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賞金稼ぎ ③

 来客を報せる鈴の音が店内に響く。

 蝋燭の仄かな明かりに照らされたカウンターでは、まだまだ若気が残る茶髪の男がだらしなく突っ伏して居眠りをしており、掃除が行き届いていないのか、暫く客が訪れていないのか、椅子や床にはうっすらと白い埃が積もっていた。

 しかしカウンターの奥の棚には年代物の酒がずらりと並べられ、店の隅に置かれた樽にも、ワインやエール等がたっぷりと詰まっている。


 店に入ったグレイスはすぐにカウンターで眠っている店主の肩を揺すった。


「ソルティ、ほら起きて? もう、だらしないんだから。起きなさい!」


 耳元で大声を出されたソルティは、とろけた目を擦りながら背筋を伸ばす。


「ふわぁ……誰かと思うたらお客かいな。人がせっかく良い夢見とったいうのにホンマ……て、グレイス、アンタか?」


「そうよ。ほら、しっかりしなさいな。今日は別のお客もいるんだからね?」


 と、グレイスは親密さを感じさせる口調でソルティの視線をヘンリーに向けさせた。


「おっとと、こりゃ失敬。当店へようこそ。店長のソルティ云います。ささ、お好きな席へ」


「お、おう……」


 久々の来客に張り切ったのか、妙な訛りで名を名乗ったソルティは慌ただしく埃が降り積もった椅子を拭き取っていく。

 ヘンリーはなるべくカウンターの端を選んで腰を落ち着け、グレイスはその隣に座った。


「ごめんなさいね。安全な場所といったらここくらいしか思い浮かばなくて」


「俺としちゃ、さっきまで俺の首を狙ってた女と席を同じくするだけでスリル満点だがね」


 それを聞いたソルティは温かいお手拭きを出しつつ口を尖らせる。


「なんや、この旦那、グレイスの獲物かいな? 一体どういうこっちゃ?」


「命を取ろうとしたら命を救われたのよ。組織の連中からね」


「ははぁ~……ようやるわ、ホンマ。旦那も中々の命知らずですなあ。ご注文は?」


「ラムだ。モヒートで頼む。お前さんは?」


「私はワインでいいですわ。ソルティ、よろしく」


「はいはい。少々お待ちを」


 棚からホワイトラムの瓶を取り出し、ミントの葉やライムなどを用意していく。

 その間、ヘンリーはパイプに煙草を詰めながらグレイスと談じていた。


「確か、借金がどうのこうの言っていたな? 俺の首獲って返済する算段だったか?」


「ええ、まあ、そのつもりでしたけれど、結果はご覧の通り。おかげで無事に返済期限を過ぎましたわ。これで私は晴れて追われる身。捕まれば命はまず無いでしょうね」


「ごっつい金額に膨れ上がっとるもんなぁ。いやね、こいつが賞金稼ぎになるって聞いたときは度肝抜かれましたわぁ。まあ、そうでもせんと返せるような金額やないんですがねぇ。はい、モヒートお待ちどう」


 グラスから香る爽やかな冷気を愉しみ、喉を鳴らして三口ほど飲み下す。


「かはぁっ! ようやくおかに上がった気分になれた。しかしお前さんも目のつけどころは良かったが、俺を狙ったのが運の尽きだったな。で、借金ってのは具体的にどれくらいあるんだ?」


 問われたグレイスは指を折りながら記憶を辿る。


「ええと……利子とか色々あって、ざっと10000ウェルスってところかしら?」


「ブフゥ! 前より増えとるやんけ! そないな金額そうそう返せるかい、アホ!」


「悪いが中立国こっちに入ったのは今日が初めてでな。帝国金貨ゲルトで言ってくれ」


「ああ、ちょっと待って頂ける? ソルティ、今の為替だと幾らかしら?」


「大凡やけど金貨1500枚ってところやな。換金所に聞けば確実やけど、どっちにしても普通に働いとったら一生かかるってお話ですわ。あーあー、ワイもそんな金いっぺんでいいから手にしてみたいわぁ」


 大げさに両手を挙げてみせるソルティはさりげなくバターピーナッツの皿を二人の間に置く。

 陸で生きる彼らからすれば金貨1500枚は憧れの金額であり、同時にグレイスにとっては命を奪われる呪いでもあろう。


 しかしヘンリーはさも面白げに鼻で笑ってみせた。


「フッ、ごっつい金額だとか一生だとか言うもんだから、一体どれほどかと期待していたんだがな。お前さんたち1500枚ぽっちのことで悩んでいるのか? 俺の首を狙うには幾らなんでも安すぎるってもんだぜ」


「なんやて? 旦那ぁ、酔いつぶれるには早すぎやしませんかね?」


「馬鹿野郎。俺を酔わせるにはこの店全部の酒でも難しいくらいだ。なあ、グレイスさんよ、まさか俺が誰だか知らないで狙ったわけじゃあるまいな?」


 ヘンリーの指摘が図星を指したのか、彼女は俯いてしまう。


「……帝国が雇っている海賊という情報だけだった。けれど海賊を仕留めれば賞金が貰えるから……貴方だって海賊なのでしょう?」


「なるほどな。まあお前さんたちから見れば海賊に違いねえ。帝国では私掠船プライベーティアだがな。今回の航海でも稼がせて貰ったぜ?」


 と、ヘンリーは懐から無数の金貨が詰まった麻袋を取り出してカウンターに広げてみせた。

 袋から溢れ出す金貨が店内の明かりを反射して眩く輝き、それを目の当たりにしたグレイスとソルティは言葉を失っている。


「陸でクソ真面目に働いてる連中の年収は軽く超えるだろうなぁ。楽に稼げるいい職だから転職したけりゃオススメだぜ? 今なら俺が女帝に私掠免状の発給を口添えする大サービス付きさ」


「だ、旦那、アンタ一体何者なんや……?」


 ヘンリーは構わずにモヒートを飲み干す。


「何者ってこともねえよ。帝国のちょっとした企みに巻き込まれた上に、船に皇女乗せてあちこちを逃げ回った末、今じゃ見習いだった小娘に飼われる哀れな狼ってところよ」


「皇女を乗せたって……貴方、まさか……?」


「だから言っただろう? 金貨1500枚如きじゃ、俺の首とは釣り合わんよ。ところでここのモヒートは中々旨い。もう一杯頼めるか?」


「よ、よろこんで!」


 ソルティは額から冷や汗を溢れさせながら二杯目に取り掛かる。


 グレイスもまた、自分が狙った獲物が今の世界で最も高名にして最も悪名高い大海賊と知って、ワインを飲むことなど忘れ、紫煙を纏ったヘンリーの顔を凝視したまま動くことが出来なかった。

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