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貴賤 ⑤

 海の上にしては豪勢な昼食会も無事に終え、互いに任務もあることなので、食後のコーヒーとラムを楽しんだヘンリーは早々にいとま乞いを申し出た。

 率直に言えば、この悪趣味な空間から一刻も早く立ち去りたかったのである。

 艦長室から甲板へ出た彼らを、オイゲンたちが丁重に見送ってくれた。

 互いに敬礼の後に握手を交わして航海の無事を祈り、ヘンリーらがグレイ・フェンリル号の甲板へ戻ると、早速土産話を求めて黒豹らが彼を囲ってくる。

 鉄の規律と上下関係で成り立つ軍とは正反対の自由な雰囲気に、整列していた水兵からも小さく笑い声が溢れていた。

 ただの水夫が、中将に、准男爵に、いやそのような肩書など意に介さず、気さくにタメ口で言葉を交わしている。


 オイゲンは内心で舌を巻いた。

 彼らの言葉の端々に、彼に対する絶対的な信頼と忠誠が色濃く表れていた。

 それに比べて我が身はどうか。

 果たして末端の兵に、あれほど信頼されているだろうか。

 貴族として故郷の屋敷にいるときも、軍人として海にいるときも、あのような笑顔を向けられたことが一度でもあっただろうか。

 大小の命令を下したとき、部下たちが向けてくるのは義務感からくる無機質な返事と不満げな顔ばかり。

 耳をすませてみれば、至る所から愚痴も聞こえてくる。

 オイゲンは何やら急にたまらなく我が身が恥ずかしく思えた。

 女帝の寵愛を欲しいままにし、救国の英雄と持て囃される彼への嫉妬心も薄れていく。


「エーリッヒ君……今後は、至らぬ点があれば何なりと指摘してくれ給え」


「はっ、ご命令とあらば」


「命令ではない。お願い、だよ」


 はにかむオイゲンにエーリッヒは驚きながらも頷いて応え、総員に帽振れを命じ、去りゆく私掠船団を見送った。


 一方のヘンリーはといえば、毛嫌いする貴族様の住処から逃れられて清々していた。

 これが同じ帝国に属する船でなかったら、遠慮なく襲撃して自慢のコレクションを根こそぎ奪ってやったものを、と忌々しく唸る。

 しかしあの鼻持ちならない面を引っ叩いてやったのは中々の快感で、好物も味わえたこともあり、差し引き無しということで気持ちを仕事に切り替える。

 既にエスペシア島近海に達した今、王国本島から送り出された補給物資は航路の有無を問わず往来していることだろう。

 そして弾薬と空腹を満たした敵兵が、上陸した味方を撃つのだ。


 無論、彼は軍に対して思い入れがあるわけではない。

 名も知らぬ将軍や兵士たちが戦場の屍となるのも一向にかまわないし、知ったことではない。

 だがそれによって帝国が敗れ、玉座に座る見習いが断頭台の露と消えることだけは許しがたい。

 彼女から発行された私掠免状も無効になる。

 ゆえに負けて貰っては困るのだ。

 第一、臣という立場から考えてみても、敵国の船を略奪するくらいのことでしか彼女に報いることは出来まい。

 それ以外の生き方など知らぬし、知りたくもない。

 むしろ得意なことをして褒められるのだから、こんなに良いこともない。


「嗚呼、素晴らしき人生かな、と」


 程なくして航路に入った私掠船団は敵の護送船団と遭遇し、激しい砲火を交えるのであった。


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