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大会戦 ②

 会戦の口火を切った帝国軍の砲弾は、曲線を描きながら、突出している王国軍の左翼に着弾した。

 帝国軍の右翼を突破しようと意図している以上、ここに敵の主力が集中していることは明らかであり、まずはその士気を挫く必要があった。

 重砲に続いて最前線の野砲も軽量砲弾の投射を開始し、王国軍の砲兵も応射を開始した。

 戦場に真っ白な砲煙が綿雲のように立ち込め、砲弾がみるみる地面を耕していく。

 後方から砲兵同士の熾烈な撃ち合いを眺めるジョニーは、不気味な風切り音に身震いした。

 いつ自分の頭上にあれらが降り注いでくるか分かったものではない。


「すげえ……まるで夜の星が地上に降り注いでるみたいだ」


 中年の古参兵でさえこれほどの砲弾の雨は見たことがなく、感嘆の吐息が漏れている。


「父たる主よ、どうか私を御守りください」


 声で祈りを呟いた兵士の脇腹を、ちょうど隣にいた者が肘で小突く。


「よせよ、辛気臭い。俺のほうに弾が降ってきたらどうしてくれるんだ」


 そのとき彼らの耳に砲声以外の甲高い音が聞こえた。

 聞き間違えようがない、王国軍の進軍ラッパの音だ。

 このまま砲撃を受けていては士気に影響すると判断したのか、王国軍の右翼部隊が動き始めた。

 先鋒はかき集めた傭兵の一団。

 これらが戦列歩兵の壁となり、同時に散兵として牽制射撃を受け持っていた。

 ランヌは敵の攻勢に対抗すべく、ヴェルジュに迎撃命令を下した。


 命令書を受け取ったヴェルジュは被っていた軍帽を大きく振って前進命令を下し、戦列を組んだ歩兵が軽快な太鼓の音に合わせて歩き始めた。

 だが突破を目的とした前進ではなく、あくまで敵の攻撃を受け止めるためのもので、ヴェルジュの性格でいうところの攻めは最大の防御である。

 王国軍と同じく帝国軍の戦列の前にも狙撃に特化した散兵がいる。

 違う点を挙げれば、王国軍の散兵は狩猟用のマスケットを用いているのに対して、帝国軍は最新式の旋状銃ライフルを装備していることに尽きる。


 マスケットは発射時に銃身内の微妙な隙間によって弾丸が左右に振れて中々真っ直ぐ飛ばないが、ライフリングを施したことによって隙間を埋め、さらに弾丸に回転を加えることで限りなく真正面に弾が飛ぶ仕組みになっていた。

 欠点は弾丸が大きいために装填に時間がかかることだが、それでも互いに撃ち合ったとき、王国軍の散兵が次々に斃れていく光景は、敵の歩みを乱すには十分だった。

 だが戦列歩兵と対峙したとき、散兵は圧倒的な弾幕の前に無力となる。

 ゆえに何度か狙撃を繰り返すと散兵は次の出番に備えて後退し、戦列歩兵の後方で待機した。

 そして三列横隊の歩兵が、相対距離にしておよそ百メートルの至近まで歩み寄り、連隊長の号令により銃口を連ねた。


「狙え!」


 歩兵たちが引き金に指をかけ、照準のために設けられたアイアンサイトを敵兵の胸部に合わせる。倒すべき敵とはいえ、人間の顔が見える中で相手を殺さねばならない。

 その緊張感と重圧で指が震える者も確かにいた。


「撃て!」


 反射的に銃を構えていた全員が発砲した。

 直後に王国軍の戦列からバタバタと兵が倒れ、うめき声をあげる。

 今度は自分たちの番だ。

 帝国の兵士たちがそう思った瞬間、体に衝撃が走り、急激に力が抜けて意識が飛ぶ。


「ちくしょう! 相変わらず頭おかしいぜ! この戦い方は!」


「ああ、ご先祖様みたく剣と盾のほうがマシだ! 銃を発明した馬鹿野郎を殴りたいよ!」


 弾丸と火薬が入った紙実包を口で破りながら悪態をつく兵士たちも、装填が終わるや敵に向けて発砲を繰り返す。

 戦いの優劣は装填速度と命中率による。帝国軍の練度は王国軍が二発撃つ間に三発撃てる。

 速射の熟練者はさらに早い。

 自然と王国軍の侵攻は食い止められた。


「閣下、敵の第一波は一先ず食い止められました」


 自身の参謀から報告を受けたヴェルジュは、馬上で腕を組み、不満そうに唸る。


「こういう守りの戦は俺の性分に合わん。元帥閣下へ伝令を出せ。反攻の許可を求むとな」


 司令部に早馬が着くや、ランヌは予め用意しておいた返信を送らせた。


「予想通りですな。ヴェルジュ大将の気質では致し方ないのかもしれませんが」


 地図を見るケレルマンが独り言のようにつぶやくと、ランヌも同意したように頷いた。


「軍人に勇気は必要不可欠じゃ。しかし臆病になるべき時もある」


「作戦の立案と、補給の確保ですな?」


「そうじゃ。ただ眼前の敵を倒すことだけを考える者は将とはいえん。時にはネズミの如く四方に気を配る必要もある。だが彼の兵をあまり損なってはいかん。クルト君に伝令を出せ。第四軍団を以て第二軍団を援護。敵の脇腹を突け」


 司令部からの返答を見たヴェルジュは命令書を握り潰した。


「俺ではなくクルトに、だと?」


 同時に第四軍団のラッパが高らかに響く。

 元奴隷たちの戦いの幕が開かれた。

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