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攻勢 ②

 帝国本土を出陣したときに比べて、見知った顔がかなり減ってしまった。

 戦場で銃弾に斃れた戦友も然ることながら、戦傷による病によって命を落とした者も多い。

 幸いにも体に銃弾がめり込まずに済んだジョニーも、部下を見舞うために衛生兵が設けた医療テントに顔を出したときなどは目を覆いたくなった。

 銃創や刀傷から血が溢れ、その傷口を抉るように切り開き、銃弾を摘出する手術は言語に絶する。

 衛生兵の白衣やエプロンも真っ赤に染まっていた。

 要塞攻略戦では激しい白兵戦もあったので、軍刀サーベル銃剣バイヨネットの破損も激しく、工兵隊から鍛冶が達者な者たちが鍛えなおしていく。

 実際に銃を撃ち合う歩兵や砲兵より、後方で支援する彼らこそ軍の柱だった。


 破れた軍服もあっという間に直して貰ったので、行進の際も帝国軍の威光が保たれた。

 何にもまして兵士たちが気にしていたのは食事の充実であり、今回の戦役から戦闘食のメニューもかなり増えた。

 味は内地に比べるべくもないが、それでも以前に比べればマシになったと、舌が肥えている兵たちも唸る。

 白薔薇連隊の面々はそのきっかけを知っていた。

 かつて陸軍演習場に現れた少女のおかげに違いない。

 特に保存食の卓見に富む海軍から提供された塩漬け肉やキャベツの酢漬けなどは評判で、運と労力を必要とする狩猟などで食料を確保する手間も減った。

 兵たちは食事の前に杯を掲げ、主君に感謝を捧げてから食べる慣習がついたという。


 そうしているうちに軍団司令部から出撃命令が下った。

 行先は何と敵の本島だという。

 ジョニーたちも偵察に出た騎兵隊から敵の姿が無い話を聞いていたので、下士官から上の者は何となく予感はしていた。


「あーあ、また船酔いに悩まされるのかあ。出来れば要塞防衛隊に志願したいもんだぜ」


 などとボヤく兵たちも手足はしっかりと旅立ちの準備のために動いていた。

 ジョニーも直ったばかりの軍刀を磨き、銃を整備してから、私物等を背嚢に詰めていく。

 本島での戦いは今までにない総力戦になるだろう。

 参加する兵の数もこの戦役で最大のものとなると同時に、戦死者の数も想像を絶するかもしれない。

 彼自身、生き残れるか全く自信が無かった。

 ただ逃げ出すわけにもいかず、ただ軍人としての義務を果たすだけと深く考えないようにした。

 士官とはいえたかだか少尉。

 如何に戦術上の勝利を得るかだけを悩めばいい。

 軍のことや戦争そのもののことを考えるのは将官の仕事なのだから。


「……僕もいつかは将官になれるのだろうか。この戦いが終われば中尉くらいにはなれるかもしれないが、ランヌ閣下のように元帥の地位まで登るまで一体何年かかることやら。将官どころか佐官止まりなんて嫌だな……将官になれば、彼女にもきっと……」


 口から漏れかけた溜息を飲み下し、進軍号令に従って港に向かった。

 そこにはすでに輸送船が待機しており、早速にも各部隊が割り振られた船に乗り込んでいく。

 エスペシア島から本島まで然程距離も無いので、今回は軍馬も多く連れていくことになった。

 数週間の航海ならば馬も人も疲弊し尽くすが、数日程度なら耐えられるだろう。

 包囲するにも追撃するにも、戦いにおいて軍馬の機動力は欠かせない。

 エスペシア島ではあまり出番が無かったが、本島攻略戦では大いに役立ってもらわねばならない。騎兵隊の連中も、敵の精鋭と槍を交えることを楽しみにしていた。


 輸送船団の周囲を海軍のフリゲートが護衛しているのを、ジョニーは船の甲板から見た。

 よく考えてみれば、帝国軍の主役は徐々に陸軍から海軍へ移りつつある。

 悔しいことだが、陸地よりも海のほうが広いともなれば致し方ないことかもしれない。

 帝国は今後さらに海外へ進出していくことは明らかだ。

 そしてその陰には常にアノ男がいるのだろう。

 海主陸従も口惜しいが、むしろ彼個人としては、いつまでもヘンリーが女帝の権威を後ろ盾に好き放題することのほうがおもしろくなかった。

 功績も階級もけた違いだ。

 今はまだ敵わないが、いつか必ず真正面から物申してやる。

 そんな対抗心をジョニーは常に秘めていた。


「それもこれも、生き残ればの話だけど」


 船に乗っている間は基本的に自由が許されている。

 むろん、水兵の仕事の邪魔にならない程度ではあるが、甲板で運動をするくらいならば誰も文句は言わない。

 船酔いに苦しむ者も少なくは無かったが、その日は波も比較的穏やかで、しかも海上で敵襲を受ける危険もほとんどないというのだから、どことなく長閑な空気が漂っていた。


「少尉殿、お暇ならご一緒に銃剣の鍛錬でも如何ですか?」


「いいね。少し体を動かすとしようかな」


 マスケットに銃剣を装着し、刃に分厚い皮の鞘を被せてぶつかり合う。

 銃剣術は軍事訓練も兼ねたスポーツとして民間の間でも愛好家がいる。

 軍人の家系に限らず、農家でさえ、子供の頃に悪友たちと木銃でつつきあった経験は、帝国の男子ならだれもが一度はある。

 そして地方なりの大会には必ずといっていいほど陸軍の広報部が見学に訪れ、優勝者や見込みのある子どもをスカウトするのである。


 貧乏な農家の倅などはまともな給料と地位が保障される軍に憧れ、親元を離れて陸軍幼年学校へ入学する。

 そこで基礎的な軍事教練を経て、平凡な卒業生はそのまま配属となり、成績優秀者は教官の推薦により士官養成のため陸軍大学校へ進学する。

 その後の出世は大学校での卒業成績によりけり。

 佐官で終わる者もいれば、ランヌやカールハインツのように元帥にまで至ることもできる。

 ジョニーだけでなく、陸大出身の士官は戦時をいいことに、この機会に一気に階級を上げてやろうと躍起になっていた。


 その野心は、ジョニーのような農家出身者ほど強くなる。

 もっとも、地位が高くなったところで、個人の器量まで大きくなるわけではないのだが。

 そういう意味では、実戦で指揮を執る機会に恵まれたことは、自分の器の程度を量るには丁度良かったのかもしれない。

 ただでさえ大学校を出たばかりの新人少尉は、古参の曹長ら下士官から子ども扱いされがちなのだから。

 だが実戦を経験し、敵を倒した今では、彼らも一応ジョニーのことを一端の士官として扱うようになってくれた。

 次の戦いでも指揮に忠実であってほしい。

 そう願いながら、ジョニーは徐々に近づきつつある王国本島を睨んだ。


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