2+仏頂面の陰に微笑み
聖誕祭は、この世界の初めを祝うお祭り。
今から500年前、人間は酷い戦争をした。
その戦争は全ての人間を飲み込み共存している動植物を殺し星を傷つけ勝者のいないまま終わった。現在ではそれは「終わりの戦争」と呼ばれている。
戦争はどうして起こったのか、どうしてこんなにもたくさんの悲しみを傷を残したのか。そんなことがどうでも良くなるほど、世界は生きているものにとって過酷な場所になった。
戦争で使われた兵器で世界はぼろぼろになった。
そんな中新しく「出来た」生物がある。
魔獣。
戦争で使われたとされる生物化学兵器。それを人間の戦争の巻き添えになって被った動植物の変異体。
彼らはまるで戦争の罪を忘れさせないために在るかのように、人間たちを集中的に襲った。
こうして人間は過酷な自然環境と魔獣の脅威にさらされて、細々と生きていくことになった。
聖誕祭は、この世界の初めを祝うお祭り。
この、過酷な自然環境と魔獣の脅威にさらされる世界の。
「来ても良いとは言ったがな」
「俺も来る気はなかったんだけど・・・」
しとしとと、空が涙を零す。
それは多くも少なくもない量を零し、大地に溜まっていった。
灰色の雲がふわふわと空を横切っていく。軽そうに見えて厚い雲らしく、今は辺りも大分暗くなっていた。
王都フィクスA地区、「ツバメのための店・リーフ」からその会話は流れてきた。ツバメとは勿論旅人のこと、そのための店とは武器や防具、薬草類を売っているいわゆるツバメ向けの雑貨屋のこと。
床に水溜りを作り店主にしかめ面をさせているのがギヴン、腕を組んで小さな体をしかめ面で見ているのがソルだった。
ギヴンの後ろには紫の髪の少女、フォートが居心地悪そうに立っている。というより、ギヴンの後ろに隠れている。
この状況をもう一度見て、ソルはため息をついた。
「その子まで連れてきていいとは言ってないぞ」
「ごめん・・・」
ギヴンは愛想笑いをしながら謝る。それにまたため息をついて、ソルは店の奥へ引っ込んでしまった。ギヴンはちょっと慌ててその背中に声をかける。
「ごめん、あの、雨が止むまでその、もし良ければ雨宿りさせてもらっていいかな?止んだらすぐに出て行くから」
ソルがちらりとギヴンを見る。「あ、あの、やっぱり出てくよ。ごめんね」その視線が睨んでいるように見えて、今度は本当に慌てて手を両脇でパタパタと振り、ギヴンは店を出て行こうとする。
「馬鹿」
それが実行されなかったのは、ため息混じりに何処か諦めたように、ソルが短く呟いていきなり何かをギヴンに放ったからだった。放られたものは、タオル。ギヴンはちょっと迷って、それと何も言わないソルを交互に見詰めて
「ありがとう」
微笑んだ。仏頂面だったソルは少し体裁を崩す。
「ずぶ濡れになってるガキ二人を追い出すほど俺は落ちぶれてねえぞ」
「うん」
「あ、有難うございます」
ギヴンが渡されたタオルをそのままフォートに渡して、フォートはギヴンとソル両者に頭を下げた。
「ほら。お前も拭け」
「わ」
もう一枚のタオルをソルはギヴンの頭に被せ、帽子ごとぐりぐりと拭き始める。その動作は荒っぽいけれど優しくて、自然とギヴンは微笑んだ。
「ありがと、自分で拭くよ」
「おう」
暫く雑貨屋は沈黙が続く。ややあってソルが口を開いた。
「お前、帽子被ってるんだな」
「え?」
ギヴンの頭にはちょっと不恰好というか古いと言うか、それよりもまずギヴンの頭にサイズが合ってない帽子が乗っている。一見すると袋をそのままひっくり返して被っているように見える。
帽子は頭部の保護にも砂よけにもなるから、被っているツバメは多い。
「うん、そうだね。どうして?」
「んー、別に。にあわねえなあと思っただけ」
「うわ失礼発言」
「せめてもう少し小さいのにしたら?なあ嬢ちゃんそう思わないか」
「え?」
いきなり話をふられたフォートは目を丸くしてギヴンとソルを交互に見た。
「ええと、そうですね、ハイ、ええとその」
「・・・・・・」
「いえ、あの、そうではなくて、ええと」
「・・・っく」
「え?」
鼓膜を震わせるその空気の漏れに、フォートはまた目をぱちくりとさせる。
「っははは!アンタなかなかいい味出してるよ」
「別に無理にフォローしてくれなくていいよ」
ソルは腹を抱え、ギヴンはぶすりと頬を膨らませる。フォートは何度も「え?」を繰り返し、自分が先ほどまるっきり挙動不審だったことに今更ながら気がついて、頬を染めた。
「そ、そんなに笑わないでくださいっ」
「いやいや悪かったよ」
まだ笑いの残滓を残しながらソルはフォートに手を振る。フォートは横にいるギヴン同様頬を膨らませたが、それを見て一つ頷き、ソルは手をパンと合わせた。
「さて、お前ら二人とも行くとこあるのか?」
「ん、俺は特に無いよ」
「私は・・・」
「今出るとまずいんじゃないか?逃げてきたんだろ、嬢ちゃん」
「は、はい・・・」
ソルの言葉に幾分目を伏せてフォートは頷く。ソルは少女はそのままにギヴンを見た。
「昨日、もしかして野宿だったんじゃないのか」
「え、何で分かるの」
「この時期宿屋は金持ちで一杯になるらしいぜ。イープ・・・昨日の赤毛の女が言ってた」
「毎年なんだ」
得心してギヴンは頷く。それで昨日何処の宿の主にも変な顔をされたんだ。この時期はいつもは荒野にいるから、分からなかった。
「連れてきちまったものは仕方ねえな。ここに泊まれ」
そう言ってソルは二人に店の奥へ行くよう指示した。それに二人はまた慌てる。
「そ、そんな、そこまでご迷惑おかけできません!」
「そうだよ、雨宿りだけでいいから――」
それぞれに訴えるが、ソルはまたさっきの仏頂面になり、ぼそりとけれど明確に言った。
「ずぶ濡れになってるガキ二人を追い出すほど俺は落ちぶれてねえの」
そのまま二人の背後に回りその小さな背中をぐりぐりと押す。無理矢理二人を店の奥に放り込んで、自分はなんでこういう明らかに面倒そうなことに自ら首突っ込むまねしてんだよと心の中で毒づいて、同時に仕方ないよなこれは俺の性分だしとまたソルはため息をついて見せた。
雨はまだ、上がりそうにない。
す、進んでな(爆
ここの場面結構長く続くのでここで一旦。