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初陣 ③

 早朝、出撃命令が軍団司令部から下された。

 白薔薇擲弾兵連隊ホワイトローズ・グレナディアーズはケレルマン師団と合流し、敵の前衛野戦軍と交戦、これを撃滅する。

 戦場に臨む兵士にとって先陣の武功は最高の栄誉だ。

 ジョニーは上官たる連隊長から命令を聞いて、グッと拳を固めた。

 この作戦が陽動であることを彼らは知らない。

 目的はあくまでも敵野戦軍の撃破という仮の目標だけが伝えられていた。

 何故なら陽動作戦、つまりは囮として本隊の犠牲になることを強いられることを知れば士気に関わり、また本気で戦闘せず意図せぬ場面で勝手に退却することも考えられる故に、本来の作戦内容を知るのは師団長とその周囲の参謀だけであった。


 敵を騙すには先ず味方から、というのはランヌの言である。


 そのような経緯があることも知らず、年上の部下たちにも伝達すると全員が銃を高々と掲げて歓声を上げ、他の部隊に先んじて野営テントを片付け、軍団司令部の見送りを受ける。

 師団長のケレルマンは馬上にあり、ランヌ大将に挙手の敬礼を送った。


「行って参ります」


「うむ。武運を祈っておるぞ。上手くやれ」


「心得ております。閣下もご無事で。師団、前へ!」


 最精鋭の白薔薇擲弾兵連隊ホワイトローズ・グレナディアーズを筆頭に、数少ない軍馬をかき集めた槍騎兵中隊、八ポンド野砲を主兵装とした砲兵中隊、そして十分に訓練を受けた師団主力の戦列歩兵連隊、工兵大隊、その他後方支援部隊も合わせておよそ八千の陣容であった。


 各部隊は軍楽隊の軽快な鼓笛のリズムに合わせて進軍を開始し、頭上にはそれぞれの連隊旗が翻る。

 二列縦隊で港前の森を抜けていくと、小高い丘の上に出て、眼下には新緑色の草原が広がる平野が彼らを出迎えた。

 また望遠鏡で彼方を伺うと、農村と思しき建物の群れと、更には香辛料農園も幾つか伺えた。

 今後は進撃するに当たって、各地の農村や町に助けられることもあるだろう。

 なにせこの島の酋長が帝国の臣下となることを女帝に誓った上に、一足先に村を偵察した斥候によれば、農民たちは帝国軍に協力する姿勢を見せているのだという。

 彼らからすれば作物や税金を搾取する憎たらしい王国の役人を懲らしめてくれる、と考えているようだ。

 女帝が奴隷を解放したことも既に噂として広まっていた。

 勿論、全ての村がそうだとは限らないので、ケレルマンは周囲に気を配りながら予定の進路を進んでいく。

 戦場とは思えないほどに長閑で、草木を揺らす風が気持ちよく、兵士たちもついつい引き締まっていた気が緩む。

 これが平時の遠足であったなら、すぐにでも好みのワインやエールを持ち寄っていただろうに。

 兵士たちの気分を察したケレルマンが気さくに声をあげる。


「諸君、残念ながら今は戦時だ。しかしこの戦に勝利した暁には、この島は我が帝国の領地となり、自由に往来出来る日がくるだろう。そのときは、この地で共に戦勝の美酒を味わおうではないか。その為にも、我らは勝たねばならん。今は勝つことだけを考えよう」


「おおーっ!」


 騎兵中隊から選抜した斥候に幾度も先方の様子を探らせ、また進路上にある農村に予め一晩の宿を取らせて貰うように便宜を図る。

 既に酋長から秘密裏に帝国へ協力するように指示が下されていた村長は快く受け入れ、村のすぐ外に野営をすることになった。

 今は補給が整っているが、もしも彼らが協力的でなかったら、帝国軍は村という村から物資を略奪せねばならなかっただけに、兵士たちも安堵の胸を撫で下ろす。

 美しい若い娘やその両親を銃剣で突き殺すなど、考えるだけでおぞましいことだった。

 士官たちは村長の屋敷に招かれて夕食を馳走になった。

 特産の香辛料をふんだんに使ったスープを楽しみつつ、ケレルマンが村長に問う。


「協力、誠に痛み入ります。しかし貴方がたは本来南方王国の民衆。祖国の敵に利する行為ですが、其の点についてご懸念は無いのですかな?」


 すると村長は苦々しく重たい表情で応える。


「大酋長閣下をはじめとして、私どもは女帝陛下の統治を望んでおります。ご覧の通りこの村には香辛料しか取り柄が御座いません。しかし王国はその香辛料を税として搾取し、また若い男や娘が奴隷商人に売買されることも止めるどころか推奨する有様。今は帝国との戦のため、貴重な若者は全員、兵隊に取られてしまいました。抵抗しようものなら反逆罪で銃弾が飛んできます。また王は金銀宝石にばかりうつつを抜かすと聞きます」


 席の末端に座るジョニーは、酷いものだと内心で呆れ返った。

 しかし、そのような事情を聞いた後では、敵軍に向けて弾を撃ちにくい。

 不本意に徴兵された彼らの息子や父を殺めることになる。

 そのとき、村長をはじめとしたこの島の人間が、今のように歓迎してくれるだろうか。

 周囲の参謀らを見渡してみても、自分のような若造が考えることなどとうに思い至っているようで、顔に陰が落ちていた。

 やがて皆の視線が師団長の顔に集中する。

 果たして指揮官殿はどのような反応をするのか、ジョニーも大変興味が湧いた。

 ケレルマンは言葉に衣を着せない性分ゆえ、ただありのままを述べていく。


「村長、我々は軍人です。軍人同士が銃口を向けあったとき、どちらかが敵を倒さねばなりません。貴方がたの子や親であっても、成り行きによっては敵として倒すことでしょう」


 村長とてその点は理解していたが、改めて言われると複雑な気持ちになり、俯く。

 ケレルマンはさらに続けた。


「しかし、我が君は類稀な名君であらせられます。たとえ敵として相撃つことになり、戦場の骸となったとしても、陛下は勇者を讃えられ、丁重に弔った上で生き残った者たちを厚遇なさることでしょう。貴方がたが我が帝国の統治を願うならば、どうか陛下をお恨みにならず、また兵士たちではなく、彼らに命令を下す小官をお恨みくださいますよう」


 品のある丁寧な物言いをするケレルマンに、村長は何度も無言で頷いた。

 その心中は察するに余りある。

 村長はそれからこの話題に触れることはなく、皆に料理と酒を勧めるのみであった。

 歓待を受けた後に部隊へ戻ったジョニーは部下たちの気楽さを羨ましく思い、支給品のウィスキーを開けて酔いを求める。


 こんな気持になるくらいなら、知りたく無かった。


 今や彼にとって敵とは漠然とした倒すべき目標ではなく、自分たちと同じ生きた人間であるという意識が強くなっていた。

 飲まなければやっていられない。

 いつしか酔いつぶれたジョニーは、そのまま毛布に包まって寝息を立てていた。

 間もなく目の当たりにする戦場の地獄を知るよしもなく……。



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