新国と貴族
目が覚めて近くの窓から外を見ると日がすでに頭上まで上がった快晴の空が広がっていた。
疲労があったとはいえ、昼時まで目が覚めないのは自分でも驚きね。
体を伸ばしつつ仮眠室をでて教会の本堂にいくと近くにいた若い神官が小走りでこちらにきた。
「聖女様。お体は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。若干の擦り傷とかがヒリヒリはするけど」
まあ、周りの人からみたら大怪我してもおかしくない状況だったし心配にもなるわよね。
私の気持ち的にはそんな状況だったからこそ、この程度の火傷と擦り傷で済んだのはもはや無傷に等しいと思うんだけれど。
「あとからなにか症状がでてきたら言ってくださいね」
「ありがとう。それで、昨日連れてきた女の子はどうなっているのかしら?」
「それなのですが、聖女様が起きてから色々と話をまとめたいとのことでウィン神父様が声をかけてほしいとのことです」
ウィン神父はこの教会のまとめ役になる老年の男性――60歳は越えていると聞いているけれど、背筋の伸びた筋肉質な体を見ていると40代と言われたとしても納得できるような人だ。
聖女の立ち位置は教会の中でも特殊なものになっている。役職とは別個の特殊な枠とでも言うのかしら。
それもあって上下関係は曖昧になっている。けれど心情的にはウィン神父の指示は可能な限り聞くべきだと思っている。
そもそも、年齢的にも教会での信頼の高さなどでも上だと思う。
だから、本当であれば神父様と呼びたいけれど、本人が『聖女様に様付けされると困ります』と言われてしまったのでウィン神父という呼称で落ち着いた。
そんな少し不思議な距離感の関係なのよね。
「わかった。私の方から声をかけるから自分の仕事に戻っていいわ。伝言と心配ありがとうね」
「いえ、失礼いたします」
そう言って神官は自分の持ち場へと戻っていった。
今の子とかを含めた年齢の近い子に聖女っていうだけで丁寧すぎる扱いをされるのは少し息苦しいのよね。でも、聖女の私の側から言っても簡単に崩せるわけでもないわよね。
そんな少しの気疲れを感じつつ私はウィン神父のもとへと早足で向かった。
ウィン神父の司祭室に入ると昨日の少女と何故かリットがいた。
「アリア。調子はどうだ?」
「まあ特に問題はないけど……なんでいるのよ?」
「今回の件で少しな」
リットは少し頭を抱えつつそういう。
「では、私は仕事の方に戻らせていただきます。この部屋を使ってもらって構いませんので」
ウィン神父はそう言って私がきたのを確認してから教会の方へと移動していった。
私はリットと机を挟んで向き合う形になるソファに座る。そしてガチガチに緊張している彼女は近くにあったと思われる背もたれもない木製の丸椅子に座っている。
私の隣に座ることを勧めようと思ったけれど、緊張しすぎてて落ち着くまでは好きにさせたが良い気がして一旦そのままにしてリットに向き合うことにした。。
「それでリット。ちゃんと説明してもらえるかしら?」
「もちろんだ。まあ今回の件だが、ひとまずはことを大きくせずにすませたいと考えている」
「そこに関しては聖女の力が及ぶ範囲じゃないから知らないわよ。それよりもなんで教会に自ら来たかってこと。連絡なら誰かに頼めばいい立場じゃないのよ」
「もちろん、教会と君にそれぞれお願いしたいことがあるからだ」
「私にできることがあるの? 今回の件で?」
「まあ簡単にいうと。少しだけ目立ってもらいたい」
「……うん?」
この男は何を言っているんだろう。
私の知ってるリットはこんなことは言わない、なんてことはないけれど。
それにしたってよくわからない。
目立たないで欲しいとか大人しくしていてほしいならわかるけれど。
逆に目立てってどういうことよ。
「昨日のあの家だが、結果的にはほぼ半壊した。少なくとも人が住むなら建て直したほうがいいという状態だ」
「まあ、消火のためとはいえ派手に魔法ぶつけたから仕方ないわね。でも、誰も使ってなかったんでしょ?」
「そこが問題だなんだ。火災の原因は本人が言ってくれているから彼女だとわかってる。しかし、そもそもあの規模の火事になった理由は、オーディア家の管理不足と他の貴族からつつかれていてな」
貴族の悪いところがでてるわね。
いや、私にもそういう貴族に覚えがないわけじゃないから同情はするけれど。
ただその件にかんしては私としても、言われても仕方ない部分もなくはない。
「まあ、あれだけ埃被ってればよく燃えるわよ」
「そこは否定はしない。ただ、そんな状態だったこともあって自然に起きた火事なのではないかという噂が少なからずある。実際に火がついた原因を知っているのはこの場にいる私たちだけであり、周りからは突然の火事で家内から脱出した聖女がいたという認識だからだ」
「……それ、私が放火犯にならない?」
「そこは君の普段の行いが幸いした。手が空いているときであれば冒険者だけでなく鍛冶師などの傷も治す聖女が意図的に火事を起こすわけがないと」
自分的には聖女であると同時に教会の一員である以上は、そういう仕事もしないといけないと思ってやっていたことばかりなんだけど。
気分は悪くないわね。
「それで、その噂のことをいち早くしった貴族連中の一部が早朝から私を叩き起こして『事故か事件かは知らないが早急に噂にのって偶発的に起きた火事として処理をしろ。建国して間もない時期に放火犯がでた上に対処が居合わせた聖女による幸運なんて記録は残したくない』なんて言ってきてな」
「なるほど、そういうことね。まあたしかにあんまり問題は増やしたくないかも知れないけど碌でもない要求ね」
「まあ、それで仮に放火犯であればその扱いはうちに任すということらしい。建物の管理不足に関しても不問にすると。奴らだって、放置している物件があるだろうに」
この辺りの駆け引きはセイラート家は家を継ぐ兄様達が担当しているから、少し私は疎い。
だけど、まあ話はよく耳に入ってくる環境だったからリット的にも事を大きくせずにすむならそれでいいと思ってるんだろう。
「まあ状況はわかったわ。それでどうするの? ていうか教会は何が関係してるのよ」
「元々治安に関する何かしらの組織を作ろうと教会や一部貴族とは話し合っている最中だったんだ。それに、今回の件では聖女の君が目立つ形になっている。だから、君の動きも影響があるからな」
「なるほどね。じゃあ、改めて……どうするの?」
「彼女の人となりを知ってからじゃないと判断できないんだが。どうにも俺だと、うまく聞けなくてな」
「……私に聞き出せと?」
「なんなら、うちでうやむやにしていい案件なのかの助言ももらいたい」
ものすごい難題に巻き込まれた気がする。
まあそれはそれとして――ここまで二人で話してる間、少女は変わらず緊張しっぱなしといったところだ。
私だからって話聞けるのかしら。
「では頼んだ。私は今話した組織についてウィン神父と話をしてくるのでな。終わったら戻って来る」
「あ、ちょっと!?」
リットは止めるまもなくそう言って出ていった。
そして、部屋の中には私と彼女――窓から投げ落とした聖女と投げ落とされた少女の二人になってしまった。




