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合流 ③

 白色艦隊より先行して海原を西へ向けて進む私掠船団は、敵艦隊の姿を求めて全てのマストに見張りを立たせていた。

 合流した船長たちからの情報を纏め上げたところ、やはり、南方王国の領海内に艦隊の姿は確認できなかった。

 妙なのは、自分たちの領土が陸海から荒らされているにも関わらず、輸送船団の護衛を除く軍艦がいないこと。


 みすみす襲って下さいと言わんばかりではないか。


 不気味な敵の思惑に焦りを覚えるローズたち海軍を他所に、ヘンリーは鼻歌を口ずさんでいた。

 なにせ私掠船団の仕事は敵艦隊を見つけることであって、実際に撃ち合うのは海軍の連中なのだから気楽なものだ。

 あわよくば横腹を突いて敵の軍艦を略奪してやろうか、とさえ彼は考えていた。

 商船に比べて軍艦は実のところ旨味は少ない。

 例の貴族のバカ息子のように艦長が趣味で宝石などを収集しているならばまだしも、せっかく奪った宝箱を開けてみれば、あるのは弾薬と食料だけ、というのも割に合わない。


 やはり食うならよく肥え太った羊に限る。

 無骨に痩せ細った犬は食えたものではない。


 そして、できることなら、犬同士の喧嘩に巻き込まれるのも御免だ、とさえ考えていた。

 だがローズの性格を鑑みて、彼女の目の届くところで港を襲うのも不味い。

 後で呼び出しを食らって長々と説教されることが目に見えている。

 なので早いところ敵を見つけ、あとは艦隊に丸投げし、自分たちは適当に援護しつつ次なる獲物を探さねばならなかった。


 なにせ、部下たちに給料を払わねばならない。

 その給料の出処は、敵の懐なのだから必死だ。

 そして、ヘンリーの嗅覚は、敵が既に北上を開始していると読んでいた。

 帝国の主力が南方にいる間、艦隊を北に向かわせ、帝国の主要な港を攻撃してあわよくば占領する。

 奇襲とはいえ臼砲艦ボムケッチによる砲撃に成功した試しがあるので、また同じことをするかもしれない。

 それを軍議でローズに言うと、彼女も凡そ同じ考えだった。


 帝国に北上するルートは三つ。

 真っ直ぐ向かうか、東西どちらかの航路を迂回するか。

 ヘンリーは西を睨んだ。東の制海権は既に帝国が獲得している上に、直行すれば沿岸警備をしている艦隊に補足される危険がある。

 ならば西だ。帝国最西端のニューウエスト港あたりに現れるのではないか。

 重武装の帝国の軍艦は全体的に足が遅い。

 そこで快速の私掠船団が追撃し、あわよくば補足、足止めの後に、本隊がこれを叩くという算段だった。


 無論、確証があるわけではない。

 いわば船乗りの勘だ。


 一日の遅れが帝国本土攻撃の機会を敵に与えることになるため、ヘンリーは自船グレイ・フェンリル号をはじめとして、船団の中でも特に速力に優れる小型船を率いて西の航路から北上を開始した。

 風力に加えて三交代でオールを漕がせることで大いに距離を稼ぐことが出来た。

 いつも以上に肉体的な疲労が激しいので、食事の量も自然と増えた。

 また疲労回復のため、嗜好品として甘味も食事に添えられた。


「これで当てが外れたら、物資を浪費しただけってことになるな」


「笑い事ではありません」


 食後のコーヒーを味わうヘンリーにウィンドラスが苦言を呈した。


「今は南方王国と帝国の中間海域。周囲には何もありません。今までは近くに手頃な島があったので補給も容易でしたが、ここではどうも……そのうち敵ではなくウミガメを探すようになるかもしれませんよ? それも血眼で」


「なに、いざとなりゃ後方にいる艦隊に少し分けて貰うさ。それにハリヤードはよくやっている。ところで今日の鹿の塩漬けは絶品だったな?」


「私としては、肉よりも瑞々しい野菜こそ嬉しく思いますけどね」


「お前さんらしからぬ贅沢な考えだな。当分はキャベツの酢漬けで我慢しろ。流石に毎食食わされて飽きたがな」


「壊血病になるくらいなら、喜んで食べますよ」


 違いない、とヘンリーは笑った。

 耳には下の階層から大勢の足音が響いている。

 漕手の交代時間のようだ。

 指揮は黒豹が執っている。

 甲板で望遠鏡を覗いているくらいなら体を動かした方がマシだ、と言って、黒豹は屈強な男たちに負けず劣らず威勢のよい声を張り上げてオールを漕いでいた。

 ときにはヘバッた水夫の尻を蹴飛ばしたとも聞く。

 タックは時に漕ぐのを手伝いながら、水夫たちに果物の砂糖漬け等を配って回った。


 だが海が荒れた日はオールを引っ込めて風と格闘せねばならず、見張りも投げ出されぬようにマストに体を縛り付けて、白と灰色に染まった海を睨んだ。

 大抵は激しい左右の揺れに翻弄されてそれどころでは無かった。

 ヘンリーは海図室チャートルームで波に揺られながら敵の予想進路を睨み、手にしていた鉛筆を海図に投げつける。

 予定ではそろそろ追いついてもいい頃合いなのだ。

 敵がそれほど快速とはとても考えられない。

 むしろ連日の時化で足止めを食らっていてもおかしくはないのだ。


「くそっ……何処に隠れてる……ハッキリしろ……」


 まさか当てが外れたのか。

 西の航路ではなく真っ直ぐ北上していたのか、それとも東の航路を選んだというのか。

 ヘンリーの額に嫌な汗が滲む。

 後方の艦隊と再合流して進路変更を検討すべきか、とも考え始めたとき――。


「船長! 左舷前方に! マストらしきものが!」


 マストの見張り台から伸びる伝声管から、波と風の音に混じった水夫の叫び声が彼の耳に入った。


「方位は!」


 反射的に怒鳴り返すと、暫くして答えが返ってきた。


「左舷十一時方向! かなり遠いです!」


 海図室チャートルームを飛び出したヘンリーは、甲板を襲う高波を浴びながら左舷前方に望遠鏡を向ける。

 激しい揺れで中々視線が安定しないが、確かに、渦巻く飛沫の彼方に薄っすらとマストらしき影が見えた。

 それらは徐々に近づくにつれて数を増していき、やがて彼のレンズに写り込んだのは、大波に揺られながらゆっくりと帝国を目指す大艦隊の姿であった……。

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