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無人島 ⑤

 無人島生活最終日を迎え、休日というのはこれほど早く過ぎ去っていくのか、と朝食後にハンモックに寝転がりながら思案に暮れていた。

 そろそろ帝都に帰らねば臣下たちも心配しているだろう。

 突然降って湧いたような休暇ではあったが、やりたいことは一通りやり遂げ、一人静かにこの島で過ごす時間は十二分に充実していた。

 購入した本も読破した。

 釣りは辛抱堪らず断念したが、素潜りで魚を捕ったり、森で狩りも出来た。

 もはややり残したことはない。


 水も補充し、食料も残されている。

 使用人たちへの土産話もたっぷりと用意できた。

 あとは再び船で海へ繰り出し、宮殿に戻ったときに皆が驚く顔を見るばかり。

 想像するだけで少し笑ってしまった。

 勿論心配させたことは謝るつもりでいる。

 半ば勢いで飛び出してきたようなものだ。

 いくら休暇とはいえ、戦時に女帝が宮殿を離れるのはよろしくない。

 外出もここまでが限度だろう。


「よし、帰ろうっと!」


 ルーネは軽快な音を立てて両手を打ち、島への未練を彼女は断ち切った。

 木にかけていたハンモックを取り外し、焚火の跡を片付け、荷物という荷物を乗ってきた船に運び込む。

 忘れ物ややり残したことが無いか念入りに確認して、彼女もまた船に乗った。

 引き潮のとき、船は完全に浜に乗り上げる。

 だが潮が満ちたとき、船は僅かに浮かぶ。


 今がちょうど満ち潮で、ズボンはぐっしょりと濡れてしまったものの、櫂で軽く海底となった浜を押すだけで船は推進力を得た。

 そして三角形の主帆を開き、風を得る。

 天候は生憎と曇り空。

 時折青空も見え隠れしているが、空の九割は白い雲に覆われていた。


「これだと天測は期待出来そうもないなあ」


 航海術として基礎的な天測航法も、あくまで頭上に星が見えている場合に限る。

 こういう曇りのとき、時化のときが、船乗りにとって厄介な時間だ。

 難破船の日誌にも克明に記されている。

 周囲に海以外何もない外洋で、自分の位置が分からないということほど恐ろしいものもない。

 ただ、ルーネには方位磁針がある。

 帝都から然程距離が離れていないので、真っ直ぐ北に向かえば必ず帝国の何処かへたどり着けるはずだ。

 ただ風向きが向かい風なので、左右に進路を変え、ジグザグに船を動かして風上に切りあがらなくてはならない。おかげで速力もあまり出ない。


「うわ、2ノットしかないじゃないの……」


 速力の計測器具にハンドログというものがある。

 一本の長いロープに一定間隔で結び目のコブがついており、それを海に流して約28秒間待つ。

 このときの時間内に繰り出された結び目の数が船の速度となる。

 この結び目を「ノット」という。

 つまり現在の速度2ノットは28秒間に結び目が2つ繰り出されたことになる。


「ま、風と潮流には逆らえないものね。こればっかりは」


 ルーネは風に加えて櫂を漕ぐことで速力を上げた。

 本土の近海だからいいものの、大洋を航海する者たちの偉大さが身に染みる。


「今度は、もっと詳しい航海術を教えて貰おうかな」


 ルーネは南の水平線を見つめて呟いた。

 早く彼らに帰ってきてほしい。

 無事な姿を見せてほしい。

 本音を言えば危険な戦地になど送りたくない。

 いつまでも手元に置いておきたい。

 だが彼女がそう願ったところで、彼は決して聞き入れてはくれないだろう。

 彼を海から引き離すなど天の太陽を落とすようなものだ。


 いずれにしても王国との戦いが一段落すれば、武功のある者は戦勝祝賀会を理由に宮殿へ招集しよう。

 酒も料理も食べ放題と聞けば宮殿嫌いの彼らも足を運ぶはずだ。

 と、戦後のことを考えつつ船を進め、望遠鏡で周囲の様子を探る。

 計算が間違っていなければ間もなく帝都へ入るための航路に差し掛かっているころだ。

 運よく商船でも通りかかれば先導して貰う手もある。


「といっても、そんな都合よく船が通りかかるわけが――」


 そして望遠鏡のレンズが南西に向けられたとき、遠方に船影が見えた。

 しかも進路は明らかに帝都に向かっているではないか。

 皇女の頃からそうだったが自分の幸運に半ばあきれ返りつつ、さてあれは商船か客船かと目を凝らす。

 やがてマストも鮮明に映った。


 灰色の横帆、両舷合わせて四十門の大砲、そして人骨を咥えた狼の旗。

 驚けばいいのか、喜べばいいのか、複雑な思いが心を巡った末に彼女は声をあげて笑った。

 ルーネはマストの先端に「接近セヨ」という信号旗を掲げ、進路をグレイ・フェンリル号に向けた。

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