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気に食わない

6年前、日本でボーイズアイドルオーディションが開かれた。

この選考はSNSが大きく取り上げ、マニアの層を越えて一般層までに認知されるほどの人気と知名度になっていたという。


数多くの参加者が選別され、ついに最終選考、誰もが息を呑む瞬間。ゆっくりと、一人、またひとりと名前が呼ばれ、選ばれし理由と叱咤激励が読まれる。


しかし選ばれた最終合格者、次世代のスター達に、喜びの声も、安堵の表情も、そこにはなかった。みな緊張した顔をして、ただ一人を見つめていた。


カメラが捉えていたのは勝者ではなく、敗者だった。

高校生の少年が嗚咽を堪えながら、その端正な顔を歪めて目を腫らす。赤く、あかく、溢れんばかりの涙を拭って。


いったい何を賭け、どんな感情を抱いて、そして打ち砕かれたのだろう。歳若き少年をここまで必死にさせた、「アイドル」って…?


何も知らない幼い私は、その表情が頭から離れなかった―――




「ねぇ、昨日の動画みた?」


「見たみた!!また新しいオーディションあるんでしょ!?こんなん追うの確定じゃん!!」


壁に広がる一面の鏡、常にビートを刻んでいる軽快なリズム、名古屋にあるダンススクールは今日も騒がしい。今は休憩時間のようで、生徒たちが雑談に夢中のようだった。


「オーディションかぁ…今回はだいぶ攻めた内容してんなぁ」


悠は中堅アイドル事務所のアシスタントプロデューサーの職に就いている。今日は事務所管轄のダンススクールの視察といったところだ。


最近の日本は空前のアイドルブームが渦巻いている。数年前に韓国のアイドルグループが大ブレイクしてから、アジア圏を中心に多くのアイドルが台頭し、世はまさにアイドル戦国時代である。


そのなかで、アイドルオーディションのエンタメ化が進み、これがまた人気のジャンルとなり地位を獲得している。


この「エンタメ化」を進めたのは、数年前に世界を席巻した韓国グループの元メンバー「RIN」という日本人だ。

グループは既に解散してしまったが、彼の開催するオーディションから輩出されたメンバー達の活躍などによってブームは続き、新たなアイドルの時代がつくられている。


そしてつい先日、彼は新しい選考を発表した。


「WILD CARDS」


それは異例も異例、ソロアイドルの輩出を目的としたものだった。


アイドルとは基本グループや、ユニットを組むものだ。勿論ソロアイドルというジャンルは確かに存在するが、その規模と客層はグループに比べれば、極々小規模なものなのだ。


なぜわざわざソロアイドルに舵を切ったのか、主催者の彼曰く「アイドルグループでも、アーティストでもない、第三の新たなジャンル、ソロアイドルを日本で誕生させる」だそうだ。


今回の選考は世間の評価は多岐にわたっている。

新たなジャンルに挑戦する、可能性を模索する、この姿勢は評価されるべきだろう。

だが、興行的に期待が薄すぎるというのが、業界人の意見だ。

成功を収めているソロアイドルもなかにはいるが、それは元々グループに所属していたり、知名度と既存のファンがいたからであり、初めからソロで売れるわけがない……というのが一般の評価である。


確かに彼の営業者としての腕も今や一流として相応しく、そこに疑いの余地はない。

しかしアイドル業界の端くれの自分でも、このような感想を持ってしまう。ソロアイドルはそれほどまでに難しい道なのだ。


べつに失敗を願っている訳ではない、もちろんこの試みを評価したいし、成功するならこれは間違いなく偉業と呼べるだろう。


それでも、それでも、思ってしまうことがある。


「俺の時にも、これがあったら…もしかしたら…」


「なにぼやいてるんですか、ユウさん?」


顔を見上げると、生徒の少女の顔が映った。


「うわっ!?なんだ、エマさんか…」


「ちょいちょい!どう言う意味ですか?それ〜」


自分はちょくちょくこのスクールに顔を出すので、生徒さんには顔を覚えられている。明るい性格の人も多いので、よくこうして話したりもする。


「や、ごめんごめん、ちょっと考えごとしてただけ、そういえばRINさんのやつみた?」


「あ〜!見ましたよ、面白そうですけど、結構チャレンジしてるっていうか、冒険してますよね。てか、さっきも友達とこの話してましたわ〜」


いつものように談義に入ろうとしたとき、ある少女が目に止まった。


遠巻きだが、鼻が高くて、目が大きく、外国の血が入っているようにみえる。短いブロンドの髪の毛が電灯の光を反射してチカチカと眩しく感じる。


「いま、休憩時間だよね?あの子まだ踊ってるけど、大丈夫なの?見ない顔だけど…」


「あぁ〜、あの子ですか…最近入ってきた子ですね。確かにとかはダンスすごくうまいんですけどぉ…」


どうりで見覚えがないはずだ。やりすぎも良くないのだが…



「あの子、本当にダンスが上手いな…」



止めようとも考えたのだが、つい見入ってしまった。軽い流しのダンスだが、相当な技量がみてわかる。

軽快で余裕のあるフットワーク、滑らかなウェーブ、一切ブレないリズム、そのなかにアクセントのような首の振りがあり、静と動を体現しているようで、見ていて一種の爽快感がある。


気付けば、彼女が踊りを止めるまでの何十秒か、目が離せなかった。

ようやく休憩に入った彼女はタオルを持って廊下へと出ていくようだった。


「ちょっとあの子に話しかけてみる!ありがとう、エマさん!」


「え、ちょ、あの子は…」


ダンススクールの視察には業務の確認以外に、もう一つ目的がある。それは新たなアイドルの卵、素質のありそうな子達のマークである。


いま、悠の元スカウトマンとしての本能が、彼女に才能を見出した。兎にも角にも、コンタクトを取らなければ何も始まらない。


彼女を追うように悠は急いで廊下に出る。

が、すぐ目の前に立ちはだかる少女に道を塞がれてしまった。


「ちょ、ごめん君、急いでるからどいて…!」


「いや、あんたが用あるの、私でしょ?」


予想外の言葉に思わず視線を下げ、立ちはだかる少女の顔を覗き込む。


「さっきからジロジロこっち見て、すげーやりづらかったんですけど?」


下から見上げられているのに、その大きな瞳で睨みつけられて身が怯んでしまう。


目の前にはあの少女が立っていた。近くで見るとその顔はやはり異国の、西欧の血を感じるシャープな顔立ちをしている。そのせいか、彫りの深い顔に影が落ち、威圧感がさらに増している。


「ごめんごめん!実は俺、こういう人で…ちょっとお時間ありますか?」


いそいそと名刺を取り出し、自分の素性を明かして不信感の払拭を図る。


「…アシスタントプロデューサー?事務所の人ってこと?」


「そうそう!少し話聞かせてもらいたいんだけど、よかったらカフェとかで…」


最初のコンタクトこそイレギュラーだったが、スカウトの心得は十分にある。この反応なら頑張れば…


「いいですよ、どうせスカウトかなんかでしょ?受けますよ」


「…え?」


あまりにも早すぎる快諾に面食らってしまった。さすがにこういった経験はスカウトマン時代にもない。当然ありがたいのだが、正直困惑が上回っている。


「ま、まぁ…とにかく、ありがとうございます。もしお時間あれば、あなたの事を少しお話ししていただきたいのですが、どうですか?」


「受けるって言ってんじゃん…いいけど、奢ってくださいね」


そこから近場の喫茶店に場所を移し、少し彼女と話すことで素性が見えてきた、のだが…


「お待たせしました、当店人気メニュー、フルーツ大盛りジャンボパフェです」


「あ、ありがとうございます…」


「ごゆっくりどうぞ〜」


「…私冗談で言ったつもりだったんすけど、ほんとにいいんですか?これ」


「いいよいいよ!お話聞かせてもらったから…いや、ほんとに…」


彼女の名前は三雲(みくも)クララ、日本人の父とデンマーク人の母がいるそうだ。しかし、ブロンドの髪色に長いまつ毛、彫りの深い造形と灰色に散りばめられた紺色の瞳と、随分と北欧の傾向が強いようだ。

父親も堀が深くハンサムな人なのだろう、綺麗な顔立ちをしており、花がありながらも気品がある。


これは本当に誇張ではなく、入店してから店内は若干のどよめきに満ちており、何人か視線を感じるのだ。当然視線を向けられているのは自分ではなく、彼女である。


「…にしても、ほんとにカッコカワイイって感じの顔だね。モデルとかやってないの?」


「やってないっす。スカウトとかはありましたけど、興味ないんで」


「なるほど…じゃあアイドルオーディションとかは受けた事あったり?」


クララは黙々とパフェを頬張りながら、上にのっていたラズベリーを除ける。その所作は少し力が入っていて、除けた物をのせた皿が小さく高い音を響かせた。


「ないです、まだ一回も」


「そっか…じゃあ今回スカウトを受けてくれたのは前から興味があったりしたの?」


「…まぁそんな感じです、とりあえずどんなものかやってみたいなって」


「うん、オッケー。それで、アイドルになるためにはオーディションを受けなきゃなんだけど…親御さんともよく相談して受けて欲しいんだ。詳細はネットで調べてくれたら嬉しいんだけど…」


「そうですか」


「…うん、何か不明な点があれば僕に電話してね、名刺に番号書いてあるから…」


ここまで彼女と話してみて抱いた印象は、「すごく刺々しい」だ。

乱暴なわけではないが、言葉が全てぶっきらぼうで、聞いてるのか聞いてないのだかよく分からない。

そこはあるあるなのでまあ構わないのだが、彼女はおまけに威圧感があるので、慣れている自分でも少し萎縮してしまうところがある。


自分でスカウトしている立場で言うのは非常におこがましいのだが、正直彼女はアイドルというイメージからかけ離れている。コンセプトがあるならまた話は変わってくるが、通常の路線ではあまり適正があるようには思えないのだが…


「ちょっといいですか?」


気がつけばパフェの器は空っぽで、その大きな目でこちらを見ている彼女の顔が映る。皿に除けられたラズベリーは未だに手がつけられていなかった。


「今ここで採用しないんですか?言われたら私アイドルなりますけど」


「あ〜、ごめんね!その気持ちはやまやまなんだけど、ちゃんと正規の手順で…」


「自分で言うのもあれですけど、ダンスも人並みにできてビジュも大抵の人よりもいいと思いますよ?」


スカウトマンの仕事をしてきて、このような状況になる事は決して珍しくない。とてもあるあるな出来事なのだが、面倒なのはどう切り上げるか。どうすれば穏便に諦めてくれるのだろうか。


このような人は下手に切ると罵詈雑言を浴びせられたり、周囲に騒ぎ立ててしまうことがあるので丁重な対応が必須である。爆弾を安全に処理するような、繊細さが鍵なのだ。過去これでこっ酷く言われ、一人寂しく泣いた記憶がある。


(でも、確かにクララさんの言ってる事は間違ってないんだよなぁ…すげームカつくけど)


切り上げようとも思ったが、いつこの子が他の事務所に取られても不思議ではない。彼女なら、ダメ元で特例で押し通せたりも…


そう思考を巡らせていたのだが、悠が答えを出すよりも早く、クララからの返答が帰ってきた。


「…スカウト、ド素人ですね、もう帰ります。パフェ、美味しかったです」


彼女は悠々と席を立ち、冷ややかな目でこちらに一瞥し、カランカランと鈴を鳴らして店を出て行った。


「えっ」


少しの間をおいて、腹の奥から懐かしい感覚が湧き起こってくる。これはスカウトマン以来の、忘れかけていたものだった。

怒りでもなければ、軽蔑でもない。それらに感情を傾けられれば、どんなに楽でいられるだろうか。


「…はぁぁ」


思わず溜息が出てしまう。自分が惨めで、情けなく思えて、なんであんな奴を呼び止めたのか、自身を叱りつけたくなる。

あのパフェ割と高かったのに…!自分も食べたかったのに…!


悠が途方に暮れていると、溜息がよほど大きかったのか、それともその様子があまりに顕著だったのか、先ほどパフェを運んでくれたウェイトレスが声をかけてくれた。


「…一杯奢りましょうか?」


「大丈夫…です…」



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