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十種神宝  作者: 星乃夢
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第四話 生玉


生玉いくたま

 

 賑羽屋 凪の完璧な世界は、静かに……壊滅的に崩壊していった。

 

 本部の通告通り、プロジェクトの全権は剥奪された。

 

 彼女の手元に残されたのは、機能制限によりログオンすら叶わない文鎮化したデバイスだけだった。

 

「お嬢様……申し訳ありません。私の予測が、本部の非情さを見誤りました」

 

 天野が、初めてその冷徹な仮面を崩して頭を下げる。


 凪は、設営途中のガランとしたオフィスで、泥の汚れが定着してしまった白いスーツを抱え、力なく首を振った。

 

「いいのよ、天野。……私は、賑羽屋という看板がなければ、ただの空っぽだった。それが分かっただけよ」


  

 外は、あの豪雨が嘘のように静まり返っている。

 

 そこへ、予告もなしに寧々と登美がやってきた。


 寧々は作業着を脱ぎ、黒いタートルネックというシンプルな装いだったが、その佇まいは相変わらず圧倒的な存在感を放っている。


  

「……何しに来たの。もう、奪い取るものなんて何もないわよ」

 

 凪の自嘲気味な言葉に、寧々は短く


 「付いてき」


 とだけ言い、彼女の腕を引いた。


 

 辿り着いたのは、再開発エリアの最深部。


 工事のフェンスで囲われ、コンクリートで塗り固められようとしていた、古びた社の跡地だった。

 

 そこには、重機が掘り起こした地底から、止めどなく水が溢れ出す湧水地があった。

 

「ここはな、ミナトの心臓や。どれだけ上から蓋をしても、こうやって命が湧いてくるんや」

 

 寧々は凪を水辺に立たせ、その震える手を冷たい水の中に沈めさせた。

 

「ひゃっ……つめたい」

 

「冷たいやろ。でも、あんたの手よりは温かいんちゃうか」

 

 寧々は、凪の左胸に、泥で汚れた自分の掌をそっと重ねた。

 

「あんたな、看板を失くして空っぽになった言うたけど、それは嘘や。あんたの心臓、今も、えらい必死で動いてる。それは賑羽屋の命令でも、データの計算でもあらへんやろ。あんた自身が『生きたい』言うて叫んでる証拠なんや」

 

 凪は、自分の掌から伝わる水の拍動と、胸に触れる寧々の手の温もりを同時に感じた。

 

「……私は、ただ、美しい街を作りたかっただけ。誰にも邪魔されない……完璧な場所を」

 

「その志は、看板を失くしても消えてへんやろ。それこそが、あんたの中に眠る『生玉いくたま』や。外側のメッキが剥がれて、やっと本物の宝が見えてきたやんか」

 

 凪の目から、初めて令嬢ではなく、一人の若い女性としての涙が溢れ出した。

 

 地位も、名誉も、計算し尽くされた未来もない。


 けれど、

 

 自分の内側から湧き上がる

 『ここをどうにかしたい』

 という熱い衝動が、

 確かにそこにあることを知った。

 

「天野……計算をやり直して。賑羽屋のためじゃなく、この土地に眠る命を活かすための、本当の設計図を」

 

 凪が振り返ると、天野もまた、登美から手渡されたペットボトルの水を飲み干し、力強く頷いた。

 

「了解しました。……今度は、データではなく、私たちの意志をプログラムに組み込みます」

 

 泥だらけの地上で、絶望という殻を破り、新しい命の種が芽吹こうとしていた。



―――――――――――――――――――――――――― 

【神宝メモ 04:生玉いくたま

「魂の根源」は、すべてを失った後に輝き出す。

●本来の伝承:

十種神宝の一つ。活力を与え、生命を再生させ、魂を繋ぎ止める霊力を持つ玉。

●現代的解釈:アイデンティティの再生

肩書き、財産、他者からの評価。それらを剥ぎ取られた時に、自分の中心に最後に残る「こころざし」や「生命力」のこと。

凪は「賑羽屋の令嬢」としての自分を失いましたが、それによって、純粋に「世界を創りたい」と願う自分自身の核(生玉)に触れることができました。

●寧々(ねね)からのアドバイス:

「肩書きなんてのは、脱ぎ捨てて初めて一人前や。あんたの心臓が動いてる限り、そこからなんぼでも新しい道は湧いてくる。……ようこそ、本当の『凪』さん。ここからが面白くなるところやで」


 

 

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