賞金稼ぎ ①
草木も眠る真夜中の港が紅蓮の炎で包まれた。
飛来する無数の砲弾によって家々は破壊され、停泊していた大小の船は浸水のために着底し、岸壁や港町は逃げ惑う群衆によって混沌としていた。
燃え盛る炎の明かりで照らし出される三隻の私掠船からボートが降ろされ、武器を携えた物騒な男たちが港へ乗り込む。
その後は凄惨な略奪が繰り広げられていく。
男は元より、女子供も容赦のない暴力の前に次々に斃れていった。
崩れた家や店からは住民たちがせっせと蓄えた財や物資が根こそぎ奪われ、特に売り払えば金貨に替わる特産の香辛料、煙草、織物などが船に運び込まれた。
砂糖が大量に詰め込まれた大袋も多く見つかり、三隻の船倉が略奪品ですっかり満たされたことで、ヘンリーはここ最近では殊の外上機嫌になっていた。
王国の沿岸部の港を幾つも襲撃して回った甲斐があったというものだ。
おかげで手下の水夫たちにもしっかりと給料を払うことが出来、故郷を離れて久しく航海を続ける水夫たちも士気を取り戻している。
しかし、度重なる襲撃によって船には少なからず損傷が目立つようになっていた。
海に生きる船乗りもいつかは地面を踏まねばならない。
航海士のウィンドラスは悦に浸るヘンリーに寄港を提案した。
「船長、収穫もあったことですし、そろそろ港に……」
「そうだな。たまには陸の酒と女に溺れたいもんだ。で、どこに寄る?」
海図室に入った二人は寄港のための計画を練る。
「この近くで船の修理も可能で安全な港となると、中立国が最も適切だと考えます」
「中立国ねぇ……どっちつかずの連中が俺たちのような悪党を入れてくれるかな?」
「どっちつかずということは、どちらも受け入れるということです。あとは損得次第」
「なるほどな。じゃ、毎度のことながら港の連中はお前に任せる。払いも含めてな」
「わかりました。良い条件になるように交渉してみます。僚船にも伝えておきましょう」
船団を組むアドラー号とアルフレッド号の船長も寄港の提案に快く賛成し、行き先についても反対の声は出なかった。
十分な収穫を得たならば何も文句はない。
むしろ、更なる獲物を期待して、喜び勇んでヘンリーについて行くといった具合だった。
港までは風の機嫌が良ければ一週間ほど。遅くとも二週間といったところか。
「もうすぐ港かぁ、昼間っからヤリまくるぞぉ。娼婦に酒場の娘、それと花売りだ!」
「お前確か看護婦が好みだったよな? 何なら俺がアザの一つでも作ってやろうか? 優しく撫でて貰えるようによぉ」
「ほざきやがれってんだ。処女しか興味のねえロリコンの世話になんかなるかよ」
「枯れたババアを相手するよりマシだろうが」
「そりゃそうだ。選べと言われたら迷わず羊の穴を選ぶね」
「違ぇ無ぇ。ハッハッハ! フルハウスだ、たまんねえな!」
砲列甲板で大砲をテーブル代わりにトランプに興じる五、六人ほどの水夫たちは、昼下がりの情事を期待して歌い騒ぐ。
港に着けば給料として両手から溢れんばかりの金貨が支給され、金の力に物を言わせてこの世の快楽を味わい尽くすのだ。
しかもそれが敵から頂戴した金ともなれば、これは痛快極まる。
船団は迫りくる波濤を飛沫に変えて疾駆していく。
中立国ノイトラールの港の灯台を視界に捉えたのは、ほぼ予定通りの日時だった。
時刻は正午前で、早速にも港から入国管理官と水先案内人が小舟に乗って近づいてくる。
グレイ・フェンリル号から縄梯子が降ろされ、甲板に登ってきた初老の二人を交渉役のウィンドラスが出迎えた。
「ようこそ、グレイ・フェンリル号へ。航海士を勤めております、ウィンドラスと申します」
「よろしくお願い致します。入港の目的は何ですか?」
「船の修理と物資の補給、積み荷の売却取引です」
「入国に当たって船籍、または国籍証明が出来る書類はお持ちですか?」
先ず入国管理官の問いかけにウィンドラスは応じた。
「国籍証明はこちらを確認してください」
と、ウィンドラスは帝国の国璽と女帝の直筆サインが記された敵国船拿捕許可状、いわゆる私掠免状を取り出してみせた。
途端に二人の顔色が蒼くなる。
帝国の私掠船ならば今までにも何度か港を訪れた。
しかしそれは先代の皇帝が地方の貴族などに委任して発行した免状に過ぎず、今回は間違いなく女帝ルーネフェルト本人の署名だった。
国籍証明どころか、認めなければ国際問題にもなりかねない重大な書類を前にして、彼らは黙って入国審査のチェックリストに『可』と記した。
管理官はさらに続ける。
「ご存知の通り、ここノイトラールは中立地帯です。港内は元より、国土から十二海里までの海上に於いても、こちらが認める正当防衛を除くあらゆる戦闘行為は厳禁とします。よろしいですね?」
「心得ています」
「滞在期間はどれほどを予定されていますか?」
「修理の時間もありますので、長くなるかと」
「長くなると言われましても、岸壁につけるにも他船との順番がありますし、しかも三隻ともなれば……長くても、一週間が限度かと……」
遠慮がちに異議を唱える管理官に、ウィンドラスは珍しく高圧的な態度を見せた。
「老婆心ながら申し上げておきますが、我々は女帝陛下直属の私掠船団です。中立を保つ貴方方の立場も理解していますが、交易を通じた両国の関係をよくよく考慮して頂きたい。無論、こちらも港の一角を貸していただく立場でありますので、どうぞこちらの誠意を汲み取って頂ますように」
ウィンドラスは二人の手に金貨が詰まった小袋を握らせた。
もちろん収賄は大罪である。
しかし手にした金貨の重みが魔力となって二人の心を揺さぶる。
「……ここから先は、水先案内人の私がご案内します」
「よろしく頼みます。互いの利益のためにも」
握手を交わして船の指揮を水先案内人に一任し、船団はゆっくりと港の岸壁に近づいた。
港には各国から集ってきた商船や、他に南方王国の軍艦も停泊している。
帝国の旗を掲げた船もちらほらと確認出来た。
中立国ならではの光景だ。
ここから十二海里外では両国が血で血を洗う争いの真っ最中だが、ここでは敵でも見て見ぬふり。
あとは大人しく出港の準備が整うまで休暇を愉しめばいい。
ただし、大人しく待てるかどうかは各々次第。
限りない不安を胸に抱くウィンドラスは、水先案内人と協力しながら、三隻の船団を無事に入港させた。




