呪いの聖女じゃありません
私はアリア・セイラート――聖女の1人である。
生まれつき特殊な魔力――教会の神官がいうには聖なる魔力を宿していることが聖女と呼ばれる人の特徴となるらしい。
現在において教会が知っている聖女は数十人程度で、全人族の中でいえばかなり希少な存在になる。
そんな特別な聖女の1人になる私だけれど――今は多くの大国から国として認められた辺境の新国である迷宮国ラビリアで過ごしている。
「これって……気分的には出向とかの気分よね。というか、悪い考え方すると左遷の可能性もあるのかしら?」
私以外は誰もいない空間だからか、愚痴を口から吐き出して机に頭をつけて壁際においてある鏡を眺める。
肩ほどの長さで赤ともオレンジとも言える色の髪に天然の銀色のメッシュが入っている少女が映っている。
服装もパット見は神官やシスターと似た雰囲気をしているけれど、足を動かしやすいように前がある程度開けて、仮に見えても問題ないようにショートパンツを中に履いているこの少女が本当に聖女なのかしら。
まあ私であって聖女なのだけれど。
この生活の始まりは半年ほど前のこと。
****
「迷宮国ラビリア?」
「聞いたことはないか?」
とある日の夜。夕食の後に呼ばれて、私は父様の書斎に来ていた。
「たしか、結構な辺境にできた街じゃなかった? かなり大きなダンジョンを見つけて、魔物が入口によってこないことを確認して開拓を始めたとかいう」
「その通りだ」
「でも、それくらいしか私は知らないけれど。というか国として各国が認めたの?」
私は聖女の素質があったことから学園を卒業後は教会の管轄で働いていて、家の事業は長男と次男の兄様たちが継ぐことになっている。だからか、他の国の動向までは最近は気を配れていない。
というよりも聖女としての仕事と教会の仕事を覚えるので手一杯なのよ。
「正式な公表はまだだが国として認めることになった。」
「そうなの……でも、それと私に何か関係があるの? 家のことだったら私よりも兄様たちに話すべきだと思うけれど」
商売だとかで関わるというなら私に話す必要はない。何かあったときのために知っておきたいけれど事後報告でいい立場になる。
「まあ急ぐんじゃない。お前に関係があるからこの話をしている。本題はこれなのだ」
父様はそう言うとひとつの手紙を取り出して私に渡してくる。
「これは……『アリア・セイラートをラビリアの教会へ聖女として派遣する。また、その際に現地での生活をセイラート家及びオーディア家が支援を行うこととする。現地では聖女として教会の基本業務とともに各家の事業に可能な形での協力を行う。』正式な書式ではないですが、何かの約束ですか?」
「うむ。お前に不服がなければ正式に関係家と教会の代表者が揃って合意となる予定だ」
「なるほど……」
よく見ると、正式でないにも関わらずしっかりと大陸の大教会の司祭の署名までされている。
「教会の指示となると私も聖女とはいえ拒否はできないのわかってますよね?」
「教会側は本人の意志次第とは言っていたぞ」
それは建前でしかないのを父様は分かってて言っている。
いえ、聖女としての仕事が嫌だというわけではない。
私の意思の外でここまで話がかたまっていることに頭が追いついていないだけ。
「まあ聖女としての派遣はいいわ。でもオーディア家は何に関わるの?」
オーディア家はセイラート家とは長い付き合いになる貴族だ。ただ、教会とは無関係のはずの家だった覚えがあるけれど。
「ラビリアを国にするまでの間にダンジョンの調査や現地での仮設の冒険者ギルドの運営協力とかをしていたらしい。それもあって、国になるにあたってある程度、交易路が安定するまで次男であるリットが常駐するらしい。そして、ラビリアに今ある教会から神官の増員を求められている中で聖女のお前を指名したらしい」
「なるほど……いや、私ってオーディア家とは本当に挨拶くらいしかしてないはずだけれど。なんでリットは私のことを? 聖女の派遣であれば私よりも有名な聖女をダメ元で名指しするのが普通じゃない?」
正直なところ長男同士が男の絆のような形で仲が良いのは私も知っている。だから交易の関係で兄様に関係各所との仲介をお願いするのならわかるけれど。
聖女である私をリットが?
「流石にそこまで細部のことは聞かされていないが、教会側が神官としての能力をもった人員を前から求めていたことは本当だ。可能であれば聖女を」
「それでリットが私を指名して教会側は派遣を認めたと?」
「司祭はお前が拒否するのなら、別の高位の神官の誰かを動かすと言っていたが」
「というか、今更ですけれどなんでリットが指名できるの? 聖女の派遣を求めているのはあくまで教会なのよね」
「街だった時から複数の貴族で協力して街をまとめていた経緯もあって、オーディア家は商業ギルドと教会に関する仲介と相談役をしているらしい」
「なるほど……まあ、それは納得したわ。でも、父様。教会のトップから私に対してのお願いというのは実質的には確定事項なの。聖女の資質を持っていても、私にはまだ実績はないのよ。だから、名前だけの聖女なのだから拒否なんてしたら立場がないのよ。というか、教会との関係性を考えると兄様たちにまで影響が……」
まあ聖女が大活躍する必要のある、歴史に残るような事件が簡単に起きても困るけれど。
「わ、わかった。まあ、何事も経験だ。司祭のほうには私から受けると伝えておくということでいいな?」
「お願いします……」
でも、ラビリアって辺境って一言で済ましていたけれど。
辺境の中でもかなり辺境の地じゃなかったかしら。
考えていたら気が重くなってきた……。
****
「そうしてこっちにきて早くも半年よ。それで私は一体何をしたの? いや、やってはいるけれど……」
この半年でやったことを思い出してみる。
教会に傷ついて帰ってきた冒険者の治療や礼拝者の案内などの神官の基本の仕事はしていた。
でも、これに関しては人手不足の感じはなかった。
それなら教会が聖女をオーディア家を介してまで求めた理由は?
それはこの国が迷宮国であるダンジョンを中心にもつことが理由になっていた。
怪我人が多いのはもちろんあるけれど、それは若い神官の神聖魔法で治療は間に合うし、急ぎじゃないなら魔法すら必要ない。
問題は若い神官でも可能ではあるけれど、時間がかかってしまう作業――呪いの浄化だ。
半年も働いていれば嫌でも気がつくのだけれど、ダンジョンで見つかったものに呪いが付与されていることがかなり多い。
他のダンジョンのことを詳しくは知らないから体感的な話にはなるけれど。
そして呪いの浄化には、魔法陣を使っての儀式的な手法を必要とするから、持ち込まれる数に対して浄化の速度が間に合っていなかった。
この国についた時に教会の倉庫には、急ぎではないと後回しにされた呪われた道具や武具で満杯寸前になっていたのは、今も記憶に残っている。
倉庫そのものが呪われるんじゃないだろうかという雰囲気だった。
「聖女の手が欲しかった理由はそれだったのよね。聖女の魔力であれば弱い呪いは儀式なしに魔力を流し込めば浄化することができる。そのおかげで呪いの浄化を連日担当していた神官の負担が激減どころか、日によっては無くなった」
まあそれでも毎日魔力を使い果たして気絶しかけるほどやっても、すべて浄化しきるのに数日はかかったんだけれど。
それで教会の部屋の数にも限界があるし、呪いの浄化作業を表立って見せ続けるのも印象が良くないということで、ラビリアに浄化専用の家を1件用意することになった。
そして今現在ではそこが私の仕事場であり『セイクリッドハウス』なんて名付けられて看板が入口横につけられている。
呪いの品が集まる場所なのにセイクリッドハウスでいいのかと思うけれど、上が決めたことだから私は突っ込まないで受け入れた。
さて、気づけばもう夕方になる。私の仕事時間は夕暮れまでとなっていて、教会にセイクリッドハウスの鍵を渡したら、現在の家となっているオーディア家邸宅に帰る。
私は入口に引っ掛けてある『受付中』の札をひっくり返すために立ち上がった。
その瞬間、扉が開く音がした。
「呪いの聖女様がいるというのはここであってますか……?」
しかも、ここに来てから出来た不名誉かつ誤解した生まない二つ名つきで。
最近、どこかの馬鹿が茶目っ気か何かで酒場で口にしてしまってから広がっているらしい。
呪いを浄化している聖女という話が略されて話の種にされていった結果なんだろうけれど……。
私は断固として言わせてもらうことにしている。
「私は呪いの聖女じゃありません!!」




