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決戦 ⑤

 帝国軍、王国軍、双方の恐怖と期待を真っ向から覆した私掠船団の突撃は、否応なしに帝国軍の士気を高めた。

 ヘンリー・レイディンとローズ・ドゥムノニア。

 帝国の海を守護する双璧は、この海戦の一番手柄を求めて船を進めていく。

 船団は敵味方入り乱れる戦いの渦中を突っ切り、離脱しようとする敵船に食らいつき、ときには帝国の軍艦と共同し、王国軍を水底へ叩き込んだ。

 鉤付きロープが投げ込まれ、狙撃手の援護の下、剣と斧で武装した海の荒くれものたちが敵艦へ乗り込み、激しい白兵戦を繰り広げる。


 甲板の至る所で剣戟の火花が舞い、ピストルから硝煙が吹く。

 海の戦いでは百戦錬磨の強者たちを相手にして、王国の水兵は圧倒されていた。

 帝国軍との戦いで疲弊し、弾薬も消耗していた王国軍に抵抗するだけの力も残されておらず、次々に撃破され、あるいは降伏していく。

 もともと拮抗していた戦力のバランスが大きく傾いたこともあり、戦いの趨勢はすでに決していた。


 カタルニアは艦隊が崩壊していく様を旗艦エスパーダ号の指揮所から見つめていた。

 周囲を見ても、艦隊は大小の私掠船によって包囲されている。

 さらに運の悪いことに南からの風が弱まった。

 進むことも退くことも出来ない状況に、カタルニアは立ち眩みを覚えた。

 そのうえ、接近する帝国の旗艦インペリアル・グローリアス号には【降伏せよ】の信号旗が掲げられている。

 もはや戦いにもならぬと判断した彼の幕僚たちは敵の勧告に従って降伏するように進言したが、直後、エスパーダ号の左側に一隻の船が接舷してきた。


 グレイ・フェンリルだ。

 水夫どもは手柄を得ようと躍起になっており、甲板へ乗り込んできては王国の士官を求めて切りかかる。

 ただ、前後の経緯もあってか、今回ばかりは黒豹は消極的だった。

 ヘンリーも戦うか船に残るかは彼女の意思に任せ、自身はカットラスとピストルを両手に携えて、大勢の部下を率いて飛び移る。


 少し出遅れて、ローズも士官たちを連れて乗り込んだ。

 もっとも、彼女の場合は一向に返信の旗を出さない敵の司令に、直接降伏を勧告するつもりであったのだが、それよりも先にヘンリーが乗り込んだことで一気に不安に駆られた。

 まさか敵の司令を討ちとってはいないだろうな、と。

 そこで彼女の目に入ってきたのは、指揮所に近づかせまいと奮戦する水兵に手こずるヘンリーたちの姿だった。

 ホッと胸をなでおろす反面、自分たちにも敵の刃が向けられる。

 ローズは腰のサーベルを引き抜くや、軽やかな足取りと鋭い手さばきで敵を突く。


「閣下、ご無事ですか!?」


「問題ない。それよりも諸君らも出世の機会だぞ。勲章が欲しくば私に遅れるな」


「あっ、お待ちを!」


 艦隊司令直々に敵艦へ乗り込むなどということは前代未聞だった。

 士官たちは護衛として腕利きの水兵と狙撃兵を引き連れて彼女の後を追い、的確な援護射撃によってローズの指揮所への突入を助けた。

 そしてタラップを駆け上がって指揮所へ躍り出たローズは、幕僚たちに守られている若い男に向けて大声で呼びかける。


「私は帝国海軍中将、白色艦隊司令のローズ・ドゥムノニア伯爵! もはや戦いは無意味である! ただちに戦闘中止を勧告する! 繰り返す! 降伏せよ!」


 彼らもまさか敵の司令が自ら眼前に歩み寄ってくるとは思っていなかったようで、少なからず動揺していた。

 しかし、その中で件のカタルニアだけは興味深そうにローズを見つめ、幕僚が制止する手を振り払い、彼女の前に出る。


「南方王国艦隊司令……カタルニア・アラゴン」


「なっ……」


 当然、彼女もアラゴン家のことは常識として知っている。

 王家の家族構成も、ある程度の来歴も、軍人として敵対する相手の情報は頭にしかと収められていた。

 それだけに王国の第二王子が相手と知ったときの衝撃は凄まじく、軍人らしい高圧的な態度を改めた。


「ご無礼いたしました。ですが殿下、もはやそちら側の勝利は望めません。これ以上の犠牲を出さぬためにも、何卒停戦して頂きたい」


 カタルニアは答えず、真意を量るようにローズの眼をジッと見つめていた。

 その間にも背後からアノ男が近づいてくる気配が感じられ、ローズは早口でまくし立てる。


「御身の安全は私が誓って保証します。今すぐ停戦を。急がなければ厄介なのが――」


 その厄介なのがタラップを駆け上がってきたのは直後のことだった。

 顔を返り血で赤く汚し、激しい切り合いによってカットラスは細かく刃こぼれして、ピストルの銃身は熱気が冷めていなかった。


「よぉ、皆の衆。お揃いのようだな。まさかもう宴を終えたわけじゃあるまい? 俺の分の馳走は残っているんだろうな?」


「残念だが今は停戦交渉中だ。貴様の出る幕はない」


「なんだと?」


「それと無礼な態度はやめておけ。こちらは南方王国の第二王子カタルニア・アラゴン殿下であらせられるぞ。敵とはいえ王族だ。貴様がいるとややこしくなる。下がっていろ。手下どもにも交戦中止の命令を出せ」


 ヘンリーはじろじろとカタルニアの顔を凝視する。

 そして握っていたカットラスを腰の鞘に納め、懐に隠し持っていたワインの小瓶を取り出して飲み下し始める。


「喰い甲斐のなさそうな奴だ。一歩遅れちまったことだし、獲物は譲ってやるよ。それに俺は、貴族様の相手は苦手だ。空気に触れただけで虫唾が走る。王族なら蕁麻疹じんましんだな。おお怖い怖い」


 踵を返して手下たちのもとへ戻ろうとしたとき――。


「待て」


 カタルニアが彼を呼び止めた。


「何で御座いますか? 王子さま」


「そなたは我が国の船を襲い、我が国の要塞を落とし、我が国の兵を殺した。悪逆の限りを尽くすというに、なぜ、そなたはいつも勝つ? なぜ、神の罰を受けぬ?」


 この問いにヘンリーは天上にいるであろう神を指さして答えた。


「そりゃ決まってる。この世界で最大最凶の悪党が、神だからよ。俺は、ごく選ばれた人間にしか声をかけん神よりも、万人に声をかける悪魔と付き合うね。小難しい話は御免だ。ローズ、あとは良きに計らえ」


 飲み干したワインの空瓶を海へ投げ捨て、大声で部下たちに船へ戻るように命じた。

 直後にカタルニアは帝国軍へ降伏を受諾し、両軍の旗艦のマストに交戦停止の信号旗が翻る。

 水兵たちは互いに武器を収め、あるいは震える手から武器を落とし、今の今まで殺し合いをしていたにも関わらず生き残った喜びのあまり互いに抱き合う者まで現れた。


 かくして帝国と王国の艦隊決戦、のちに【北西海域の戦い】と呼ばれる海戦が終結した。

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