4+少女の強い瞳、幼稚な願い
腹が膨れたら落ち着いたのか疲れが出たのか、少年はその後うとうととし始めてしまい早々にソルにベッドに押し込められた。そういえばあいつ帽子取り忘れてたな、少年が寝付いて今頃になってソルはその事実を何となく思い出した。
「フォート、ナレッヂ。だよな」
テーブルの前には少女がチョコレートの入ったカップを大切そうに両手で包み込んでいた。
少女はふと顔を上げ、申し訳なさそうにまた目を伏せた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません・・・」
「それはあいつに言ってやることだ。ツバメが定住者と深く関わりを持つことなんて余りないんだからな」
「ツバメ・・・」
「ん?聞いてなかったのか」
少女はこくりと頷く。突然現れ、突然助けてくれたのだと言う。それを聞いたソルは苦笑を漏らした。
「漫画じゃないんだから、普通ありえないよな」
「ええ・・・私も迷ったのですが、彼の、目が」
琥珀色の綺麗な瞳。凛として強くて、透き通っていて。
「引き込まれたか。俺と同じ口だな」
「?」
「ツバメをやっているものの癖に、どうしてあんなに透き通った目で居られるんだろう。こういう大きな都市ではそうでもないが、辺境の地ではツバメに関わらず疎ましく思われることが多い。あんな目じゃやっていけないんだがな・・・」
「ソルさんは」
独白するソルにフォートは目を丸くして問いかけた。独白を止め促すソルに首をかしげ、
「彼とそんなに親しくはないのですか?」
「親しいも何も、会ったのは昨日が初めてだぞ」
「・・・ソルさんも彼と同じくらいお人好しだと思います」
「・・・」
ソルは黙するしかない。それくらい自覚している。自覚しているつもりだがーー改めて言われると照れくさいのはどうしてだろう。
「とにかくだな。あいつはこの街には直接かかわりのない存在だから、だから余計にお前に首を突っ込みやすかったんだろうが・・・」
「そうですね・・・」
「・・・」
二人の間に沈黙が落ちる。それは先ほどまでのような暖かいものではなく、ぎこちない悲しい沈黙だった。
それを破ったのはフォートだった。小さくため息をついて微笑む。それは諦めと後悔。
「・・・ギヴンさんと、いえ、ギヴンさんに助けていただくべきではなかったのでしょうね」
それにソルは苦笑で返す。
「さてな・・・決めるのはあいつだからな」
「ソルさんにも」
「それも決めるのは俺だな」
「・・・そうですね」
「少なくとも」
ソルは少女の目の前の椅子に腰掛ける。苦笑を強くして。
「俺は嫌ではないぜ?」
その、一言に。少女は目を瞬かせた。元々大きな瞳がなお大きく見える。
「別にお前に何をしてやれるとも思ってない。お前を助けられるとも思わないし、助けようとも思わない。でもお前が助けを求めるなら助けてやりたいと思う」
「どうして・・・」
「お前の、目かな。その目が、気に入った」
この悲しいほどに強い少女の瞳を見て。
心がすとんと、こんなにも簡単に覚悟を決めた。
「・・・いやなのか?」
問い掛けに少女は微笑む。この少女はいつも微笑んでいるな、ソルはふと思う。
手の中のカップを揺らし、しばし逡巡して少女は口を開いた。
「私が自分で決めました」
今目を瞬かせるのはソルだった。
「私が自ら、そうなりたいと望みました。けれど・・・」
「・・・周りの・・・?」
「・・・」
沈黙は肯定。
悲しげに目を伏せて、けれどやはり口元は笑みを造ったまま少女はカップの中身を見詰める。
「この世界が好きです」
やがて顔を上げ、確固たる意志と共に少女は目の前のソルを見る。強い瞳。引き込まれそうな、それは。
「この世界に生きる人たちが好きです。みんなに幸せでいて欲しい。みんなが幸せじゃないと嫌だ。・・・でも、私のこの願いで悲しむ人がいて」
皆が幸せになれる、そんな世界はないのでしょうか。
あるわけがないと、そんな世界は夢の中だけだと、少女の瞳は強く語っていて。
ソルは唇を噛み締め俯くしかなかった。
切ないほどに強い少女のあまりに無知な問い掛けに、
ただ心が抉れて血を流す。
けれど本当に泣いているのはきっと。
アップが遅れてすみません;