策謀 ④
「すごい! すごい! すごい!」
特別席から試合の様子を見ていたポルコは、さながら子供のようにはしゃいだ。
二人の弟たちも、長兄がここまで興奮するのは久方ぶりのことなので、固唾を呑んで見守っている。
組織の下っ端が殺されたがそんなことはどうでもいい。
元より生かしておくつもりなどは無かった。
むしろゴミを片付けてくれたことに感謝の念すら覚えてしまう。
試合が終わったのを見届けたポルコは、せわしなく部屋の中をグルグルと歩き回る。
「面白いぞ。これは面白い。次の試合で最後だろう? これは最高の見ものにせねばなるまい。さてどうしたものか。どうすれば面白くなる? 素人をぶつけたところで興ざめだ。客も盛り上がらないだろう。はてさて弟たちよ、どうすべきか?」
「兄者、戦いは、同等の腕前をぶつけることが最高のショーだと思うが」
「いやいや兄ちゃん、あの男が苦しみのたうち回るところが見たいよ。だから奴よりも数段上の刺客を送るほうがいい」
弟たちの意見を噛み締めたポルコは、歩みを止めて思案に暮れる。
そのとき、不運なことに部屋のドアをノックする音が響いた。
「失礼します。先ほどから帝国の大使館に出入りする妙な連中が――」
部屋の中に銃声がこだまし、硝煙の匂いが鼻をつく。
今しがた入室した男は胸に空いた風穴の意味を理解する前に息絶え、引き金から指を放して懐へ仕舞い込んだポルコは、顔を赤らめて死体に唾を吐きかける。
「我が愉しみを下らぬ雑音で遮るな」
「しかし兄者、今、帝国の大使館と聞こえたが?」
「知れたことよ。奴の差し金だ。何か企んでおるようだがいずれ分かることよ。それよりも今は目の前のショーを楽しもうではないか。たかが海賊ごときに何が出来るものかよ」
一国をも食い物にしてきた巨大な自信が傲慢に繋がっていることを、ポルコは未だ気づいてはいなかった。
彼の目に映っているのは、帝国の飼い犬となり、金銀を貪るだけの欲深い海賊程度にしか見えない一人の男。
彼が帝国の後ろ盾を得ているように、ポルコたちも国家の中枢を味方につけているのだ。
互いに権力の下、合法的に悪事を生業としている者同士、心の中では無自覚な親近感を覚えていたのかもしれない。
さて、闘技場は今までにない程の熱狂ぶりを露わにし、観客たちの関心もヘンリー一人に絞られていた。
二連勝したことで賭け金も殆どが彼の勝利に傾き、あっという間に倍率が変動していく。
普段は闘技場に興味を示さない客らまで集まっていた。
その中にはカジノを警備している黒服たちも混じっており、いつしか、黒豹やグレイスを囲む形で四人ほど群衆の中に立っていることが伺えた。
次の試合で事が動きそうだ。
ヘンリーが勝ったとき、逃すまいと襲ってくることも十二分に考えられる。
黒豹は腕を組む素振りをしつつ、懐に仕込んだピストルを指で撫でた。
他の水夫たちも手斧の柄の位置を確認している。
間もなく試合を取り仕切るディーラーが最大の目玉試合の開始を告げる。
「紳士淑女の皆様! 闘技場へようこそ! これより本日最後にして最大のショーをご覧いただきましょう! 前例なき三種目制覇を目前にした期待の闘士ジョン・エイヴリーと、拳銃種目無敗を誇るジェイムズ・ギャレットの世紀の一騎打ちです!」
目の前のゲートが開き、ヘンリーが舞台に躍り出ると、向かい側のゲートからツバの広い帽子を深く被った中年そこらの男が出てきた。
毛皮のマントを身にまとい、口には煙草の代わりなのか、長めの爪楊枝を咥えていた。
ヘンリーは訝しげに眉を動かす。
控室では見なかった面だ。
此処の常連らしいが、飛び入りで参加したか、あるいは組織の手先か……。
答えは直ぐにジェイムズの口から出てきた。
「随分と派手に暴れているようだな? ジョン・エイヴリー……いや、キャプテン・ヘンリー・レイディン」
正体を見抜かれたことにヘンリーは全く動じず、むしろ嬉しげに頬を掻く。
「まあ、流石にバレるわな。覚えのない面だが前に脅したことがあったか?」
「いいや、初対面だとも。尤も、こちとらはいつも御尊顔を拝していたがね」
マントの内側から一枚の紙切れを取り出して見せたのは、南方王国が各地へばら撒いているヘンリーの懸賞金つきの手配書だった。
「アンタにゃ恨みは無いが、此処は絶好の狩場だ。その首と賞金は私が頂戴する」
「ハハッ、いいぜ、来いよ犬っころ。だが俺の首、生半可な牙で食いちぎれると思うな?」
互いに睨み合ったまま一歩も動かず、腰のホルスターに今か今かと指が近づいては離れる。
歓声に湧き上がっていた会場も水を打ったようにしんと静まり返り、ルーレットやポーカーに興じていた連中も、急に静まった闘技場の方へ目を向けたまま固まっていた。
特別席にいる三兄弟も固唾を呑んで勝負の行方を見守っている。
ジェイムズは組織が子飼いにしている殺し屋だ。
今までにも多くの敵を仕留めてきた。
今度もやってくれるに違いない。
そんな期待を背に受けたジェイムズが咥えていた爪楊枝を、不意にヘンリーに向けて吹き飛ばす。
刹那、ジェイムズの手が動いた。
ホイールロック式のピストルの引き金に指がかけられ、銃身の先端に付けられた照準がヘンリーの眉間を捉えたとき、ジェイムズの視界に銃口から吹き出す硝煙が映った。
場内が俄にどよめく。
途端に全身が氷の冷たさに襲われ、額から流れ出した血によってジェイムズの世界が紅く染まる。
「……所詮私は、醜い豚に飼われた子犬だったか――」
一瞬の決着に誰もが言葉を失っていた。
ヘンリーは銃口から立ち昇る硝煙を吹き消して、愛銃を腰に収める。
「中々美味い前菜だったぜ? さて、そろそろメインディッシュの面を拝むとするか」
瞳を特別席の窓へ向けると、闇の世界に生きる者らしい邪悪な笑みを浮かべるポルコと視線が交差した。
 




