぐれも早まった考えは起こさないでね?」


「……御意」


 よし、と膝を叩いたルーネは立ち上がり、手足を伸ばして体をほぐす。


「さてと、じゃあもうひと働きしちゃおうかなあ! 腕が鳴るわぁ」


 いつになく活き活きとするルーネの無邪気な顔にカタルニアも驚きの顔を浮かべ、彼にしては珍しく好奇心がくすぐられて、差し支えなければ何をするのかと尋ねた彼に返ってきた答えは意外なものだった。


「ふふん、お料理よ」


「料理、で御座いますか? 陛下が直々に?」


「そうよ。私のストレス発散方法の一つね。詳しくは言わないけど帝都のある場所に私の隠れ家があるの。そこでたまに腕を振るっているってわけ。今夜はお客様が来るから気合をいれて作らなくっちゃ。どうせ本格的な交渉は先のことだし、今のうちにやりたいことをしておかないとねっ」


 エヘン、と胸を張って拳を固める彼女は年相応の少女の其れであり、執務室に籠っているときや、臣下に命を下すときの凛々しく冷淡な空気とはまるで正反対であった。

 先日の無人島といい、噂に聞こえた見習い時代といい、中々に剛胆なものだと改めて舌を巻いた。


 一方のルーネは思っていた以上にカタルニアがタフであったことに安堵しつつ、腕を撫し、早速にも準備に取り掛かるべく客室を飛び出して私室に戻るや、息苦しいドレスなどは脱ぎ捨てて動きやすい恰好に着替えた。

 そして愛用しているワインレッドの傘を引っ掴むや、人目を避けて宮殿を出ると、傘を広げて雨天の中を隠れ家目指してスキップと鼻歌に興じるのであった。

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