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合流 ④

 狙いが的中したヘンリーは吹き荒ぶ風の中で咆哮した。

 それはまるで野牛の群れだった。帝国の一等戦列艦ほどではないが、多いものでは大砲を八十門は備えているであろう大型艦から快速の小型艦まで揃っており、もしも視界が明瞭な快晴の海で出会っていたら、さすがのヘンリーも尻尾を巻いて逃げ出していただろう。

 だが天が味方し、この荒天の中では敵の見張りも風と船の揺れに苦しんで、こちらが一体どこの国の船なのか判断しかねているに違いない。


 彼は直ちに船団のうちから後方の艦隊に敵発見の報告をさせるべく遣わした。

 ヘンリーは巧みに帆を操って敵艦隊と距離を一定に保ち、その進路や速力、また予想される攻撃目標を割り出していく。

 また万が一こちらを視認されたときに備え、マストには南方王国の商船旗を掲げさせた。

 これで発見されても暫くは時間を稼げるだろう。

 甲板に打ち付ける波を被りながら、目に跡がつくほどに望遠鏡を覗くヘンリーが、周囲で同じように敵艦隊を見ている部下たちに向けて叫ぶ。


「三十隻はいるな! 間違いなく敵の主力だ! ウィンドラス君、敵はどっちに向かってる!」


「現在は北西に切り上げていますが、荒天を利用して東に転進する可能性もあります!」


「帝都に乗り込むと思うか?」


「さあ、敵の提督次第ですが、全く無いとも言い切れません! 何せ船長がやってしまいましたからね!」


「ハハッ、ありゃ俺様だからできたことよ!」


 荒れた海を相手にしながら敵を追うのは至難の業だった。

 風と波の抵抗を少しでも減らすように船首を向け、さりとて敵から引き離されないように速力と距離を調整できたのも、このマーメリア海を熟知するヘンリーとウィンドラスのコンビがあってこそだった。

 散々に櫂を漕がされた水夫たちも、獲物の姿を捉えたという話を聞いて狂喜乱舞し、血豆だらけの手で武器の整備に一層の力を込める。


 だがヘンリーに仕掛ける気はさらさら無かった。

 艦隊を潰すのはあくまでも帝国軍。

 敵艦隊を発見してその位置を報告した時点で、私掠船団の仕事は実質的に終えていた。

 艦隊が追いついてくれればあとは自由に動くことが出来るだろう。

 さて、その時にどうするか……ヘンリーは濡れた甲板を歩き回っていた。

 部下たちは船長が如何なる決断を下すのか、固唾を呑んで見守っている。

 襲撃か、退却か、あるいは待機か、凡人では想像もつかない奇策に走るのか。


 ウィンドラスは黒豹たちと共に彼の背を見ながら、どんな命令が口から飛び出してきても驚かないように覚悟を決めていた。

 今までが今までだ。

 どうせ頭の中では碌なことを考えてはいまい。

 やがてヘンリーは歩みを止めて、腕を頭上に掲げると大きく一周回した。

 進路変更の合図だ。

 方角は真北。全速で走れば東に転進する敵艦隊の頭を押さえられるだろう。

 ウィンドラスは即座に操舵手に転舵を命じた。

 後続の船団もそれに続く。


 更にローズへの報せが一隻送られた。

 漕手たちは「またか」と憤激しつつも、血豆が潰れて赤く染まった櫂を手に取る。

 景気づけにラムが配られると不満の声がすっかり消えて、今度は陽気に歌を歌い始めた。

 他の船に合わせて航行せねばならない艦隊と違って、小規模な船団のほうが足に余裕がある。

 ヘンリーは艦隊を追い越して帝国本土付近まで帆を進めたところで速力を落とし、それまでに頭の中で巡らせた企みを言葉に纏めてウィンドラスに相談し、彼を絶句させる。


「無茶です! 危険すぎる!」


「危険は百も承知だ。だがな、俺達が足止めをせんと後方の艦隊が追いつけんし、敵の目を俺たちに向けさせておく必要もある。要するに足止めをしようってことだ」


「ですが、あまりにも無謀な作戦です。もし敵に見抜かれたら……」


「ウィンドラス君、作戦ってのは、まさかまさかを突くところにコツがあるのさ。船団から義勇隊を募れ。成功した暁には特別ボーナスだ。おい、黒豹」


 ヘンリーは漕手たちと一緒に手に薬を塗る黒豹を呼びつけた。

 その手は豆が潰れて真っ赤になっており、見るだけで痛々しく、しかし彼女は嫌な顔一つせずに船長のもとへ駆けてきた。


「はいはい、お呼びで?」


「おう、呼んだともさ。お前に船を一隻預ける。船長として指揮を取れ」


「はいぃ!?」


 これには豪胆で知られる黒豹も慄いた。

 無理無理と叫ぶ彼女の肩をヘンリーが強く掴み、歪んだ表情を浮かべる黒豹の目を覗き込む。


「いいか、この作戦にはお前さんが必要不可欠だ。お前はいつも通りに船を操り、そして自分が船長だと言い張ればいいんだ。俺の頼みだ。それとも聞けんのか?」


「うぅ……分かったよぅ、ちくしょう。ただし一つ前金として欲しいものがあるんだけど!」


「何だ?」


 黒豹はヘンリーの胸ぐらをつかむと、自らの唇を親指で指し示した。

 ヘンリーは思わず鼻で笑う。


「お前、意外とロマンチストか?」


「うっせえよ! とっととしろよ!」


「はいはい」


 そしてヘンリーは黒豹の顎を指で支えると、その黒い唇に接吻を送った。

 水夫たちの中には指笛を吹き鳴らす者もいたが、キスをしながら銃を取り出して銃口を振りかざすヘンリーに恐れをなして静まり返る。

 やがて顔を離した黒豹は両手をパンと打ち鳴らした。


「よっしゃ! じゃ、一仕事してくるよ!」


 黒豹はヘンリーの命令を頭に叩き込み、船団の中で最も小さく、最も俊敏な小型船に志願した者たちと共に乗り込んでいく。

 そして帆を広げて船団から一旦距離を起き、ここに私掠船団による敵艦隊足止め作戦が開始された。

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