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白色艦隊 ④

南方王国が誇る香辛料の一大生産地、エスペシア島。


 八つの諸島の中でも本国の次に大きな島で、そこでは胡椒やシナモン、パプリカといった貴重な香辛料が大量に栽培され、海を隔てた国々へ輸出されて莫大な富を王国へもたらしていた。


 ローズ率いる白色艦隊と、ケレルマン麾下の先遣師団を乗せた輸送船団は、島の北方に位置する海岸に上陸を開始していた。

 軍艦という軍艦から上陸用の短艇カッターが降ろされ、重たい野砲や軍馬などが先に揚陸され、それに続いて船酔いに苦しめられていた兵士たちが続々と島の大地を踏みしめる。

 実に数週間ぶりの地面に彼らはしきりにキスをし、すぐに連隊長に怒鳴られて整列していく。

 馬たちもようやく自由に駆け回ることが出来て嬉しそうにいななき、師団長のケレルマンはここまで護衛してくれた艦隊の将兵とローズに深く感謝の意を示した。


「揚陸作業は今のところ順調です。我が艦隊は師団を援護しつつ、付近の海域の警戒に当たります」


「よろしくお願い致しますぞ。準備が整い次第、こちらは第一軍のために橋頭堡の確保と敵守備隊の排除の任務に当たります」


「了解致しました。御武運をお祈りしております。本国にはこちらから報告をしておきます」


 ケレルマンから託された報告書を艦長室の机に仕舞ってあることを思い出しつつ、彼女は無事に揚陸作業が完了したことを見届けた。

 先遣部隊とはいえ輸送任務を果たしたことに安堵し、同時に周囲に敵の艦隊がいないか気を張っていた。

 今は揚陸作業を終えたばかりで隙だらけ。

 しかも島に近い浅瀬なので逃げ場もなく、今襲われることを考えただけで背筋が凍りそうだった。

 小型の快速艇がしきりに走り回って辺りを見張っている。

 何か異変があれば砲声で報せてくれるだろう。

 そのとき士官の一人が慌てた様子で駆けてきた。


「閣下! 怪しげな漁船を発見致しました」


 言われて士官が指差す方を見れば、島影に隠れるように錨を落としていた小舟が哨戒艇に拿捕されていた。

 水兵は銃を突きつけて漁夫を脅しつけており、彼は両手を挙げて敵意が無いことをしきりに訴えているようだが、如何せん水兵には南方訛りが通じていない。

 あの程度の漁船の一隻や二隻、島の沿岸には幾らでもいるとローズは頭に過ったが、念には念を入れ、漁船の臨検を命じた。

 そして件の漁夫も、自分はただの漁師なので見逃してほしいと再三訴えているが、陸軍の上陸を見られてしまった以上、ただで帰すわけにもいかず、ローズは彼の身柄を陸軍に預けることとした。

 捕虜第一号となった哀れな漁夫はひどく落胆した様子で、無理もないと同情しつつ、ローズは臨検を終えた漁船の船底に穴を開けて海へ沈めた。


「運の無い男でありましたね」


 士官がそっと耳打ちすると、ローズは苦笑いを浮かべてそれに応えた。


「喜ばしいことじゃないか。我が栄光ある艦隊の初の敵船撃沈だ」


 自虐めいた冗句に士官も自嘲するしかなく、しかしながら一発の砲弾も撃たずに陸軍の輸送を終えたローズの心は素直に喜ばしいものだった。

 彼らの健闘を祈るために水兵たちが舷側に整列して帽子を振り、陸兵たちも小銃を振りかざして互いの無事を願う。


 が、その一瞬の気の緩みが仇となった。


「あっ! こら! 待て!」


 捕虜としていた漁師が突如として兵士の腕を振りほどき、森に向かって駆け出したのだ。

 ケレルマンは追えとは命令せず、静かに低い声で兵たちに指示を下す。


「射撃用意」


 歩兵たちは携えていたマスケットの銃口を逃げる漁夫の背に向ける。

 そして連隊長が指揮刀を振り上げたとき、森の木々の間から激しい銃声と硝煙が吹き出した。


「敵襲!」


 誰ともなく叫び声を上げ、足元の地面や付近の岩に飛来した弾丸が刻み込まれる。

 帝国の兵士たちも数人が呻きながら地に伏した。


「射撃開始!」


 前方の森に向かってマスケットが一斉に撃ち放たれた。

 しかしただでさえ命中率が劣悪な上に、相手は森の木々を盾にしているため、一体どれほどの弾が敵に命中したのか判断出来ない。

 単発式のマスケットは一発撃てば装填作業をせねばならない。

 腰の弾薬ポーチから弾と火薬が詰まった紙袋を取り出して噛み破り、銃口から注いで装填棒で圧縮させていく。

 手慣れた兵ならば十秒ほどで装填を終えて構えることが出来るが、新兵ともなれば数十秒を要することもある。


 そして彼らはその装填の時こそが最も無防備だった。


 直立して長い銃身に弾薬を装填する姿は、敵からすれば格好の的である。

 その隙を援護するための野砲も揚陸したばかりで砲兵の準備が整っておらず、こちらもようやく砲弾を込めはじめた様子だった。


 ケレルマンは迷う。


 射撃を続けるか、数が分からない相手に向かって銃剣突撃を敢行するか。

 だが彼の思念は、海上から轟いた砲声によって打ち払われた。


 誰もが背後の海原を凝視すると、一等戦列艦インペリアル・グローリアスの左舷五十門の砲門が一斉に開き、敵の一団がいるであろう森に向けて砲弾を雨あられのように叩き込む。

 本来は敵船のマストをへし折るための鎖弾が、今は森の木々を暴力的に薙ぎ倒していく。

 そして姿をさらけ出した南方王国の兵士たちは逃げ惑うか別の木の陰に隠れるが、そうこうしているうちに装填を終えた戦列歩兵の一斉射撃によって身体を撃ち抜かれた。

 圧倒的な火力を前にした奇襲部隊は瞬く間に壊乱し、いつしか森から銃弾を撃つ者は一人もいなくなっていた。

 黒煙に包まれた戦列艦のマストに旗旒信号が掲げられる。


『諸君ノ武運長久ヲ祈ル』


 白色艦隊は進路を北に転じ、帝国本土へ向けて帆を開くのであった。

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