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賞金稼ぎ ②

 同日、夕刻。


 入港作業も滞りなく進み、入国管理官と水先案内人を降ろした後に、ウィンドラスは早速にも港近くに設けられた商館を訪ねた。

 商館には各国から集まった商人がビジネスの交渉や宿泊施設として利用しており、商館の裏手には商品となる積み荷を一時的に保管するための大きな倉庫もあった。

 どうにか略奪品を金貨に換えなければ、ここまで苦楽をともにした船長や部下たちに顔向けが出来ないと、ウィンドラスは緊張感をもって彼らとの交渉に臨む。


 目をつけたのは同じ帝国から来た商人たちだった。


 さて、一方の船団は船倉に蓄えられた略奪品を岸壁に全て荷揚げし、水夫らは今か今かと給料が配られる時を待ちかねていた。

 数時間ほど経った頃、商人らを引き連れたウィンドラスが船に戻り、商人らはブツを実際に目で見て値段を各々でつけはじめた。

 最も高い値段をつける商人は誰なのか気にしつつ、ヘンリーはウィンドラスの肩に肘を乗せる。


「よぉ、ウィンドラス君よ。ケチなお前さんにしては珍しいな。まさか港の停泊料を倍払うとは思わなかったぜ」


「金払いが良い客は優遇されるものです。それに、停泊料に使う金貨は、商人達かれらの財布から出ますのでご心配なく。元手は少なく、儲けは大きく。それが利の道です」


「成る程、お前さんも悪党らしくなってきたな」


 間もなく商人たちがそれぞれ買い取りの値段を提示し、その中で最も高い値をつけた者との商談が成立した。

 砂糖や香辛料が直ちに港の倉庫に運び込まれていき、入れ替わる形で同じ重さ分の金貨が船に戻ってきた。

 それをウィンドラスが算盤を弾きながら各役職分と水夫たちの取り分に仕分けし、ヨダレを垂らす水夫たちに均等に支給していった。

 収入を得たならば貯金などという下らない選択肢は一切無く、船のタラップを駆け下りた水夫たちはまだ日が高いにも関わらず街へ走る。


 ある者は酒場に乗り込み、またある者は道行く若い娘に声をかけては金貨をちらつかせて宿屋へ誘った。

 いつも通りの光景といえばそうだが、ここには敵の軍隊もおり、如何に中立の港とはいえ油断は出来ない。

 ちょっとした諍いが原因で大火事になる可能性も十二分にあった。

 しかし、数ヶ月もの間海を彷徨い続け、襲撃以外ではようやく地面を踏めたのだ。

 船乗りならば気持ちも十分に理解出来るであろうし、多少の喧嘩くらいは行政も多目に見るだろう。


「しかしウィンドラス、船の修理は造船所の連中に任すとして、食料や弾薬のアテはあるのか?」


「先ほど、帝国出身の商人と交渉しまして、なんとか融通してくれるとのことです。女帝陛下の為ならば何を惜しむことがあるか、と。何でも揃えてくれるそうです」


「ほぅ、大した奴だ。助かる。だが取るものは取るんだろう?」


「それは当然でしょう。向こうも商売人です。戦時下を理由に強制することも出来なくはないですが、我々は軍ではありませんし、機嫌を損ねて補給の道を絶ちたくはありません」


「だろうな。善意で動く商人なんざ、この世にいるものかよ。いたら余程の阿呆か腹に一物抱えた狸だ。お前さんも仕事も程々に、たまには酒場で一杯やれ」


「そうですね。一段落したらそうします。船長は?」


 ヘンリーは暫く考え込んだ後に、決めかねるのか複雑な顔で口の端を吊り上げる。


「まあ、適当に、気の向くままに歩くとするさ」


「くれぐれも申し上げておきますが、町中でカットラスを振り回したり、銃を撃つようなことだけは絶対にしないでくださいね!」


「はいはい、分かっておりますよっと」


 軽やかな足取りでタラップを一息に駆け下りたヘンリーは、宵闇に染まりつつある港の喧騒の中へ立ち入る。

 海の男達をもてなす繁華街も母港のキングポートとは一味ちがった趣で、立ち並ぶ娼館は清潔感漂う白い石造りの三階建てで、客引きは強面の黒服たちが押しに弱そうな男を狙って肩に手を回していた。


 どうもカタギというわけではないらしい。


 酒場や賭場にも入り口や店内の隅に用心棒と思しき男が控えているあたり、どうやらこの港を実質的に取り仕切っているのは行政ではないようだ。

 あるいは行政そのものが……。

 などと考えつつ口に咥えたパイプに火を灯し、紫煙を味わう彼は、何の気なしに狭く暗い路地裏に足を踏み入れた。

 表の騒がしい場所で飲むより、こういう静かな場所にある小汚い店で過ごしたいものだ。

 しかし、人気のない路地裏の角を一歩曲がったところで、不意に背後から視線を感じた。

 ヘンリーは慌てる素振りもなく、顔を傾けて右目で背後を伺う。


「驚かせてしまいましたか? それなら謝ります」


 女性独特の艶のある声色がか細く路地に響く。

 相手を警戒させまいとするゆったりとした足取りで彼の前に現れた女性は、黒を基調とした紅いローブとフードに身を包んでいた。

 一見すると聖職者の類にも見えるが、こんな路地裏で人を待ち構えていたような素振りからして、どうにも修道女シスターではないようだ。


「俺に何か用か? 逢引の相手ならほかを当たってくれ。これから一杯引っ掛けるんでな」


「お聞き下さい。貴方に黒い死が迫っているのです」


 突然不吉なことを言い出したローブの女性は、懐から手のひら程の大きさの水晶玉を取り出して、未だ顔を隠したまま小柄な身体を寄せてきた。

 そんな彼女の胸元に銃口が突きつけられる。


「おぉっと、それ以上近づくな? 俺が死ぬ前に、あんたの胸に風穴が開くぜ?」


 しかし彼女は銃口に怖じけることなく、ヘンリーの前に水晶玉を掲げる。


「私は見ての通り、しがない占い師で御座います。どうか警戒せずに話を聞いてください」


 と、彼女は顔を覆っていたフードを取り払う。

 海のように碧い髪が波打つように揺れ、ヘンリーは暫し彼女の小奇麗な顔立ちに呆けてしまった。

 が、すぐに我に返って突きつけていた銃を僅かに下ろす。


「俺に死が迫っているとか言ったな?」


「はい。貴方には恐るべき死相が出ています。今宵、貴方に災厄が訪れるでしょう」


「ほう……その懐に隠し持ったナイフで、か?」


「っ!」


 不敵に笑って彼女の袖に隠されていたナイフを看破したヘンリーに、占い師は即座に水晶玉を投げつけて後方へ跳躍する。

 すかさず引き金を引いたヘンリーの弾丸が水晶玉を粉々に砕き、獣じみた踏み込みの速さでナイフを取り出そうとする占い師の首根っこを掴み上げ、路地のレンガ壁に押し付ける。


「ぐっ……」


「狙う獲物を見誤ったな? 俺ぁ自慢じゃないがお前さんのように血の匂いを漂わせる女は何人も見てきたんだ。さあて、誰の差し金かじっくり身体に聞くとするか?」


 彼女が持っていたナイフを奪い、その胸元に切っ先が迫ったとき、ピストルの撃鉄が引き起こされる音が響いた。

 これからが面白いところだったのに、とでも言いたげな眼で音が鳴った方を睨んだヘンリーの視界に、銃を構えた三人ばかりの若い連中がいた。

 どいつもこいつも粋がった青臭い殺気を放っており、殺し屋というよりは、喧嘩に明け暮れる下っ端の不良といった印象を受ける。

 不良少年たちは三方からヘンリーを囲み、じりじりと距離を詰める。


「あーあー、しくじっちまったなあ、グレイス。あんたの借金の返済期限はとっくに過ぎてる。もうボスは待っちゃくれねえよ。賞金首得られなきゃあんたの命で払って貰うってよ!」


 彼らの言うとおり、グレイスは獲物を仕留め損なった。

 彼女は目から溢れ出す熱い涙で頬を濡らし、白い歯を食いしばって処刑の時を迎えようとしている。

 そんな込み入った事情の渦中に挟まれたヘンリーは、グレイスの耳元で囁く。


「気が変わった。後で一杯付き合え」


「……え?」


 ヘンリーの言葉の意味が分からないグレイスが呆然としていると、彼は掴んでいたグレイスの首を放して不良少年たちに向き直る。


「よぉ、小僧共。いい夜だな。だが気をつけろよぉ? どうもこの占い師が言うには、今夜死人が出るらしいぜ」


「じゃあその死人はアンタとグレイスで決まりだな。抜けよ、隻眼野郎アイパッチ


「くくく……あんまり人を嗤わせるもんじゃねえよ…………殺すぞ――」


 ぞくり、と背筋に悪寒が駆け抜けるほどにドスの利いた低い声に不良たちが慄いた一瞬のうちに、一人目の顔面を殴り飛ばし、さらに二人目に飛びかかると、首に腕を回して関節をキメて意識を奪った。

 鉄拳によって顔の骨を砕かれた一人目は悶絶のあまり地を転げるばかりで、瞬く間に数の優位を失ったリーダー格の三人目は、身体の震えを抑えることが出来ず、しかし銃口だけはヘンリーの眉間に向けていた。


「どうした、野良犬。度胸があるなら撃ってみろ。撃たないならこっちからいくぞ!」


 ヘンリーは腰のカットラスを抜き払い、地を蹴って間合いを詰める。


「ヒィ!」


 不良が引き金を引くよりも速くヘンリーの左手が胸ぐらを掴んで壁に叩きつけるや、カットラスの刃が月明かりで煌めき、グレイスの目には不良の顔面を貫いたように見えた。


「う……くぅ……す、すみませんでした……っ」


 カットラスの切っ先は不の頬を掠めて壁に突き立っており、足は震えて力が抜け、地面に座り込んだ彼のズボンが熱く湿る。


「ケッ、口ほどにもない奴だったな。おい小僧、喧嘩ってのは勝てる相手を選んでやるもんだぜ?」


 茫然自失している不良の頬をカットラスの腹でなで上げたヘンリーは鞘に収め、腰を抜かしているグレイスに近づいて彼女の顎を指で持ち上げる。


「おい、大丈夫か? 占い師さんよ」


「な、なぜ? なぜ私を助けたのですか? 貴方を殺そうとしたのに」


 グレイスの問いかけに、ヘンリーはにべもなく応える。


「なぁに、野郎ばかりの長い船旅だったんでな。女の香りに酔っちまったのさ。だが、まだ少し酔い足りん。良い店があれば教えてくれ。俺とお前さんに幸運をもたらしてくれる店をな」


 ヘンリーは彼女を誘うように手を差し出した。

 グレイスは暫し考えを巡らせた後、恐る恐るその手を握り返した。

 

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