最悪の生活習慣〜絶対病気になるセリフ〜
生活習慣病、などという言葉ももう一般的になって久しい。生活習慣とはつまり、私たちが普段からしているアレやコレが、もしかしたら病気につながるかもしれないということで、我々は食べるたび飲むたび寝るたびに、身体に良い悪いをなんとなく意識して過ごすことになる。
そしてそんな中で、どうもこれだけはやってはならぬと感じた生活習慣がある。
その生活習慣は、やっているとじわじわと自分自身を壊す。ヒトとして生きていく力を自分から奪い、ケモノになっていき、その過程で病に倒れる。私が見ることができる範囲では、その生活習慣をやっている人で身を持ち崩さない人は今のところいない。
その生活習慣はなにか。ずばり「自分はもう若くない」と口に出して言う事だ。私が見てきた限りこれが最悪の生活習慣だ。偏見混じりで言えば酒よりたばこよりずっと、体に悪い。
これを日常的に言っている人は、例えどれほど身なりがきちんとしていても行動がだらしなくなっていく。自分がやりたいこともやるべきことも、やらなくなって他人任せになっていく。
他人任せな生活をしていって、自分は何をするかと言えば、他人の行動の採点ばかりするようになる。たいていはダメ出しである。そしてダメ出しをするので知らず知らず自分の行動も縛り上げていく。ダメの条件を自分でつけてしまったので自分がその行動を起こせない。
あとは無限にループが始まる。やらないことが増えて「自分は歳だから」と正当化し、暇が増えてコメンテーターもどきをやるようになる。
アレがだめコレがだめといううちに、自分の人生にやってはいけない項目が際限なくふえて新しいことも何もせず硬直化していく。そんな中で、突然脳の異常で倒れる。心臓の異常で倒れる。あるいは認知症に。腎臓なんかを損じる人もいるし、あらゆるがんを呼び寄せる。科学的根拠?ないです。まだね。でもそのうち、立証されると暇庭は信じている。そのくらい、「自分はもう若くない」と自分で言う人は不健康になる。少なくとも暇庭の周囲でそれに例外はない。
なぜ自分でもう若くないと口に出す程度のことがそれだけ悪影響なのだろう。それはたぶん、遠回しに生きていることそのものを否定する言葉だからだと思う。
生きていれば何がしかのチャレンジはあるし、人生に付随する様々な負担にため息をつくこともある、不快だろうがそれらはやはり人生に必要なストレスなのだ。
もう歳だからとやることを減らし、他人に任せていくうちに、自分が生きている意味は底なしに損じられていく。歳だからあれをやらない、頑張らない。それは積み重なると、「では私は別に生きていなくともかまわない」という意味を成してしまうのだ。なんだかオカルティックに聞こえるだろうか。いや絶対に、今後百年のうちには必ず科学的によくない根拠が示されるのだから信じてほしい。
自分でもう若くないと口にしている方。もう今日からやめよう。ろくな死に方をしない。ろくな生き方もできなくなる。意地を張ろう。歳を食ったとてここまではできる、若いのと比べても遜色ない。いや若いのには負けるかもしれないがそれでも。その言葉がどんな健康食品よりあなたを健康にする。繰り返す。今日から今から意地を張ろう。
私は若くない、とは、それを言っている人は必ず不健康になっていくので、私自身絶対に言わないようにしている言葉だ。歳は誰でも食うのだから、食ったなりに抵抗したほうがいいに決まっている。謙遜も年寄りが理由では不格好だと思う。さあ皆々様意地を張りましょう。やらねばならぬと粘りましょう。




