闘技場 ②
ギャングの本拠地にして世界最大の賭場は、遠目から段々と近づくに連れてその荘厳で絢爛な造りに圧倒されていく。
一攫千金を夢見て諸外国からわざわざ小金片手に訪れた流浪の博徒やら、金を持て余した商人やら、人種も身分も関係なく店に入っては、体のいい金づるとして骨の髄まで搾り取られていくのだ。
その膨大な利益によってギャングは国の主要な産業を独占し、役人さえ買収して、さながら王侯貴族のような扱いだという。
グレイスはカジノに近づく毎に周囲を神経質に警戒し、頭に被った占い師のフードで顔を隠していた。
「おいおい、あんまりコソコソするなって。かえって怪しまれるぞ?」
と、黒豹が面白げにからかうのを無視するグレイスは、遂にカジノの入り口までやってくると歩みを止めてしまった。
「やっぱり無謀だわ! わざわざ鍋の中に飛び込むようなものよ……」
「前にも言ったろうが。俺はコソコソ逃げ隠れするのは性に合わんのだよ。第一な、これから取って喰おうとする獲物を相手に震える必要がどこにある? 心配ならそこいらの樽にでも隠れてろ。ただしお前さんには獲物の分前はやらん。俺の仲間に臆病者はいないからな」
するとグレイスは少しムッとした表情を見せ、ケラケラと笑う黒豹や手練の水夫たちの数歩後方に続いていった。
壮麗な見た目に沿った両開きの扉には天使と悪魔の彫刻が施されており、その前に黒尽くめの男二人が受付に立っていた。
ヘンリーはおもむろに被っていた帽子を取り、金糸で飾られた愛用の上着も脱いで適当に畳むとグレイスに押し付ける。
「しばらく持っていてくれ。流石に目立つからな」
「え、ええ……わかりましたわ」
両手でしっかりと抱きかかえたグレイスは身にまとうローブの内側へ仕舞い込む。
上着を脱いだヘンリーはいつものくたびれた白いシャツの上にベストを着た身軽な服装で、しかし腰にはしっかりとカットラスやサーベル、ホルスターにピストルを一丁仕込んでいた。
そのままカジノの扉へ向けて堂々と歩み寄ると、控えていた男たちが行く手を阻む。
「お待ちを。会員証か紹介状はお持ちですかな?」
「ん? なんだって?」
「すみませんね。当カジノは会員制でして、一見のお客様には会員証をお作り頂くか紹介状が必要で御座いまして。それと武器の持ち込みもご遠慮ください。安全の為ですので」
「おうおう! うちの船長に注文つけるたぁ、いい度胸じゃないかい!」
食って掛かる黒豹を手で制した後、グレイスの腕を引き寄せて顔に被っていたフードを取り払った。
「ちょ……っ!」
いきなりのことで理解が追いついていないグレイスが素っ頓狂な声をあげ、すでに顔が組織に知れ渡っているのか、男たちもあっと言いたげに口を開けたまま固まっている。
「おら、紹介状だ。これで文句無かろう? 入るぞ」
ヘンリーたちが店内に入っていく間、男たちは武器を没収することも忘れ、大慌てで裏口に走っていった。
組織のお尋ね者がわざわざ、いや彼らから見ればのこのこやってきたのだから。
グレイスはもう無駄だと分かりながらも再びフードを深く被り、袖に仕込んだナイフでヘンリーを切りつけたい衝動を理性で押さえつけた。
さて、件のカジノに足を踏み入れた一同は外見が虚仮威しで無いことを思い知る。
黄金で飾り付けられた屋内には至るところにポーカーテーブルやルーレット、更にバカラなどが設けられ、財布にたっぷりと軍資金を溜め込んだカモたちが叶わぬ夢を追い求めていた。
更に店の奥からは客らの歓声と拍手の音が聞こえ、それに混じって剣戟独特の甲高い金属音や聞き慣れた発砲音も耳に入った。
「ありゃあ、喧嘩かい?」
ヘンリーがグレイスに尋ねると、彼女は首を横に振る。
「いいえ。あれも博打よ。一階層下に作られた闘技場。拳、剣、そして銃と、それぞれの種目で決闘をさせて賭けるの。選手の殆どが私のように借金を返せない者か、売買された奴隷よ。極稀に、貴方みたいに血の気が多い酔狂者が自主参加もするみたいだけれど」
「なるほどな……それで、三匹の豚野郎は何処にいる?」
「あそこよ」
グレイスが指差した方を見れば、カジノ全体を見下ろせる位置に大窓の部屋があり、その室内に何やら人影が三つある。
ヘンリーは折りたたみ式の望遠鏡を右目に当てて様子を伺い、すぐに口元を歪ませた。
レンズに映り込んだ『三匹の子豚』ことギャングのボスたる三兄弟。
赤く巨大なソファに並んで腰を下ろし、テーブルの大皿に盛られたチョコ菓子やらナッツやらを両手で鷲掴みにしては食い荒らす巨漢が三人いた。
曲りなりにもギャングのボスなので身なりは黒いオーバーコートに白いネクタイを締め、頭にも洒落た中折れ帽子を被ってはいるが、腕は大木の幹のように太く、胴回りなどはさながら酒場に置かれたワインの大樽だ。
脇に控える部下も中々の長身のようだが、三兄弟の隣に立つと不思議と小さく見えてしまう。
「おいおい、なんだぁ、ありゃ? どこが子豚だ?」
「だから言ったでしょう。ケダモノだって。金に貪欲で人の命を何とも思わない醜い怪物よ」
「いやいや中々、俺は気に入ったぜ?」
黒豹たちにも望遠鏡を回して敵の姿を認識させるも、やはり皆一様に言葉に詰まっていた。
「さて、獲物の面も拝んだことだ。せっかくだしちょいと遊んで帰るとするかねえ。お前らも俺が合図するまでは好きにしていいぞ。ただしグレイスは俺と一緒だ。では解散!」
シャツの袖を捲くったヘンリーは金貨が詰まった財布を握り、チップの交換所へ赴いた。




