僕が見た電車の中の非日常。
僕が電車に乗ったのは、午後4時半
帰宅ラッシュには速いけど、人がまったくいないわけじゃない。
たまたま部活が何時もより早く終わって、僕はとてもいい気分だった
ふと周りを見渡すと窓側の席に、黒髪のふわふわしたボブの女の子が本を読んでた
形のいい赤い唇が笑いを堪えるように震えている姿が印象的な綺麗な子だった
女の子の横の席に楽器 (僕は楽器に詳しくないからギターかベースかそれとも違う何かかはわからない)をもったゆるいパーマがかかった男が座った
そして、おもむろに前に座る女の子に声をかけたんだ
「元気?」
その時僕は正直、下手くそなナンパだと思った
いや、あんなモテそうな男がそんな下手くそなナンパするわけないんだけど
「…腹パンと頭突きどっちがいい」
読書してた女の子は顔をあげて、声をかけてきた男を見るなりそういった
「1ヶ月ぶりに会った彼氏にする二択がそれ?」
整った顔に苦笑が浮かぶ
「だっめ本読んでる時に邪魔されるのが一番嫌いなの知ってるでしょ?」
「まぁな」
「なんでいるの。」
「お前、バイトの帰りはいつもこの電車だろ?だから。」
「私に会うために?」
「そゆこと」
「そう。てゆーか、もう"元"彼氏なのかと思ってた。」
拗ねたようにつぶやく女の子をみて男は曖昧に笑って、女の子の髪を豪快に撫でた。撫でたというよりぐしゃぐしゃにしたというほうが正しいかもしれない。
「1ヶ月も音信不通だと、逃げられたんだなって思うんですけど。」
「なんてゆーか、この1ヶ月NYに居たんだわ。」
「それは知ってる。真也さんから聞いてた」
「…なんで行ってたかも聞いた?」
「それは、京ちゃんから直接聞けって」
女の子は方をすくめた
「そっか。実は…さ、俺ら向こうでデビューできるチャンスがないか探してたんだ。とりあえず送ってみた音源が一次選考通っただよ。そんで1ヶ月前、本選に残れたって言われて…。後先考えずに飛んで行った。」
女の子はなにも言わずにただただ男の目を見つめていた
表情がどんどん曇っていっているように見える
「オーディションでも、結構いい演奏できて。そこの主催者に気に入ってもらえてこの1ヶ月間色んなとこに連れてってもらってたんだ。とりあえず、それがこの一ヶ月音信不通だった理由。海外からだと連絡できねーからって携帯置いてっちまったし」
女の子が小さくうなづいた
「それで、今から話すのが今日お前に会った理由。」
男は言葉にするのをためらっているのを隠すように深呼吸した。
女の子は、男がこれから何を言うかわかっているのだろう
どんどんと頭が下がっていく
まるで涙で溢れそうな目を隠すかのように
「…デビューが決まった」
女の子はついに真下を向いて、なにも言わない
「もう住む家も決めてきたし、こっちにある家も引きはらった。もう、当分帰ってくることはないと思う」
女の子がハッとして顔をあげた。
そして目に涙をためて絞り出したような声で言った
「…いつ、いくの」
「明日。」
「そっか。急だね」
「ごめん」
「…んーん」
「ほんっと、ごめん。最後まで最低でごめん。何も言ってなくてごめん。大事な彼女置いて夢追いかけるような男でごめん。…全部、ごめん」
「いーよ、しょうがないよ。だって、そういう京ちゃんだから好きだったんだもん。だから、いーよ。」
女の子が小さく弱々しく笑って、男も応えるように小さく笑った
「涼風、ごめん。好きだった」
「知ってる、…わかってる。」
「ん。」
上を向いて、両手で目を押さえてあーあ、いいなNY。楽しんだろうなと無理して笑う女の子の頭に、男はかぶっていたキャップをのせる
そして、キャップのつばをぐっと押す
「やるよ。」
「…ぶかぶか」
「涼風がかぶんなくても、俺らが有名になったら高く売るかもよ?」
「たしかに。なら。早く有名になってよね」
「おう」
「せめて、日本でも名前を聞くぐらいにはなって」
「当たり前だ、バーカ」
男は笑いながらキャップの上から女の子のおでこを軽く叩いた
「じゃーな涼風。」
「…バイバイ京ちゃん。応援してるね」
ポンポンと軽く女の子の頭に手を乗せてから男は席を立った
硬く結ばれた形のいい赤い唇は、今度はきっと笑いじゃなくて涙を我慢して震えている
僕はふと、男が去って行った方を見た
男は電車の入り口に立ち女の子を見つめていた
そんな顔をするなら、待ってろって言えばいいのに。
迎えにくるって言えばいいのに。
僕ならそうするのに。
そんなことを思っていたら、その男が歩き出した
何をするつもりなんだと思ったら、ツカツカと女の子の前まできて、その頭からキャップを取る
驚いて顔を上げた女の子のおでこに、男はそっとキスをした
世間一般的に、ああいうのをイケメンというのだろう
実際、他の乗客は頬を赤くして男をポーッと眺めてたし
男の僕でも、見惚れてしまったのだから
ちなみに、あの後、その男は女の子にだけ聞こえる本当に小さな声で何か囁いてから今度こそ本当に電車を降りて行った
きっと「未来で待ってる」とかそんな何処かで聞いたことがあるようなセリフを言ったんじゃないかと思う
そんな雰囲気だったんだ
それから5年後、NYでデビューし、瞬く間に世界から注目されるロックバンドのボーカルに成長した男は、NYで出会った"黒髪の形のいい赤い唇"をした女の子と結婚したらしい
京は、23歳
涼風は18歳という設定です。 お話の中にはでてきませんが一応。
初めての作品なのでかなり誤字脱字が多いことでしょうが…
み、見つけ次第修正していきます。
最後まで読んで頂きありがとうございました!