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大会戦 ④

 左翼に戦力を集中させた結果、必然的に右翼は手薄となる。

 命令を受けたベレッタ率いる第三軍団はその手薄な右翼と中央を突破すべく、温存させていた兵力を前進させた。

 この帝国軍の動きに、王国軍を指揮するスペルディアは焦燥した。

 一刻も早く帝国の右翼を突破しなければ、戦線が崩壊し、包囲されるか、各個に撃破されて王国は滅亡を迎えてしまう。

 そこで彼は中央の兵を激戦を繰り広げている左翼へ差し向け、脇腹をついている第四軍団を撃破させようとした。


 また第三軍団に面した右翼には防御陣形を指示し、重砲による猛攻撃を加えさせた。

 先頭を歩く一隊が砲弾の直撃を受け、血と肉塊をまき散らして体を砕かれた。

 第四軍団ならば意にも介さなかったろうが、まともな人間であれば、目の前で戦友が砕かれれば動揺してしまうだろう。

 そこでベレッタはランヌに、こちらも重砲の火力を集中して敵の砲兵に圧力を加えたいと伝令を送り、まもなく帝国軍の重砲が第三軍団の援護を開始した。


 おかげでかなり敵の砲弾の投射量が減り、ベレッタは行軍速度を速めさせ、一気に王国軍の右翼へ殺到した。

 戦列が薄い上に民兵と傭兵が多いところへ帝国軍が押し寄せれば一たまりもなく、速射による圧倒的な弾幕の前に民兵は崩壊、傭兵も奮戦はするが散兵による狙撃によって確実に倒れた。

 敵の戦列が崩れたときを見計らい、ベレッタが麾下の騎兵隊に指示を下す。


「敵戦列に突入し、撃破せよ」


 混乱した敵に騎兵の威力を与えればたちまち潰走するだろう。

 ベレッタは敵の掃討を騎兵に託し、今度は中央部の突破に向けて軍団を方向転換させた。

 そのとき騎兵突撃を躱した王国軍の騎兵隊が真っ直ぐベレッタ目掛けて突撃をはじめ、すぐさま前進を停止し、歩兵に方陣を組むように命令した。


 横隊を維持していた歩兵が一斉に陣形を変え、対騎兵用の四角い方陣を組む。

 ベレッタなどはその中央に逃げ込み、迫る敵騎兵隊に激しい銃撃を加えた。

 エスペシア島攻略戦でもそうだったように、先端が鋭利なものを嫌う軍馬は方陣に肉薄しても銃剣の切っ先を恐れて立ち止まってしまう。歩みを止めた馬などは脅威ではない。

 銃剣で突かれ、または銃弾を撃ち込まれ、兵もろとも地に斃れていく。

 そこへ敵歩兵を蹴散らした騎兵が引き返し、方陣の前で立ち往生する敵にとどめの一撃を加えた。

 これで王国軍の右翼は壊滅し、ベレッタは中央部への進撃を再開する。


「元帥閣下、敵右翼を破りました。時は今かと」


「その通りじゃ! ベルリオーズ君! 君の出番だ!」


 遂に虎の子の第一軍団が動き始めた。

 ベルリオーズは展開していた帝国軍中央部から大きく右へ移動を開始し、ヴェルジュの第二軍団の背後を通り抜けていく。

 その中にはジョニーが所属する白薔薇連隊の姿もあった。

 急ぎ足で戦場を走るジョニーの左手の方では、突破を食い止めようと鉄壁となっている第二軍団の戦友たちの姿が見えた。

 この第一軍団の動きが意味するところは一つ。

 その意図を完遂させるためには、一分でも一秒でもはやい機動が求められる。

 ランヌは手持ちの騎兵隊を全て動員させ、第一軍団よりも先に敵の背後へ回りこませた。

 その騎兵隊の中には銃身を短く加工した騎兵銃を持った竜騎兵が含まれており、敵の背に馬上から銃撃を浴びせかけた。


 王国軍は大混乱に陥った。

 目の前の敵と戦うことばかりに集中して、騎兵が背後に回ったことに誰も気が付かなかった。

 だが気が付いたところで既に遅く、騎兵隊に続いて迂回した第一軍団が到着し、右翼を攻撃していた王国軍は前方と左右を帝国に囲まれてしまった。

 しかも退路は騎兵によって抑えられ、援軍を出そうにも中央部隊は第三軍団が食らいついている。

 四方を包囲されてはなすすべもなく、前後左右から攻撃を受け、瞬く間にその数を減少させていった。


 もはや勝負はついた。

 誰がどう見てもこれ以上やる意味はない。

 だが攻撃中止の命令が出ない限り、兵士は戦い続けねばならない。

 ジョニーたちは、ほとんど無抵抗なまま斃れていく敵兵に発砲し続けた。

 こんなものは戦いではない。虐殺に等しいではないか。

 ジョニーは心中で叫んだ。

 もう止めてくれ、と。

 司令部でもケレルマンがランヌに戦闘中止を進言する。


「もうこのへんで十分でしょう。敵に降伏を呼びかけましょう」


「ああ、君の言う通りじゃ。敵の司令へ遣いを出せ」


「戦闘中止は!?」


「敵が降伏するまでは止められんのじゃ! 急げ!」


 無数の銃声が飛び交う中を、軍使であることを示す白旗を掲げて早馬を走らせた。

 一方でスペルディアも戦闘停止を指示していたが、敗戦の重責によって急激な胃痛を覚え、さらに喀血したことで指揮能力を失っていた。

 帝国の軍使が到着したときには、軍医に介抱されている状態だった。

 一目で重体であることが分かり、軍使は簡略した礼を交わしたのち、帝国軍にもはや戦意が無いことを伝え、同時に降伏を勧告した。

 スペルディアも担架に寝た状態で降伏を申し入れ、自身の軍刀を軍使に差し出した。


 両軍に戦闘中止の命令が下され、その直後、銃声がピタリと止んだ。

 気が付けば、平野には戦いによって命を落とした戦死者の骸が至る所に転がっていた。

 銃弾で撃ち抜かれた死体はもとより、銃剣が心臓に突き刺さった死体、白兵戦の末に組み合ったまま息絶えた死体。

 死体の山が至る所に見受けられた。

 かくして開戦から半日にも及ぶ史上最大のアンダルス会戦は終わりを告げたが、両軍合わせて七万人近くの命が失われ、かつては豊かな緑色の大地が砲弾によって耕され、流された血によって赤く染まった。

 


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